第十五章『君となら 叶えられる WE CAN MAKE IT』

「なんだ……何が起きてるんだ……」

『死だ! 死が起きている!』

「なんなんだよあのビーム。お前なんでも知ってるキャラなんだろ。教えろよ弱点とか攻略法とか」

『ちっくしょおおおおお! アッシュ君が巻き込まれ、いや自分からぶつかりに行ったんすかっ!? バカだろ!? 一人で〈世界樹の暁光ユグドラシル・デイブレイク〉出すなんてなんてミラクルまでやったのに押し負けたの悔しいなあ!』

 避難する人々でごった返す幹線道路を抜ける。

 ついに秋葉原に突入した。

 だが、ここは未だにナイトメアからすれば一歩で届く距離。危険地帯には違いない。

 どこだ。

 マイはどこにいる。

 耳元のイヤホンではニシシが情緒不安定に喚き散らしていているし塔香とは連絡がつかない。

「これじゃどこにいるのやら」

 適当な路地に車を止めて、町を歩く剣次。兎耳型のヘッドギアを探して視線をあちこちに飛ばす。

 だが倒壊したビルで景色は変わっているし混乱した避難民はまだまだ多い。

 何処からかともなくズズンという轟音が聞こえてくる。

 見上げれば、ちょっとした公園くらいありそうなナイトメアの足裏が持ち上げられた音だったらしい。

「このバケモン。狼みたいだけど山羊なのかな」

『なんすかいきなり』

「蹄があった」

『つまらんこと言っていないで探さんかいっ!』

 とりあえず、ナイトメアが生まれた場所である雑居ビルに向かう。

 近づくにつれて避難民の姿を減ってきた。

 ビルが倒れ、立体道路が落ちており、まるで震災後のゴーストタウンのようだった。

 完全に崩壊した文明の風景に少しばかり戦慄する。

 路上には避難した人々が慌てて残したらしいモノが散乱している。

 遠くで爆発音がした。

 自衛隊の攻撃か。はたまたナイトメアの単なる足音かはわからない。

 少し歩くと、広い交差点があった。横転したトラックから荷物がばら撒かれている。

 その荷物の中、影が動いた。

「…………あれか?」

 剣次は近寄る。

 たしかに、あのニュース映像で見た少女だ。

 黒レザーの異様な衣装に全身の端末モニターが薄く光る。

 その黒の隙間から見えるのは人形のような白い肌に、さらさらの銀髪。

「えっと……マイさん?」

 少女がこちらを向く。目元はバイザーで覆われていた。

「仇なす夢幻の大害獣、我は全ての観察者。前は見るのみ、今は行くのみ」

『とにかく! その機械外すっす!』

 ニシシの叫び。剣次も少女の端末モニターに手をかけるが、外れない。

 少女が抵抗らしい抵抗をしないのは幸いだったが全身に張り巡らされた端末はロックでもしてあるようで微塵も動かなかった。

 手当たり次第にあちこちいじったが、しっかりと体を拘束している。

 少女が呟く。

「見るもの聞くもの全てを殺せ、遥かな深みへ送り出せ、我は夢幻の大害獣」

 横に転がっていたスパナが目に入る。

 これでブン殴れば壊れるか?

「いや、取り敢えず、ここから連れてって病院か……もしくは。とにかく先行してたアッシュとも合流して―――――」


「アッシュ?」


 ただ淡々と言葉を読み上げていた少女の声に、初めて感情が宿った。

 ピタリと動きを止めて、はっと少女を見る剣次。

「そうだ。アッシュだ。仲間なんだろ。お前の」

「……うん」

 唐突に少女の全身の端末がバチバチと火花を散らす。やがてパシュンという音と同時に全身の端末がズレ落ちた。

 少女の体が、糸が切れたようにふらりと傾く。

「うわ、危ねえ。前見ろ」

 剣次が少女の肩を掴んで支えた。目元のバイザーに手をかける。

 動いた。

 ロックが外れたらしい。そのままばっとゴーグル部分を持ち上げる。

 満月のように大きな黄金色の目が、深夜の空を映していた。

 ぱちぱちと瞼が動く。

 目の前の剣次の顔を見て、小首を傾げた。

 さきほどとは打って変わって優し気な声で、

「誰かな?」

 剣次は盛大に脱力した。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


『害意』          『破壊衝動』 『争』

『嫉妬』 『夢想』 『敵意』

 『殺意』『滅亡』   『虚栄』

『戦意』 『愛憎』    『怠惰』 『傲慢』『名声欲』

『独占欲』 『殺意』 『怨念』 『怨恨』

『虚無感』『脱力』『劣等意識』 『上昇志向』『支配欲』『邪念』


 暗い。

 痛い。

 眼球から脳の奥に直接響くような痺れに身を震わせるとようやくアッシュの意識のピントがあってきた。

 瞼を開けなきゃ。起き上がらなきゃ。そうは思うが全身がじんじんと熱を持っていて、体が言うことを聞かない。

 内臓や骨が正常な位置にあるかさえ定かでなかった。


『滅亡戦怨争殺恨邪』

   『滅亡戦怨争殺恨邪』

『滅亡戦怨争殺恨邪』

  『滅亡戦怨争殺恨邪』

『滅亡戦怨争殺恨邪』


 頭の中では低い唸り声のようなものが未だに響いている。今まで何度も体験してきたクオリア同士がぶつかる際の感情の残響だ。

 今までとは少し毛色が違う。人と戦っている気がしなかった。


『滅亡戦怨争殺恨邪』

『滅亡戦怨争殺恨邪』

   『滅亡戦怨争殺恨邪』

『滅亡戦怨争殺恨邪』

 『滅亡戦怨争殺恨邪』

『滅亡戦怨争殺恨邪』

  『滅亡戦怨争殺恨邪』


 アッシュはナイトメアの吐き出す闇に押し負けた後、猛烈な勢いで瓦礫の山に落下していた。

 行く先にあったコンクリや木材を次々砕くことになったが、そんなものはあの死の光線に比べればなんの意味もない激突だった。

 きっと本来の世界の自分だったら間違いなく死んでいた。

 そのあまりの強烈な衝撃に、自分は上下の区別を見失い。まるで四肢が脱落したかのように全く動けなくなっていた。

 痛い。

 動きたくない。

 いや、動かないと。


『怠惰』『諦観』『沈黙』

  『虚構』『虚無』『破滅願望』

『利己主義』『正義感』『虚栄』『虚飾』

 『恐怖』『傷害』『敗走』   『愛憎』

『殺意』『諦……』

『悲……………—――――――――――――――、


 声が唐突に止んだ。

 代わりに、暖かいものがアッシュの体を包んでいた。

 傷や腫れの熱さではない。人肌に近くて、柔らかくて。癒されるようなそれは――――――――、

「目が覚めた?」

 自分にかけられた声。その声を聞いてアッシュはひどく嬉しいと感じた。理由はわからない。

 瞼を開いた。

「アッシュくん」

 夜空に輝く銀色の髪。黄金色の瞳。透き通るような白い肌。

 頭頂部には見慣れた兎耳型のSTIMO(スティモ)。

 マイ。

 マイ・イルミンスール。

 目元が熱い。涙が漏れそうだ。

「よかった」

「僕も会いたかったよ」

「もう、どこ行ってたの? 心配したんだからね」

「ごめんごめん。色々あってさ」

 苦笑する。

 今までどこにいたのか。『教授』に何をされたのか。あのレザー姿はなんなのか。なぜ今自分は膝枕をされているのか。

 聞かなければならないことはたくさんあるように思えたが、その全てが些末なことに思える。

 体の痛みだって気にならなかった。名残惜しいが、母を思わせる暖かな膝の上から頭を持ち上げる。

 立ち上がる。不思議ともう痛くない。何も怖くない。

 はるか先を歩く巨狼。ナイトメアを見据える。

 どうすれば勝てるのかわからない。

「アッシュくんと一緒ならこんなやつ怖くないよ」

「ああ、行こうか」

 だが、今なら負ける気がしなかった。


『はーい。お二人さん感動の再開。後は突撃して怪獣ぶっ倒して終わりっすねー、はーめでたしめでたし。…………んなわけねーだろーが! まーた無為無策で突っ込むつもりっすかこのバカども!』


 響き渡るスピーカー音声。

 近くの瓦礫で座り込んでいた剣次の手元のスマホからだ。

 聞きなれたニシシの声。

『あの……聞こえますか。私です。姫百合塔香です』

 続いて割り込むような別の声。この世界で知り合った少女のものだ。

 マイも知り合いらしい。声が聞こえた途端に顔を輝かせている。

「えーと。なんでかマイさんが正気になった途端に通信が回復してな。姫百合さんとも一応連絡つくようになったんだ」

 てゆーか。と気だるげに剣次は言う。

「俺に感謝してくれよ。マイさんのコスプレ引ん剝くの一人でやったんだからな。えらく念入りに固定されてたし、カチューシャ外そうとしたら死ぬほど怒られたし――――――まあ、それで」

 剣次が「正気か?」と言いたげな風に巨狼を指さす。

「あれと戦うの? マジで?」

 体高一キロメートル弱。体長三キロメートルの大怪獣。そのうえ東京スカイツリーを魔改造したビーム兵器まで備えている。

 最大最強のバトルビースト。

 その名を夢幻大害獣ナイトメア。

「まあね。僕は行くよ」

 アッシュは迷わず頷いた。マイも同様に。

「ええと、俺が言うのもなんだけどお前だって死にかけてるし……いうてお前異世界人なんだろ? 別にあえて危険に飛び込まなくてもお前がやる必要は……」

「僕がやりたいんだ」

「あ、そう」

 ならいいけど。と剣次は引き下がる。

「じゃ、それで。俺らはどうすればいいんだ? ほら作戦担当」

『お、話し合いパートは終わり? 覚悟完了? 剣磨いて構えてバケモノに斬りかかる準備はオーケー? じゃーあ具体的な手段について話していきましょうか』

 役者は揃った。

 彼らは円陣を組むように一か所に集う。

『それじゃあ――――――作戦、会議、開始ッ! ………キマッた?』

「いやここ決める場面じゃないし」

 野太く格好つけて叫んだニシシ。ツッコミ代わりにアッシュがスマホを小突いた。

「おい、俺のスマホ」

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