第十二章『清と濁の天秤は DEAL WITH THE DEVIL』

 自宅待機している塔香。

「ここかな? 違う……じゃあ八か」

 剣次から連絡を受けた塔香は大型テレビに顔を向け次々とチャンネルを入れ替えていく。

「あ、あった」

 多くのチャンネルがアッシュとバトルビーストの戦いの生中継をしている中、別の生中継をしているチャンネルがあった。

 場所は秋葉原。

 雑居ビルの周囲にパトカーが囲みを作り、警官たちが野次馬をせきとめていた。

 その中をわらわらと警察関係者らしき背広たちがかき分けていく。

「これがそうなの?」

『そうだ。姉さんから連絡あって……これで確定だそうだ』

「じゃあ、これで解決なんだよね」

『たぶん。な』

 マイ救出作戦。最終段階。

 バトルビーストを退治しまくって『教授』を釣り上げる。

 『教授』をネット回線に接続させる。

 そして、『教授』の使っているアカウント、アクセス場所を逆探知、解析し、警官隊を突入させる。

 そんなに日本の警察すぐ動いてくれるか? と塔香は思うがどうも剣次の姉が警察関係のお偉いさんらしくその辺りどうにかなるらしい。

 実際成功している。

「『教授』の現行犯逮捕」

「ネットの喧嘩にリアル持ち込むみたいでなんか反則臭くない?」

『知るか。相手は犯罪者だぞ。マナーもクソもあるか。未成年者略取及び誘拐罪の現行犯で実刑だ』

 もう一度テレビを見る。

 雑居ビルの階段から、捜査官に囲まれた人影が出てきた。

 一人は男だ。

 長身の白衣の男。痩せこけた頬にかっと見開かれた目はガラス玉のように生気がない。

 これが『教授』だろうか。

 その後ろからさらにもう一人。

 顔はよく見えない。服装もコスプレめいた黒いレザーかエナメル。さらに電極やコードを全身に巻き付けていた。

 —――――――しかし、

 兎耳型カチューシャに銀色の髪。

 間違いない。

 マイだ。


「アッシュ! 秋葉原だ! 警官と野次馬が集まってるから行けばわかる!」

「わかった! ありがとう!」

 剣次がスタジアムに向かって叫ぶとアッシュは大きく手を振ると地面を陥没させる勢いで踏み込むと大きく飛び上がった。

 スタジアムを一瞬で後にして行く後ろ姿を見つめる剣次。

 終わりだな。


 十日『終わりね。早く自首すればよかったのに』

 教授『終わり? 終わりというならとっくに終わっている私の目的はとっくに終わっている『ⅰ粒子』の物理的顕現それは間違いなく実現したのだからバトルビーストにアッシュ・イルミンスールとかいう第二候補スペアプランに構っているのはほんのおまけだ』


 ネットの世界では『教授』が負け惜しみのようなことを言っている。

「もうじき牢屋送りのやつが何言ってるんだか」

『待つっす。あたしにも映像見せて』

 ニシシが割り込んできた。

「声だけのやつにどうやって見せろっつうんだ」

『えー、とりあえずチャンネル教えてもらえれば勝手にやるんで』

 チャンネルを教える。最初は『おお!』と興奮気味だったが徐々にその声に陰りが見え始め――――、

『あ? これがマイルン? なにこの格好? いや、なんか変?』


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 テレビの中継映像では少女が頭から上着をかけられてパトカーへ連れられていた。

 アップで映ったその顏を見れば、目元は悪趣味なバイザーで覆われていた。

 カメラがブレた。

 現場で何かが起こり始めたらしい。

 画面がごちゃごちゃと野次馬の群衆に押されている。

 その内、どこかの屋上かららしい中継カメラへと切り替わる。


 少女がいつの間にか、パトカーの屋上に立っていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「なんだこれ」

 それを確認した剣次が首を傾げた。

「これがマイ? こんなやつなのか?」

『こんなんがマイルンのわけねえだろうが!』

 キレるニシシ。

 中継映像の中で、マイが口を開いた。


『散り落つカケラは全てが集い、大害獣は檻より出ずる』


 パトカーの上の少女はまるで何かのコスプレ衣装のような姿だった。

 黒いレザー製のスカートは短く、服は部分によっては肌も露わ、更に表面にはアンテナやコードが走り、全身が情報端末の塊といった出で立ちである。

 その少女が、少女らしからぬ人工音声で謳いあげる。


『我が名は恐怖、我が名は虚ろ、現世浮世の間の虚実、有りや無しやも問うにあたわず』


 少女の口から闇が吐き出される。煙のようなソレから少女の声でない声が聞こえていた。

 ―――――――ひやあ。

 しわがれた声で、闇が鳴いた。

 少女の肩に乗り移る。

 煙のような闇は犬か狼のような姿に変形し、少女と共に二重音声で呪文のように言葉を紡ぐ。

 有象無象の人々の群れに、自らの足元にて囲まれながら。


『虚ろにありて虚ろに消える、色は空なり空は色なり、我は全ての観察者』

『刮目瞠目目を剥き見張れ、怖い獣がやってきた。獣の名前は』


 彼女の声と共に肩の狼の顎が開いていく。


『—―――――獣の名前は、夢幻大害獣ナイトメア――――――――』


 ひああああああああああああああああああああああああという耳をつんざく奇声と共に、中継映像は黒い顎に食い潰された。

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