第十六章『絆を糧に加速して NOW OVER』

「「『自己の創造ジェネレイト・アイ—――――煌星剣アルデバラン』」」

 マイとアッシュが掛け声を上げるとマイが光の粒子と化し、アッシュの左手に収束する。

 そして、左手に現れたのは一振りの剣。

「へー。よくできてるな。これがアルデバラン?」

 RPGにでも出てきそうなデザインの剣を試す眺めつする剣次。

『実用性よりも、本人たちの心持ちを現してるのかも』

 映像で状況を見ていた塔香も似たような感想を述べる。

「よし」

 気合を入れるように両手でアルデバランを持ち直したアッシュの声を合図に作戦会議が始まった。

 まずは、敵の正体について。

『つまり、あの狼はクライノアと同様の存在っす』

 クライノア。クオリアと同じくⅰ粒子より構成される武装。だそうだ。

「武装?」

『そ、武装。つまり身に着ける武具。ただし負の感情がエネルギー源っすけどね』

「だけどあいつは」

 単体である。

 中に核となる人間が入っているとでも。

「いや、いないと思う」

 答えたのはアッシュだった。

「あれと撃ち合った時に、ココロが見えたんだけど。憎しみとか悲しみとかだけで……『あれがしたい』とか『これが辛い』とかがなかった。感情だけあって意思がないみたいで。あんなの初めてだ」

 人の意思を持たぬ。まさに獣。

『実際のとこクライノアが負の感情を利用した心の鎧。だけど、あいつには中身がない。殻だけが、感情だけで歩き回って暴れてる。これはもうクリーチャーでもクライノアでもなく悪夢ナイトメアだろうと。うごめく鎧なんてどんなホラーっすかってね』

 ニシシがさらに補足する。

『やはりクライノアと同じく物理攻撃は意味が薄いでしょうね』

「となると世界樹の息吹ユグドラシル・レイでやるしかないのか」

「ゆぐどらしるれい?」

 剣次が首をかしげる。

『あ、ビーム兵器。剣から出るっす』

「剣からビーム? ……いや人が剣になってるんだ。今更ビームくらいで驚かないけどよ……」

 ラノベみてえだな。と小声で呟く剣次。

『ともかく! 作戦はシンプル! 敵に、思い切り、いつも通り、ブチかます!』

 ニシシが軽快に号令をかける。

『さ、今日もかるーく世界を救いますか!』

「そんな頻繁に世界救ってたっけ?」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 目に映る全てをなぎ倒し、蹂躙しながら夜の街を進むナイトメア。

 すでに東京を越え、埼玉県へと侵攻を開始していた。


『不快』


 何かを察知したように顔を夜空にもたげる。その時だった。

吉野流心操術よしのりゅうしんそうじゅつ二の片にのへん—―――――――」

 星空から、人間が一人。流星が如く落下してきたのは、

偃月えんげつッ!」

 和装の青年。ミツキは手にした長刀でナイトメアの左目を切り裂いた。

 直径二十メートルもある眼球に一筋の線が走った直後、激しく体液が飛び散る。

『ひああああああああああああああああああああああああああ!』

「喚くな犬コロ。実際には傷一つねえよ」

 ミツキは切りつけた時の勢いそのままに地上に落下。器用に空中で一回転して勢いを殺すと危なげなく着地した。

「さて、俺がってことはとりあえずニシシとは会えたか。そして最終決戦なのかこりゃ」

 まぁ、俺の仕事は終わりか。と一人呟くミツキ。いつの間にかその手には煙管が構えられている。

『ひあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ! そこを見張れ! あそこを見張れ! 我の敵を根絶やしにせよ!』

 頭上が夜空より暗くなる。ナイトメアの巨大な足がミツキめがけて神の鉄槌が如く振ってくる。

「おうおう、あんま興奮するなよ。上、危ないぜ」

 対して、ミツキは静かに上を指さした。


『小癪』


 それに気づいたナイトメアが僅かに顔を傾ける。無事な右目を空に向けてぐりりと動かした。

 その先に映るのは莫大な光を湛えた聖剣を上段に振り上げた灰髪の少年。アッシュ。

 先ほどのミツキと同じように自由落下の勢いを乗せた攻撃だ。さらにあの光、あの輝きでナイトメアを滅するつもりなのだろう。

 加えて、まずミツキに左目を潰させた上で、その見えていない左側から攻撃を仕掛けてきたところも計算か。

『憤怒』

 だが、無意味だ。

 がしゃん、とナイトメアの口から大砲が吐き出される。


『汝らは愚かだ。哀れだ。だが許せぬ。死ね。実を結ばぬ徒桜が如く散れ。虫のように舞い虫のように死ね』


 鉄骨と青い強化ガラスで作られた砲口に闇が充填されていく。そしてぐいと照準をアッシュに向けた。


『死ねや死ねや。根絶やしである』


 そして放たれる極大の光線。何本もの建物を余波で消し飛ばしながら放たれた『闇』は間違いなくアッシュを飲み込んだ。

 剣を構えたまま成すすべもなく分解されていくアッシュ。

 いや、


『否?』


 ナイトメアの右目の視界でちらつくのは桃色の花弁。桜のものだった。


『否。小細工を』


 それは桜色の煙。ミツキが得意とする幻覚。

 ということは先ほどのアッシュは幻影。

 ならば本物は―――――――――――――――――、


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


『まずは、あの怨恨砲ジェノサイドビームを誤射らせるっす!』

「じぇのさいどびーむ?」

『あたしが考えた』

「あ、そう」

 このノリで普通なの? と目配せする剣次。うなずく異世界一同。

「誤射らせるって言ってもな……あの威力と射程距離見ただろ? 東京を横断したぞあれ。下手な場所に撃たれると億単位で人が死ぬが?」

「ナイトメアのお腹の真下から世界樹の息吹ユグドラシル・レイ撃ったら? 腹の下からなら頭も回らないだろうし反撃されないんじゃ……」

「いやあ……どうだろうな」

 アッシュの意見に懐疑的な剣次。

「そこに辿り着く前に気づかれたら終わりだろうし、あの足で踏まれても終わりだし、あいつが崩したビルの瓦礫に巻き込まれても終わりだぞ」

 いくらアッシュが怨恨砲ジェノサイドビームの直撃を受けてなお生きていたとしても、彼とて不死身ではないのだ。ちょっとした怪我やダメージで死ぬことだってあるだろう。

怨恨砲ジェノサイドビームの特徴はチャージ時間が少しあるけど反動はなし、連射可能……とまあ弱点らしい弱点はあまりないっすね』

「遠距離から狙撃するにしても、ビカビカ光る剣持ってたら狙われるよなあ」

『奇襲に向く武器じゃないっすからね。アルデバラン』

『結局、チャージのインターバルを狙うしかないですよね』

 その隙をどう作る?

『だから、そこは我らがリーダーに頑張ってやってもらうっす』



「ありがとう……リーダー」

『絶対、来てくれる。そう信じてたもんね』

「そうだね。マイ。後は僕らの番だ」

 ここはビルの屋上。

 その直線状ではナイトメアの尾が警戒するように逆立っていた。

「二度は通じない。確実に倒す!」

『うん!』

 決意の医師をガソリンに、重ねたココロをエンジンに。聖剣アルデバランに充填された光は夜空を染め上げるほどの輝きを放つ。

 ミツキが左目を潰し、右目に幻惑をかける。だが煙である以上、幻惑は長続きしないだろう。

 しかし、その一瞬で怨恨砲ジェノサイドビームを無駄打ちしてくれればそれでいい。

 その隙をつき、不意を打つ。

 それが仲間たちと考えた作戦だった。


「「世界樹の息吹ユグドラシル・レイ!」」


 光を湛えた切っ先を、闇の魔獣へと突きつける。

 放たれたのは太陽よりも熱く煌めく光の本流。濃縮されたそれは巨狼の横っ腹を貫いて決着をつける。

 はずだった。


『害悪』


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


『あれ?』

 それに最初に気が付いたのは姫百合塔香ひめゆりとうかだった。

 離れた場所から映像を取っている剣次から送られてきた動画の再生をある一瞬で停止させる。

 それはナイトメアが体長の三分の一ほどもある大顎を開き、中から東京スカイツリーを改造した砲身を取り出した場面。

 口の中を拡大する。

 鋭い牙があり、砲身があり、舌があり、そして――――、

『あ!?』

 ソレに気が付いた時、塔香は大慌てでPCマイクに向けて叫んでいた。

『真田先輩! ちょっと港区の方見てください! 急いで!』



「ああ?」

 伝えられた言葉の意図を理解しないままに剣次は高台に移る。破壊し尽くされた東京の風景を眺めて、

「あ…………まずい」

 すぐに気が付いた。炎と崩壊した建築物で埋め尽くされた景色の中で一か所だけただ荒れ地と化している場所がある。

 まるでその土地にあった物を丸ごと怪物に飲まれたかの如く。

 確信に至った剣次は、今まさに世界樹の息吹を放とうとしているアッシュへ向けて通信を飛ばした。

「ヤバいぞ! あいつ、を隠し持ってやがる!」


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