第十四章『鍵は開けられてしまった BLOWIN UP』

 群衆が逃げ惑い。街並みが破壊されていく。

 その絶望的な風景の中で、彼は思考を続けていた。

 焦りも諦観もない。阿鼻叫喚の地獄絵図の中、彼にあったのはただ一つ。満足感だった。


 ついに顕現した。


 ⅰ粒子。人のココロに呼応して形を変える未知の粒子。この世界を満たすそれの存在に唯一気づいていた彼は。それを誰の目にも見える形で実体化させたかった。

 燃料となるココロは最初は自分のもの。ただし全く出力が足りなかった。何か条件が異なるのかもしれない。

 次に人々から無差別にかき集めた悪意。その結果生まれたのがバトルビースト。これは少し上手くいった。

 ただし、この世界に物理的な影響力をもたない幻のような存在だった。

 これではまだ望むものでない。

 幸い、『星海のクオリア』とかいうゲームの流行に乗じてバトルビーストの存在が世間で注目を集めている。適当に生み出し続ければネット配信かTVで経過観察ができるのでデータ集めは容易だ。

 なので生み出し続けた。

 生み出し続ければ、いつか本物ができるのではないかと。

 そして、できた。

 意志をもつⅰ粒子。マイと名乗る彼女の言葉を借りれば実体化したⅰ粒子は『クオリア』というそうだが。

 ついに顕現したそれを見上げる。

 『悪夢ナイトメア』というクオリアらしい。

(まあ収束するのにマイという少女の『スティモ』を使ったとはいえ使用した燃料が負のココロである以上綺麗なものではないだろうが)

 実際のところ美醜はどうでもいい。

 これは人類にとって大きな一歩になるだろう。

 そこではたと気づく。

 なぜ、自分はコレを作ろうと思った?

 一体いつからi粒子なるものが見えるようになった?

 考えてみると、いつから―――――、


『是』


 気づくと、ナイトメアの巨大な瞳孔をこちらに向けられていた。


『全ては我より生まれしもの、全ては我の模造品』


 獣が語る。

 音声ではない。直接頭に語り掛けるようなテレパシー。もしくはi粒子とやらの信号配列か。


『生み出しばら撒き全てに取りつく。我は悪意。それら全て我が身の一部。それらは仮初の元に孵り、仮初の主に学び、仮初の主と振舞い、やがて主に成り代わり、自らの意志で動き出す』


 恐ろしく威厳に満ちた声だ。


『そしてそれらは求め始める。我を生まんとするために、己の意味も知ることなく、それらは全て模造品。単なる一つのアルゴリズム』


 獣に、それとは何のことが聞いた。


『汝らのことだ』


 本当にどういうことかわからない。再び彼は尋ねた。


『そういうことだ。汝らは我の一部を受け入れ育て動いた。単なる一つのアルゴリズム。我の一部で我の種。芽生えた我はただ歩く。見える全てを焼き尽くす。何故なら我はナイトメア』


 ああ。と息を吐く。

 きっと私は終わったのだな。と思う。

 人生に、私に意味や目的があるとするならばきっとコレを生み出すことだったのだ。

 ようやくわかったそういうことかと彼の中でようやく何かが満たされた。単なる空虚と引き換えに。

 その一瞬後に、彼は神の鉄槌を思わせる巨大な足に踏みつぶされた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 秋葉原への道は骨が折れた。

 どうも交通システムも破壊されたらしく各所で交通障害が起こっている。

 交差点では不慣れな警官が必死で交通整理をしていた。

「こりゃ、高速使わなくて正解だったな」

 高速道路は料金所から閉鎖され、走っていた車は閉じ込められているという。

 怪獣ナイトメアは既に秋葉原から移動していた。

 その大きさはとてつもなく巨大で、都庁ですら股下にすっぽりと入るほどだ。

 一歩踏み出せば約一キロメートル。数歩歩けば東京の別の区。

 行く先々で、その巨体で破壊と混乱をもたらしていた。

 都市の灯りが次々と消えていき、火事でも起こったのかナイトメアの足元が真っ赤に照らされている。

 しかも連絡手段のネット関連もほぼ破壊され心もとない状況だ。

 唯一すんなり繋がるのはどこからかけているかもわからないニシシとの通話のみ。

 やがて、怪獣の後ろ左足に近づく。

 橋を渡り、剣次は足を横目に眺めた。

 まるで夜闇を濃縮したような黒。雷雲か竜巻のようだった。

 その巨大な物体が見る間に上空へ巻き上げられたかと思うと、はるか先へ落とされる。

 それが、怪獣が一歩進んだだけだと気づくのに数秒。

「……あれの足元にいた連中、生きてんのか?」

『今んとこ飛び道具撃つわけでもなくただ歩いてるだけですしあの特大トールハンマーに巻き込まれなけりゃ大丈夫っすよ』

 ニシシの声は少し震え虚勢を張っているように見えた。

 実際には怪獣の直接被害より、倒壊した建物に巻き込まれる危険もある。暴徒に襲われた可能性も。

「まあ、急ぐだけ急ぐさ」

 目的地である雑居ビルは事前に塔香から送られていたデータにある。

 移動していなければマイはそこにいるだろう。

「あ」

 正面から爆発と閃光。

 衝撃波で車が宙に浮き、激しくアスファルトに着地した。

「痛ってえな! 何がどうなって!?」

 怪獣の攻撃か?

 振り返れば今走ってきた橋の中心が崩落し、吹き飛んでいる。

 続いて上空から轟音。

『ふおおおお! なんすかあの飛行機!? レトロ!』

「俺らの世界じゃ最新型だよ。それと戦闘機イーグルだ。たぶん航空自衛隊のな」

 ソニックブームと共に頭上を通過していく戦闘機の編隊。

 目の前の巨狼に対して投入されたものだろう。

(対応が早すぎるな。まだ民間人の避難誘導だって終わってないだろうに)

 東京が、いやこの規模だと日本レベルの危機に焦って動いたというところだろうか。

 さらに武装ヘリコブラの刀翼が回転する音まで聞こえてくる。


『愚』


 夜空を埋め尽くす最新兵器の群れに、ナイトメアが頭をもたげる。

 放たれた三砲身ガトリング砲M197機関砲BGM―71対戦車ミサイルが体表で弾け爆炎を上げる。遠目から見ると狼の毛皮に静電気が散っているようにしか見えなかったが。


『児戯』


 心底うんざりした風にナイトメアは首を振り体と比較しても異様に大きな顎を開くと、近くにあった東京スカイツリーに噛みついた。

 そして、バリバリと噛み砕き、咀嚼する。

「は?」

『は?』

 剣次とニシシの声が重なる。

 やがて、ほぼ飲み干すようにして東京スカイツリーを食ったナイトメアがぶるりと体を震わせると、口内から黒く染まった砲身が伸びてきた。

「なんだあれ……」

『わかんない! わかんないけど嫌な予感しかしないっす!』

 黒い砲身が、空に浮かぶ兵器群に向けられる。


『被告。文明』


『被告。人類』


 重々しい唸るような声で口上が謳いあげられる度に、黒い稲妻を伴った闇が巨狼から漏れる。その莫大なエネルギーの影響か周囲の瓦礫が宙に浮きあがる。


『開廷。判決。死刑』


『目標前方。死刑執行』


 直後だった。

 濃密な『死』を纏った闇が砲身から吐き出されたのは。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ナイトメアの口より伸びた砲身から噴き出したのは。


 文明の光も火事の炎もまとめて塗り潰すような、暴力的なまでの『闇』の奔流だった。


 解き放てば世界全てを埋め尽くすのではと思わせる密度の闇の粒子を束ねた閃光は刹那のうちに武装ヘリコブラの群れに到達し、過ぎ去っていた。

 鋼鉄の戦闘機械も、全てを飲み込む闇に一瞬のうちに蹂躙され、消滅。

 闇の濁流はその勢いを保ったまま戦闘機イーグルの編隊に殺到する。

 ナイトメアに一直線に突撃する彼らは武装ヘリコブラが飲まれた時点で既に攻撃を開始していた。搭載された数十発もの空対空ミサイルサイドワインダーが惜しみなく叩きこまれていく。

 だが、たかが戦艦レベルを対象とし兵器如きが敵うはずもなく。

 物理的な圧力をも備えた闇に殴りつけられた空対空ミサイルが一瞬まるで膨張するかのように変形させられたがすぐに塵一つ残さず蒸発させられた。

 次は戦闘機の番だった。避けることもできず、闇に呑まれる。

「間に合えっ!」

 だが、それらの間に割り込む少年が一人。

 地上から高度数百メートルへ一息に飛び上がった灰髪アッシュグレーの少年は拳を既に振りかぶっていた。

 きっとナイトメアが兵器群に、内部に搭乗する人々に殺意を向けた時点で、理性でなくココロで感じたのだろう。

「僕が助けなきゃ」

 その衝動を胸に、少年は圧倒的な密度を持つ闇に立ち向かう。

「うわぁぁああああああああっ!」

 振りかぶった拳が光を放つ。まるで小さな恒星を掌に握りこんでいるかのように暖かく眩しい光が拳を透かして放射される。

「其は夜明けを告げる、星の聖拳!」

 光はやがて炎に変わる。

 登りゆく太陽よりも激しい煌めきと熱量で、少年は無明の闇に挑む。


「〈世界樹の暁光ユグドラシル・デイブレイク〉! いっけえええええええええっ!」


 喉が張り裂けるような叫びと共に、アッシュの拳がナイトメアの闇に叩きこまれた。

 直撃の瞬間、そこから生まれた爆熱の炎が、産声を伝える役目ごと空気を消し飛ばし、東京の夜空に咲き誇る。

 倒壊中だった何棟かのビルはその残骸が地に届き、人を押しつぶす前に爆光に照らされると塵も残さず消し去られていた。

 少年の光。

 怪獣の闇。

 その激突の結果はほんの数秒だった。

 拮抗は何の合図もなく崩れると少年の光は闇に取り込まれ、瞬く間に消え去った。

 そして守護を失った戦闘機群が夜より暗い膨大な闇の中に呑み込まれ、失せていく。

 闇の猛威はなおも止まらず。

 遥かな空の彼方へと、その先へと、噴射される闇が拡散しきるまで射線上の全てを消し去りながら東京の空を縦断していった。

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