第十章『君が願うことならすべてが現実になるだろう  TAKE A CHANCE』

 また後日。

「今日は活動ないのか?」

「夜からにするって姫百合さんが」

「そうか。メシできたらまた呼ぶよ」

 アパート前の広場で木刀を振っていたアッシュが手を振ってくる。

 ここ数日サボっていたとかいう訓練を再開したらしい。

 その様子を確認して剣次は昼飯作りに戻った。

 といっても剣次に作れるものなどチャーハンにスーパー惣菜が関の山だが。

「キッチンに立つのだって久しぶりだっつーの」

 剣次はぼやくがこの位のことはしなければいたたまれない。

 アッシュは鍛錬、塔香はネット哨戒で忙しいのだ。剣次だけが暇なのである。

 チャーハンができた所で窓からアッシュに呼びかける。完成した料理をテーブルに並べて、スーパーで買ってきたレバニラを添えれば昼食の準備は終わりだ。

 スマホを取り出し姫百合塔香(ライン交換した)にメッセージを送る。

『『教授』、釣れたか?』

 返事はすぐに来た。

『まだ』


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


『あたしらがバトルビーストを倒しまくって『教授』を釣る!』

 これがニシシの作戦だった。

「どうやって?」

 剣次が問う。

『そりゃアッシュくんに頑張ってもらうしかないっすよ。だってバトルビーストに触れるのアッシュくんだけじゃないっすか』

「……でもアッシュは戦う手段が」

『あるっすよ』

「あるの?」

 全員の視線が灰髪の少年に向く。

『アルデバラン』

 ニシシの言葉にアッシュが困った顔をする。

「いや、あれはマイがいないと出せな……」

『出せる!』

「僕だけだとクオリアを引き出すのは無理……」

『できる!』

「だいたいどっから引き出すつもりで……」

『出せるっつってんだろボケカスアホ!』

 力強くニシシは言い切った。

『出せる出せる! 頑張れ頑張れできるできる絶対できる頑張れ出せるって出せるココロの問題だ頑張れ頑張れそこで諦めるな絶対に頑張れ積極的にポジティブに頑張る頑張るマイルンだって頑張ってるんだから!』

「…………はい」

 ゴリ押しだった。

『よし! じゃあ次塔香ちゃん!』

「え? あ、はい」

 思わず姿勢を正す塔香。

『塔香ちゃんにはネット漁りを頼みたいっす。『教授』の活動ログをひたすら追って。あと『教授』を挑発するようなメッセージも暇を見て送って欲しいっす。ま、向こうから接触してきたら御の字っすね』

「ネット警備ってこと?」

『まあそうなるっすね』

「なあ、俺は?」

 ずい、とスマホに向けて身を乗り出す剣次。ニシシは「あー……」と悩んだ声を出してから、

『剣次さんはあれっすね。買い出しと掃除、あと雑用全般』

「え、俺だけそんなん?」

『そっすね』

「俺じゃなくてもよくない?」

『他に暇な人がいるとでも?』

 その通りだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 テレビをつける。昼のワイドショーをやっていた。

 ほどなく最新の『星海のクオリア』情報が流れ始める。

 剣次はまったく興味がなかったので知らなかったのだがバトルビーストによる被害は意外と大きいらしく社会問題にまで発展していたらしい。

「お、アッシュが出てる」

 テレビ画面では、市街地を駆け抜けバトルビーストたちをばっさばっさと雑に撫で斬りにしていくアッシュが映っていた。

 その手にはぼやぼやと松明のように輝く棒状のものが握られている。

「あれが『アルデバラン』か」

 アッシュの武器らしい。あれだと完全体ではないらしいが。

 本来マイなる少女の心を具現化させて剣にかえて戦うものだそうだ。

「まじでラノベの設定だな」

 マイとアッシュ。

 二人揃って初めて戦えるということは設定上アッシュだけでは無力、のはずなのだが――――――、

『一つ確実なこと。アッシュくんとマイルンは今この世界において全知全能の神様みたいなもんっす』

 昨日のニシシによる解説。

『つまりね。君が願うことならすべてが現実になるだろーってやつっすよ』


「そんなの無敵じゃん」

『もちろん制約はあるっす。自分の気持ちで何でもなる……ってーのはつまりポジティブな気分もネガティブな気分も反映されるってこと』


『つまりはココロの在り方。『できる』と信じればできるし、逆に『できない』と少しでも思ってしまえばそれはできない。この世界に来てから覚えがあるんじゃないっすか?』


『例えば、これ。あたしが話してるデバイス。スマホだっけ?』

 全員の目線がスマホに向かった。

『これって実際に話したい相手と話すには電話番号とか電波とか色々あるんすよね? でもアッシュくんはそういった工程全部すっ飛ばしてマイルンやあたしとアクセスしたわけ』

「そうだな?」

 あまりにも自然すぎて気にも留めなかったがたしかにそうだ。

 つまり?

「剣次さんが『話したい人と話せる道具』としか説明しなかった……だからアッシュくんはそれを信じて使った」

『そうっす塔香ちゃん! アッシュくんが『そういうもの』として扱えば全てがその通りに動くってことっす』

 ニシシの言うことにはそれだけではない。

『例えばアッシュくんが巨人にボコられた時。あれはあの巨人に対してちょっとでも『勝てない』と思ったからボロボロになるまで痛めつけられたんす。ほんとならあんなうっすいi粒子にダメージ受けるわけないじゃないすか』

 アッシュが部屋の隅で気まずそうに縮こまった。

『一瞬で傷が治ったのもそれ。だってアッシュくんあの時ミツキにびっくりして傷のこと忘れてたでしょ』

「あ、そっか」

 忘れたから傷も怪我もなかったことになったと。

(反則じゃね?)

 剣次的にはそう思わなくもないが。

(ん? それだと?)

 あのミツキとかいうやつは。

『我らがリーダー? あれアッシュくんの妄想』

「ええええっ!」

『おら、アッシュくんー、うるさいっすよー』

「でも! でも! 実際いたし!」

『ちなみにあたしもアッシュくんの妄想』

「「「えっ」」」

 今度は全員の声が重なった。

『この世界にほんとの意味で召喚されてんのはアッシュくんとマイルンだけっすよ』

「えっと……つまり……?」


 ミツキならこんな時絶対に助けてくれる。


 こんな時ニシシに聞けばとりあえずわかるんだろうなあ。


 そんなアッシュの漠然とした信頼が世界にそのまま反映されている、というのか。

 文字通り《声だけ》の存在。ニシシが笑いながら言った。

『そゆこと。いやー、i粒子ってすごいっすねー。たんぱく質にも金属にも電波の信号にもなるんですからねー』

 ⅰ粒子。

「なにそれ?」

「クオリアを形作ってる未知の粒子で……えーとココロに反応して」

『お、アッシュくん解説頑張れー』

 アッシュはしばらくああでもないこうでもないと悩んだ末に言った。

「ココロの、無限大の力?」

「キッズアニメのクライマックスでありそうな設定だな」

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