第十一章『飛び込んでく嵐の中 BLADE』
閑話休題。
「にしてもバトルビーストってなんだろうな」
「星海のクオリアも結局は関係なかったわけなんですよね」
目的が見えないのはバトルビーストも同じか。
『もっとも意味なんてないのかもしんないすね』
無差別に現れて勝手に戦ってそして消える。
たしかに意味なんて感じられない。
(いや……)
生み出すことに意味があるとすれば―――――――、
「僕はマイが見つかればそれでいい」
アッシュの言葉に、剣次と塔香が押し黙る。
そうだった。
元々はその少女を探すための試みなのだ。
塔香のネットサーフィンも、アッシュのバトルビースト狩りも。
わずかばかりの不確かな情報を搔き集め、マイに辿り着くための。
『あの……マイが誘拐された時』
通話口の向こうで塔香が申し訳なさそうに言った。
『私が、『教授』に居場所を教えてしまって。そしたらすぐバトルビーストたちが襲ってきて』
ごめんなさい。と謝る塔香。
終わったことだ。今更しょうがない。だが、
「マイってやつ元から『教授』に目を付けられてたのかもな」
ピロリンと通話口の向こうで音が鳴る。
『来た! スクショ送ります!』
「やっとか!」
塔香から送られてきたのはツイッターのDM画像だった。
そして、そのメッセージの送り主は、間違いない。
教授『会おう』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
暗い芝の広場。
見上げれば黒く影になったすり鉢状の壁が周囲に広がりその向こうで空を照らす人工の光によりそこに座席の群れを認識する。
「まさか生きてるうちに国立競技場を貸し切れるなんてな……」
『いや、敵の財力に感心しちゃダメですって』
感嘆の息をもらす剣次にイヤホン越しに塔香がツッコミを入れる。
塔香はネット環境の整った紅殻町の自宅から通信という形での参加である。
国立競技場。
『教授』が果し合いに指定してきた場所がそこである。
本来なら客席を人が埋め尽くしてもいいはずだが、今『物理的に』存在している人間は数えるほどしかいなかった。
一人は客席の真田剣次。
そしてもう一人は、
「…………ふぅ」
国立競技場スタジアムの中心の芝の上に佇むのはアッシュ・イルミンスール。
「で、ネット班。マイの情報は?」
『一切ナシ。でもバックアップは大丈夫っすよ』
『私も出来る限り手伝いますので……』
『ま、頑張ってくださいよ。見るだけ係の剣次さん!』
「見るだけ言うな」
雑談まじりの作戦会議が続く。
イヤホンをつけてるだけのアッシュは参加できないのが少し可哀そうだった。
「これって生放送されてんの?」
『されてますね。ネットもアクセス物凄いです。回線パンパンです。あ、メッセージ来ました』
同時に天空から光の柱が下りる。
アッシュの向かい側にソレは堕ち、やがて人の形を成した。
ただし、サイズはアッシュのおよそ四倍。
あの公園でアッシュを半殺しにした水牛のような角を持つ巨人だった。
教授『来たな』
十日『手下を倒され続けて焦って出てきたってところかしら』
教授『勘違いするな私の目的は達成されている私はただ第二候補(スペアプラン)がどの程度のものか見に来ただけだ』
十日『マイはどこに?』
教授『教える必要はない衆目も待っているさっさと始めよう相手はこいつだ』
真田剣次は向かい合うアッシュと巨人を眺めながら静かにスマホを操作する。
「見つけてくれよ。姉ちゃん」
マイ救出作戦も第二段階だ。
国立競技場の中央、広場に立つアッシュの向かいから、巨人が突撃を開始した。
『敵側バトルビースト来まっせーっ!』
試合開始のゴングが如く、ニシシが叫んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
角の切っ先を真っすぐ向けて、四つん這いの姿勢で突進する巨人を前にして、アッシュは静かに目を閉じた。
「マイはいる。この世界にいる。必ずいる」
呟く言葉は自己暗示。
何かを掴むように両腕を空へ伸ばす。
「だから、この世界にいるマイと僕は同じ空間にいて同じ星の空気を吸っている。つまり僕とマイは同じ場所にいるからクオリアを引き出せる。少し手を伸ばせばそこに届く」
伸ばした腕は空を切る。
掴んだ掌の中には何もない。
だが、
「
たしかに『剣を』を引き抜いた。
「やっぱり……今の僕じゃここまでか。でも……」
霧か霞でできたような輪郭の不確かな剣をアッシュは構える。
直後、大爆音。
「お前ら相手なら―――――」
巨人の角をアッシュの剣が受け止めた音だった。
あまりの振動に足元の地面が凹み、遠巻きに設置されていたらしいTVクルーのカメラが転んだ。
すでに衝撃波の域である。
猛烈な土煙が巻き上るなか、アッシュは一歩も引くことはなかった。
そのまま剣を思い切り振り上げ巨人の角をかちあげる。
「僕の方が強い!」
大きく仰け反った巨人の胴体を、勢いのまま横薙ぎに振るった剣が両断した。
うめき声を上げながら巨人が消滅する。
『タネが割れればただのパワータイプなんて今のアッシュくんに敵うわけないんすよバーカ!』
この世界におけるアッシュの強さは心の強さ。
心が折れない限り、今の彼は無敵だ。
教授『自己暗示による強化か小賢しいでは次だ?』
もう一本、光の柱が落ちてくる。
そこから現れた怪物は、もはや生物ですらなかった。
空に浮かぶ宇宙戦艦である。
「え、デカ」
よく見るとロボットやら鳥やら獣やら爬虫類やら人間やら様々なもののツギハギである。
いきなり筒状の突起から何かが発射された。
アッシュの右腕が鎖分銅で絡め取られる。同時にエネルギー砲の一斉射撃が始まった。
アッシュは必至で回避するが、動きは鎖分銅で封じられている。
徐々に追い詰められていき、
「……ッつあっ」
回避しきれなかった。左腕の肘より先が消しとばされる。断面が焦げついているからか出血はなかった。
アッシュの顔が苦痛に歪む。
教授『彼は来訪者これで死にはしない出血も断裂も痛みも苦痛も全てはみせかけだしかし両腕は封じた』
アッシュが鎖に引きずられ、宙を舞う。
観客席に投げ落とされた。
宇宙戦艦はそのまま鎖を引っ張り、再度アッシュを投げ飛ばす。
二回、三回、四回。
何度も観客席へと叩きつけられ、五回目で芝生へ脳天から落とされた。
スタジアムの地面に人型の穴が空く。
そこに埋まる動かないアッシュ。宇宙戦艦の甲板から巨大なエナジーブレードが生み出される。
そのまま全体重をかけてアッシュを貫かんと突撃を開始した。
教授『とどめだ』
しかし、
次の瞬間、宇宙戦艦の動きが止まった。
黄金色に輝くエナジーブレードの切っ先を掴み押しとどめているのは地面から伸びるアッシュの『左腕』。
黄金色のブレードよりもなお熱く輝く左腕。その腕の甲には太陽のように煌めく宝玉が埋め込まれていた。
『アレは――
教授『なんだね君たちはそういうのがそっちだと普通なのか』
エナジーブレードを握りつぶしたアッシュが続いて戦艦の装甲を殴りつける。容易く装甲は凹み、穴が空いた。
その隙をつき剣で鎖分銅を切断。そのまま数十メートルの距離を跳躍して戦艦に飛び移ると剣を振り回し、手当たり次第に破壊を始めた。
「うわー、ラノベみてえ」
冗談のような光景に感嘆の声を漏らす剣次。
ツギハギの宇宙戦艦は火花と血飛沫を上げながら身もだえするように墜落していく。
『元々マイルンとシンクロすることで身体能力は強化されるんすけど今はさらに妄想パワーが追加されて超強化! ってわけっすわ』
教授『なるほど面白いそれがⅰ粒子クオリア可能性の力』
十日『早くマイを出した方が身のためだと思う』
感心したようなことを言いながらなおも進めようとする教授を塔香が止めた。
教授はそれに構わず次のバトルビーストを召喚しようとする。
その時、
「…………あ! 来たのか!」
震えたスマホに移ったメッセージを見て、剣次が忙しなく動き出した。
「姫百合さん。ちょっとテレビ見れるか?」
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