第九章『オーロラ揺らめく時空を越えて ALL TRAVELERS』
「食われただぁっ!?」
「いや、でも……ガリガリ丸かじりって感じじゃなくて、いったん飲まれて運ばれた感じに見えました……」
ここは紅殻町のたった一つの警察署。
そのロビーで姫百合塔香から話を聞いた剣次はまず頭を抱えた。
「どうすんだこれ」
おそらく現状で唯一の『マイ』との接触者。姫百合塔香。
「じゃあそのピンク色の怪獣の行先は?」
詰め寄るアッシュに、塔香は目を逸らしながらオドオド答える。
「ごめんなさい。そこまで見てなくて、私も混乱してて、必死で」
「……わかった。ごめん」
—―――手がかりが、消えた。
—―――謎は増えた。
かつて流行ったネットゲーム『星海のクオリア』。
意味深な言葉を残した『教授』。
そして、ずっと探していた『マイ』は指からビームを出す兎耳少女だとか。
「え? アッシュ。この子がお前の探したマイなのか? プロフィール聞いただけで俺はなんだか頭が爆発しそうなんだが」
「そうです」
「マジかよ。ラノベみてえ」
剣次は額に手の甲を当て考え込む。
マイの身体的特徴はアッシュと一致する。すなわち、この二人が『桜戦線』という共通の所属、共通の世界観を持っており――――――――そして怪獣からの攻撃をなぜか受けるということ。
やはり、この二人が中心か。
アッシュは色々あったがひとまず無事だ。
それよりマイだ。
行方が知れず、話から察するに誘拐らしい。
「警察に聞いてみたけど『マイ』だけじゃ戸籍も特定できないらしい」
「奇抜な見た目だったけど……まあよくある名前だし」
「間違いなく紅殻町の住人じゃないんだけどな」
塔香と剣次は顔を突き合わせて同時にため息をついた。
「ミツキは」
ずっと黙っていたアッシュが口を開く。
「俺は知らないって言ってた」
「そうだな」
同意する剣次。たしかに気になる言い方だった。妙な含みがあった。
「知ってるやつに聞け―――だったか」
「そう。だから僕なりに考えてみたんだけど」
アッシュの掌が差し出される。
首を傾げた剣次に、アッシュが言った。
「話したい人と話せるあのスマホって道具。また貸してくれませんか」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「とりあえず次の目的は」
「もう一度『教授』に会う。だよね?」
「そうだ」
姫百合塔香に話によれば、『教授』との対談はマイという餌を持っていたからこそ実現したものらしい。
現にあれ以降、いくらあのサイトにメッセージを送っても『教授』は何の反応もしない。
だが、現状で話せる可能性が少しでもあるのは『教授』だけだ。
言動から誘拐の実行犯である可能性がある。
「まあ、たしかにどこに行ったかもわからんマイを探したりどこに現れるかわからん怪獣を探すより現実的だけどよ」
「問題は『教授』が望まない限り連絡がとれないってこと」
「そのためにコレが使えるかも」
アッシュは握りしめたスマホに視線を向ける。
「どうするつもりだ?」
まだ仲間がいるのか?
そもそもソイツの電話番号知ってんのか?
疑問はいくらでもある。だがアッシュは躊躇うことなくスマホを耳に当て、
「これは誰でも話したい人と話せるデバイス……」
自己暗示のように言い聞かせた時、コールが始まった。
プルルルル。
B,B,B,B,B,B。
「おい、スピーカーにしろ。俺も聞きたい」
剣次、アッシュ、塔香に見守られ、彼らの中心でスマホは発信を続ける。
「なに、これ」
「いや、俺もわからん」
通常通話先が示される画面には見たこともない数字が、否、見たこともない言語が並んでいる。
BBBBBBBB。
PPPBB。
コール音が続く。
停まった。
何に繋がったのかと剣次と塔香が身構える。そして、
『にゃ――――――――――んっ!』
通話口から聞こえたのはいかにも秋葉くさい猫語だった。
「はぁ?」
「えぇ?」
「ネリネ?」
剣次と塔香が一気に脱力したのに反し、アッシュは意外そうな顔をした。
間髪入れずスマホ口から響いたのは特徴的な笑い声。
『なーんてねっ。びっくりした? ねえねえびっくりした? その感じだと成功っすね~。ニッシシシシシシシ! これで最初の掴みは完璧っす! あたしのキャラ付けガッツンと叩きこんでやったっすよ』
(よく喋るやつだな。アンゲリカみてえ)
(かいけつゾロリの笑い方だ……現実にいるんだ)
剣次と塔香が思い思いのことを考え黙り込む中、アッシュがスマホを示して。
「えっと……こいつはニシシ。桜戦線のメンバーで……」
『何? アッシュくん以外にもいるんすか? あーあー、これは失敬無礼、初めの挨拶は名乗り! これ歌舞伎でも戦隊でもライダーでも基本っすよね。あーでもこっちの世界どうなのかなH・EROタイムはちゃんと放映してるんすかね!』
『あたしはニシシ! 桜戦線の技術者兼参謀役! にししーって笑うからニシシっす! それじゃあお待ちかねの解説タイムにいきましょっか! 疑問の解明なら、このニシシにおまかせっす!』
『なぜならあたしは何でも知ってるおねーさんだからね!』
怒涛の勢いで投げつけられるマシンガントークに剣次と塔香が文字通り言葉を失う中、アッシュが「おねーさんって……お前も同い年だろ」とぼやいた。
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