第十七章『闇の中見つめてる COUNT ZERO』

『悉皆。成仏せよ』

 アルデバランから強烈な光が放たれた時点でナイトメアはその巨躯を反転。真後ろに立つアッシュへ向けて大顎を突き付けていた。

 たしかに、撃ったばかりの東京スカイツリーの砲口は未だチャージ中。

 だが、しかし。彼の巨狼にはもう一つ武器があった。


 東京タワー。


 蒼く光る砲身を一旦引っ込め新たに突き出された砲身は血のように赤黒く不気味に発光している。

 すでに『闇』は充填済み。あとは撃つだけ。

『あー! 歩き回ってる時に呑み込んでおいたってことっすか! 大砲を二本用意しておくことで弾を込めるインターバル期間を限りなくゼロに! くそっ、犬のくせに長篠の三段撃ちとは知恵が回る!』

「言ってる場合か! 押し勝つしかない!」

『無理無理無理無理! まともに撃ち合ったら死ぬって言ったっしょおおおおおおおお!』

 イヤホンで叫ぶニシシの声を無視し、アッシュは世界樹の息吹(ユグドラシル・レイ)を放つ剣を握る手に一層の力をこめた。




 これは少し前の会話。

『ナイトメアとアルデバラン。どちらもクオリアで作られた武装ではあるっすが強度としては圧倒的にナイトメアが上です』

 作戦会議の中で補足情報とニシシが話した。

『たしかに、素材となるココロの質としてはマイルンやアッシュくんが圧倒的なんですがね。ナイトメアは搔き集めた量が桁違いなんすわ』

 例えるならアルデバランは一発の弾丸。

 対してナイトメアは一兆本の針。

『『辛い』とか『死ね』だとか住民の雑な悪意を無差別に搔き集めたナイトメアはたしかにココロの質としては最悪っすよ。でもあれはこの国の住人全員のクオリアと言っても過言ではないんすわ』

 一発の弾丸では当たり所によっては生きている。

 だがただの針でも一兆回刺されれば……。

 数ゆえの強さとはつまりそういうこと。

『それに、マイナス感情って雑に強いんすよねー。ヒナカさんのクライノアとかクライメアとか見てればわかると思うんすけど『ぶっ殺す』とか『もう嫌だ死んでやる』とか決断した時の人の行動力、エネルギーって馬鹿にならないじゃないすか。ま、その分ストレスが溜まって体にはダメージになるんですが短期決戦用の感情ってことで』

 そうした爆発力を全て攻撃力に変換したのがナイトメア。

 瞬間の出力はアルデバランを軽々と上回る。

『ま、つまり正面からのぶつかり合いは極力避けることっすね』


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 光と闇が再び激突した。

 より多量に濃密になりながら、なおも膨張し加速し続けるⅰ粒子の光は、それ全く上回る出力を持つ闇にジリジリと押されている。

 至近距離でその争いに巻き込まれることになった東京の風景が噴き上がる上昇気流に根こそぎにされていく。

「………くっ」

 ナイトメアの怨恨砲ジェノサイドビームの圧力にアッシュの足がビルのコンクリを削りながら後退した。

 押し負けた閃光の一部が火花のように散乱する。四方八方へ飛び散り駆けていく。その内いくつかはアッシュたちが作戦会議をしていた広場に落ちまるで爆撃のように全てを消し飛ばした。

 だが、何割かを逸らせたとしても、そのエネルギー量の前には圧倒的に無意味。

「ごめんね。ニシシ。また言うこと聞かなくてさ」

『アッシュくん! 大丈夫、勝って帰ればいいだけだよ!』

「諦めるつもりはないよ。でも―――――――」

 次の瞬間、足場にしていたビルが音を立てて崩れ去った。

 先に耐久限界を迎えたのはコンクリの方だったのだ。

『「え?」』

 不意に足元が抜けた浮遊感と共にアッシュは落下した。

 落ちていくアッシュの顔上を掠めるようにして怨恨砲ジェノサイドビームが通り過ぎていく。

 受け止めていた光の剣が消えた以上、その暴虐の闇を止められるモノがあるはずもなく。

 怨恨砲ジェノサイドビームは東京の空を通り抜け、東京湾で水蒸気爆発を起こしながら拡散しきるまで収まることはなかった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「う………」

 瓦礫の山の上で、剣を支えにして立ち上がる。

 その目の前ではナイトメアが真っすぐアッシュを睨みつけていた。


『笑わせる』


 二十キロメートルは開いていた距離をわずか数歩でゼロに変え、大顎を開いた。そこから突き出されるのは二門の砲口。

 砲口が唸りを上げ黒い稲妻が迸る。怨恨砲ジェノサイドビームの発射姿勢だ。

「間に合え……!」

 アッシュもまたアルデバランを構え世界樹の息吹ユグドラシル・レイのチャージに入る。

 だが、圧倒的に遅い。溜めが長いのはナイトメアもアッシュも同じだった。


『赫怒』

 『憎悪』

  『害意』

 『加虐欲求』

『快楽』

  『性衝動』

 『虚無感』

『破壊』

     『怨念』


 何より暗く、黒いその闇が津波が如くアッシュ目がけて吐き出される。

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