第十八章『君の中の英雄を呼べ THE SABER IN YOUR HAND』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あー……?」
少女たちがいたのは偶然倒壊を免れたオフィスビルの一室だった。
といっても窓ガラスは例外なく全て割れていてそこから風が入り込んできているので内部の状況は悲惨の一言だったが。
「ナニコレ? わかるかな? いきなりこんなけったいな場所に連れてこられて戦えって言われたボクの気持ち? 普通にムカつく」
破壊された窓べりから外を見る。
そこにはナイトメアの巨大な頭部があった。
口内より砲口を突き出して何かを狙っている。狙われているのは灰髪の少年。
「あーあー、死んだなあれ。ま、ボクとしてはアイツがどうなろうと別に構わないし。ていうかアイツ嫌いだし。今更飛び入り参戦! って雰囲気でもなさそうだし大体このボクを脇役にしようだなんて……」
一人でベラベラと語る少女は、ふと傍らに控える少女に目をやった。
古代中東の踊り子のようなエキゾチックな衣を纏った髪の長い少女。頭頂部には二対の獣耳がぴくぴくと動いていた。
「ふーっ、ふーっ」
抗議するように唸る獣耳少女に、肩をすくめて、
「怒らないでよ……ま、一回だけ手伝ってあげようか。やるからには主役を食うくらいね」
少女が踊り子の少女の胸に手をかざす。
「
すると一本の剣がその胸より引き出された。
細い刀身は蛇のようにうねり、よく見るとハート型の無数の刃で構成された蛇腹剣であることがわかる。
「さて、時間的にもこの台詞が一番いいよね?」
びゅん、とうねる剣を鞭のように振るい。少女は世界に向けて響かせるように口上を叫ぶ。
「さあ、ここからが
派手な化粧に道化師衣装。
片手に繋星剣アンタレスを構えた少女、シーエ・タラクサカム。
勢いよく窓辺から外に、彼女にとっての舞台へと飛び出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ナイトメアがアッシュの命を吹き飛ばすべく放とうとした時、現れたのは鋭い刃で構成された鞭だった。
鞭はヒュンヒュンと縦横無尽に飛び回り、ナイトメアを籠目模様の球体で包み込む。
『ひああああああああああああ――――――?』
そして、勢いよく縮小。鋼鉄の鞭がナイトメアの顎に巻き付き、上顎と下顎を強制的に閉口させる。
『――――――がびぶっ』
怨恨砲(ジェノサイドビーム)がナイトメアの口内で暴発した。
目や鼻から黒い噴煙を吐きながらナイトメアはうめく。そうしている間にも鋼鉄の鞭はナイトメアの全身に絡みつき完全に拘束した。
「これって……」
『〈
『えぇ!? シーエも召喚したぁ!? さーすがあの二人元敵でも見境ねえなっ! そんなにお人よしにはなれねえっすよ普通!』
「誰だそいつ?」
突如現れ、ナイトメアを拘束した蛇腹剣に異世界一同がそれぞれの反応をする中、置いてかれ気味の剣次と塔香。
「とにかく動きが止まった今がチャンスだ! さっさとビーム撃て!」
『あー! そうだそうだった! アッシュさん、マイルンとにかくこの隙にブチかましてやってくださいよお!』
彼らとも、肩を並べて共に戦えたらいいな。
そんな思いが確かな形としてマイとアッシュの中にあったから。
だから彼らは来てくれた。
目の前の巨狼を拘束する鎖を見た瞬間、その事実に気づいて、
『ふふ、あははははっ』
心底嬉しそうにマイが笑った。
つられてアッシュも笑う。
心がつながっているから。
マイが考えていることを、アッシュは手に取るように理解できる。
『嬉しいね。みんなが来てくれて』
ここに辿り着くまでたくさんの人に助けられた。
ミツキ、ニシシ、シーエ、ネリネ。
そしてこの世界の人々も。
『うん! 好き! 大好き! 私はみんなが好き! 桜戦線も! 私たちの世界も! この世界も!』
そんな率直な愛情に照れたのか、アッシュは肩をすくめながら剣を構える。ただ、誇らしい気持ちで胸をいっぱいにして、
「じゃ、僕らも頑張ろうか。世界を救うために」
『そうだね! 私たち桜戦線は何にだって負けないよ!』
「それ少しオーバートークじゃないかな」
口では否定するがアッシュもココロでは同じ思いだった。
何がどうしたのか論理的に説明できないが。とにかく今は誰にも負ける気がしない。
「でも。お互い、この世界にいちゃいない存在みたいだね」
縛られもがくナイトメアに意識を戻す。
「今度こそ決着をつけよう」
アルデバランを天高く掲げる。
暖かい光がアルデバランに灯ると同時、アッシュとナイトメアの間に巨大な光のゲートが五枚展開される。
煌星剣アルデバランの刀身に光子が充填されきった時、バキィッと音を立ててナイトメアがアンタレスの拘束を引き千切った。
『……ぁ……あ……ひあああああああああああああああああああッ!』
口元が自由になったナイトメアが吠える。
がこん、と二門の砲門が突き出された。
「いくぞ。夢幻大害獣ナイトメア」
告げるのはいつかどこかで誰かに投げかけたあの言葉。
「その嘘を、斬り払うッ!」
気合の声を張り上げて、振り下ろす。
『我が虚ろ。我が虚ろ。我が虚ろ。汝も我をそう解釈するか。ただそこにあることが嘘だとでも――――――――』
ナイトメアが言葉を発せたのはそこまでだった。
アルデバランの切っ先から解放されたⅰ粒子は数秒前に放たれた光を遥かに上回る輝きを放ちながら、より密度を、さらにその太さを大きくしながら、黄金の五つのゲートを潜り抜けた。
「「
ゲートを超えるたびに、膨大な光量をなおも増しながら光の奔流はナイトメアの下顎へと突き刺さる。
『ひああ、ひあああああああああああああああああああああああああ!』
下顎が勢いよく跳ね上がり口先より突き出していた二門のタワーを粉々に粉砕した。大きく仰け反った巨体を
闇を濃縮して作り出されたナイトメアの体が歪み、変形していた。空に向けて打ち上げられるごとに皮膚が溶け、内部の闇が煙一つ残さずに次々と崩壊していく。
それは巨大な光の樹が伸びていく様にも似ていた。
崩壊した東京で芽生えた大樹はその枝葉に狼の体を巻き込みながら天へと伸びていき、やがて消えていき、
――――終わった。
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