最終章『小さな星の話をしよう THE TIME TO GO』

「おーい」

 瓦礫の山を乗り越えて剣次が爆心地に向かうとアッシュがアルデバランを構えたまま立っていた。

 見れば見るほどゲーム世界から抜け出してきたような非現実的な外見だが壊滅した東京という非現実的な風景には意外なほど似合っている。

「真田さん」

「あー、すげえなお前ら。あの怪獣が打ち上げ花火じゃねえか」

 ラノベみてえだ。と空を見上げる剣次。

 すでに夜闇は晴れ、明るい光をもたらす夜明けデイライトが始まっている。

 終わったのだな。という実感が改めて湧いてきた。

「ニシシは?」

「ん。ああ、さっきから通信が繋がらなくてさ。待ってればすぐに……」

「いや、たぶんもう繋がらないと思います」

「なんで」

 アッシュが肩をすくめる。

「役目は終わったから。敵がいなくなったからニシシも消えたんだと思います」

「あー、そういえばそんなこと言ってたな。この世界に真の意味で召喚されたのはお前とマイさんだけだとか……とするとあの和服男ももういないか」

「そう、たぶん。僕たちも。もうすぐ消える」

「そうか」

 気づいていたか。

 ニシシからはひとまずアッシュたちには言わないように釘を刺されていたのだが、言うまでもなかったらしい。

 アッシュとマイは、あのバトルビーストたちと同じ幻影にすぎない。

 いわば生きたⅰ粒子。

 この世界は物理力の発見と開発という方向に舵を切ったためにⅰ粒子に関しては一度も手を付けられていない処女雪のようなもの。そこに『教授』が悪意だけを素材としたクオリアを無茶なやり方で生み出し続けた。

 実は正真正銘の世界の危機だったらしい。

 これ以上、粗雑なクオリアが生み出し続けられれば開発されていない油田に火のついたマッチを落とすように暴走したⅰ粒子で世界が吹き飛びかねなかった。

 だからいわゆるバトルビーストたちに対するカウンターとしてアッシュとマイが現れたらしい。

 悪意ではなく。ココロの集合として。

 あの二人の人格や記憶が何に由来するかはわからない。もしかしたらⅰ粒子やクオリアの開発が進んだ未来や本物の異世界で、世界を救うために戦っているのかもしれない。

 事実として、少なくとも今目の前にいるアッシュとマイには帰る世界など元よりない。ただの世界を救うための装置にすぎないのだ。

「いつから気づいたんだ?」

「傷がすぐに治ったあたり、あの辺りから自分の体と記憶の齟齬。それにバトルビーストとの関係について考えるようになった……かな」

 やっぱり。とアッシュは言う。

「役目も終わったし、消えるのかな僕も」

「そうかもなあ」

 悲壮感の欠片もないその態度になんとなくシリアスな雰囲気にもなり切れず剣次も気の抜けた返事を返す。

「それにしても。サイズも出力も桁違いのナイトメアをよく一撃で消し飛ばせたもんだよな」

「そうですね。論理的じゃない。ですね」

 しばし沈黙。剣次は言葉を選ぶように顎に手を当てた。

「うん。アッシュ。俺、今からキッズアニメみたいなこと言うぞ」

「いいですけど」

 なんです? というようにアッシュが剣次の瞳を覗き上げる。

「全人類の悪意より、お前らの『誰かを守りたい』善意のが強いんだよ」

 言ってから少し恥ずかしそうに笑う剣次。つられてアッシュも何か照れくさい気持ちになったらしい。「なんだよ。そこまで己惚れてないよ」とアルデバランに向けて言っている。あの剣に姿を変えているらしいマイにからかわれたのだろうか。

「まあ、でも……論理的じゃないけど……その解釈は素敵ですね」

 苦笑交じりなアッシュ。剣次はあははと笑って崩壊した東京の景色を眺めて言った。

「なあ、どんな気分だアッシュ。世界を救ってみて……」

 ふと剣次が口を開いた時、すでにそこに彼らはいなかった。

 消えていた。


「いや、帰ったんだな」


 今度は自分の世界を救うために。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 映像を繰り返し再生する。

 紅殻町内のライブカメラの記録だ。姫百合塔香はその一場面を巻き戻しては再生するを繰り返していた。

 夜の街。降りてくる光の柱。そこから現れる兎耳の少女。

 彼女は困ったように周囲をきょろきょろと見回してやがて画面外に消えていく。

 日付は先週のものだ。

「これが、マイさんが初めてこの世界に現れた日。か」

 バトルビーストはあの日以降出現することはなかった。

 破壊された東京も一夜が過ぎるとなぜか元通りに修復されていた。


 東京スカイツリーも、東京タワーも、死んだはずの人々も。


 もはや何が起きたのか知る方法はない。この日の事は集団幻覚か何かということになり騒ぎにはなったが何となくうやむやになっている。

 破壊された何かがあるならまだしも被害はゼロなのだ。社会は忙しい。誰も困っていないのならわざわざ関わってもいられないらしい。

 そうしてまたいつも通りの日常が帰ってくる。

 もう、あの世界には自分が関わることはないだろう。

 その事実に一抹の寂しさを感じて――――――――――――――、

「おう。塔香ァ!」

 自分の名を呼ぶ声とともに窓がガラリと開けられた。そして外から誰かが飛び込んでくる。

 まず見えたのが下駄履きの長い足。そして剥き出しになった腹筋。筋肉で引き締まった両腕。意志の強い切れ長の眼。

 友人の須田さよりである。

「ここ二階なんだけど」

「知るかい。そんなんよりこれ見てみい」

 そう言って彼女は手に持っていたモノを見せつけてきた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 何事もない秋葉原をスーツ姿の剣次は進む。

 面接も終わり今日はもうすることはない。少しばかり遊んで帰ろうという気持ちもないことはないが、

「……ラーメンでも食って帰るか。秋葉原じゃなくてもよくねってなるけど」

 ふらふらと大通りから脇道に逸れる。専門店街が立ち並ぶ路地へと入っていく。

「ん?」

 古本屋の店頭に平積みされた本が目についた。近寄って手に取ってみる。ゲームのノベライズのようだった。

『星海のクオリア 少年は兎耳お姉さんと世界を革命する夢を見る』。

 見覚えがありすぎるその文字列。

 ページをめくった。

「発行は……けっこう前だな……」

 ネットゲーム版ではモンスター育成シュミレーションだったがこのノベライズはストーリーを大幅に改変しているらしい。

「まあ元とスピンオフで内容が変わるなんてよくあることか……ドラクエも魔道伝説もそうだったっけ」

 ストーリーはSF冒険活劇。

 とある管理社会とそれに立ち向かう少年少女の物語。

 未知の粒子『ⅰ粒子』を武器『クオリア』に変える力を持つ使役者になって敵となる他の使役者と戦うらしい。

「どっかで聞いた話だな……ああ、アッシュか……」

 初めて彼と出会ったときに聞いた身の上話にそっくりだ。そう思いながらキャラクター一覧を開いて、今度こそ驚愕する。

 ページの先頭にアッシュがいる。

 表記はグレイであの灰髪少年がいた。

 続いてマイ。あの兎耳デバイス少女。

 次は知らない女。ヒナカという名だ。

 さらに和服男。ミツキと呼ばれた奴。

 ニシシもいた。こんな顔だったのか。

 どこの異世界から来たのかと思ったら、こんな近くにいたとは――、

「さて、二巻も出てるのか」

 意外と人気があるのだろうか。続刊も手に取る。

 『星海のクオリア2 道化少女はスリーピィ・ボーイと舞台を再演する夢を見る』

 どうも何人かいるボスを倒さないと話が終わらないらしい。

 キャラクター一覧を開く。新キャラが何人かいた。こいつらもこの世界に来ていたのだろうか。

「あれ、こいつ」

 流し読みしていく中である人物に目が止まる。

 『ドクター』。このキャラクターは研究者らしい。

 この長身の男の糸目を全開にさせ体をやつれさせると――――――、

「『教授』だ」

 マイを誘拐しナイトメアを生み出したあのTV中継の男にぴたりと重なる。

 刑事である姉に聞いた話によるとあの男は元とあるの教授だったらしい。

「だからドクター……か」

 ともかく『教授』に関しては生まれる時代を間違えたとしか言えないが、もしこの『クオリア世界』に『教授』がいればこのドクターとか使役者とか―――たった一人で狂わなくてもいい別の道があったかも。

「どうでもいいけどな」

 終わったことだ。

 もう自分はあの世界に関わることはない。

 二冊の本を棚に戻し剣次は再びラーメン屋探しに戻ろうとした時、


「あの…………」


 横合いから声を掛けられ面倒くさそうに顔を向けると。

 そこには困ったように佇む少女がいた。

 その姿は――――――――――、


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「見てみぃ塔香。ツチノコじゃ」

 にやにや笑いを浮かべてさよりが突き出したのは太った蛇だった。

 気持ち悪いから外に出せと言うと。

「おう、待てや。それだけなわけあるかい。こいつはな。人語を喋るんじゃ。オラ、なんか喋れ」

 尻尾を掴んで乱暴に振り回されるとその蛇は、苦し気に声を発した。

「ぐ、ぐえええ――。首絞めんといてえな……」

「じゃかましい。それしか言えんのか蛇。ぐー、だの、ぶー、だのは死体でも出せるとじゃ。それしか喋れんならテメエ三枚おろしにしてぬか床で発酵食品じゃ」

「か、勘弁してえな。こっちはまだ右も左もわからんちゅーに」

「オラ蛇。だったらキリキリ喋らんかい蛇。ほら塔香を笑わせえ蛇」

「そ、そんな無茶ぶり。あ、ダメ揺らさんといて吐きそうやわ。ちゅーか蛇蛇ってなんやねん。ワイには『むんむん』っつー立派な名前があんねん。何度も言っとるやろはよ覚えろや脳味噌ウジ湧いてるんと違うか。……あ、やめて。ごめんさい。食わんといて。ごめん勘弁謝ります許してえな許してえな謝っとるやんけぅぎゃああああああああああアアアアアアアアアアアア!」

 目の前でさよりがむんむんと名乗る蛇を踊り食いし始めた辺りで何かを察知した疲れを押し殺すように塔香は指で目尻に抑えた。




 ちょうど同じころ。

 秋葉原で話しかけてきた少女の外見を見た剣次は思わず声漏らした。

「お前、……ヒナカか?」

 制服を着たおさげの少女。

 その外見は、先ほど一巻のキャラ一覧で見たものと一致する。

 剣次の予想を裏付けるように少女は困惑して、

「え、どうして私の名前を……? あの、ここはどこなんですか……!?」

 その言葉を聞いて、剣次の首は自然と空を向いていた。





 そして、剣次と塔香は別の場所で奇しくも同じ言葉を呟いた。


「「おいおい」」


「「まだ続くのこれ」」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 水路の脇の電信柱。その下に犬がいた。

 狼のように大きな犬。

 犬は「ひああ」と掠れた声をあげ、ぐにゃりと笑い、姿を消した。




『TO BE CONTINUE……?』


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