第七話『誰もいない時空一人 NEXT LEVEL』


 マイが目を覚ました時、周りには何もなかった。

 暗い。大型の冷蔵庫が稼働しているような音だけが不気味に響く。

 光の線が、部屋の壁から天井にかけて走った。電灯はついていない。

この部屋を照らすのはパネルのスイッチと時折走る光だけだった。

 いくつかの光線が駆け巡る。暗闇の部屋の内部が露わになる。

 人はマイ一人。それ以外の気配はない。

「ここ、どこ?」

 光が途絶える。部屋は再び闇に沈む。光は循環しておりそう遠くないうちにまた光が戻ってくる。

 その僅かな間に、どこかから声がした。

「名前を教えてほしい」

「えっ?」

 マイはきょろきょろと辺りを見回す。人の姿はない。恐る恐る答えた。

「……私はマイ」

「君の名前ではない」

 声が近づいてくる。低く抑揚のないボソボソとした声だった。

「君の装置と君の存在そのものについて私はそれについてずっと研究してきたこの宇宙を満たす原子でもない物質おそらく古代において魔力、アレテー、気、マナなどと呼ばれていたものソレの正体を探るのが私の至上命題であり生きる意味」

 拘束はされていない。自由に動ける状態だった。

 逃げられる? でもどこへ?

 この部屋は暗く、密室でどこに出口があるのかもわからない。

「君ならばわかるはずだ君はそこから生まれそしてそれを操っているのだからこのために私はこの空間を構築しここまでやってきた」

「言っていることがわからないよ」

 闇の声に返答する。

言葉は同じなのに少しも通じ合えている気がしなかった。

「いいやわかるはずだ世界を満たすこのエネルギーについてこの実数物質にもゼロとイチの信号にもなりうる万能性をもつこれらがパトスにより活性化することはすでに私も掴んでいる」

 部屋に光の柱が降臨した。

 その柱のうちからは小さな犬が躍り出る。

 ただし、その体は影のように黒く塗りつぶされ、皿のように円い眼球は電球のように不気味に発光していたが。

「ようやく最近になってそのエネルギーを実体化させるところまでいったただしこれはどこまでやっても虚像であり実数とはほど遠いしかし君はこのエネルギーの集合体でありながらこの世界の物質に干渉しうる肉体を持っているその名前を知りたい」

「私の、体?」

 下を向く。自分の体を見る。

 恐らくだが相手が何を言っているのがわかってきた。

 信じられないことだがこの世界には『クオリア』とそれに関する一切の技術がないのだ。その中で彼はクオリアの存在に気づいてしまったのだろう。

 つまり、彼が探しているものは―――――――、


「『ⅰ粒子』?」


「それか」

 闇の声が反応した。

「i粒子を私は操りたいすでに引き金トリガーは作り出した燃料たるココロにもあてはある方法だけなのだそれも君が見つかったことで解決した」

 ああ、と吐息が空間に響く。

 感激とか、喜びとか。正の感情をマイは感じ取った。


「これから私は君に酷いことをする」


 静かな宣言に呼応するように床、壁、天井を伝う光が一斉に励起した。

 黒の空間を埋め尽くす無数の光は、さながらプラネタリウム。

 あるいは、脳内で蠢くというニューロンの信号か。


「君の自我は流れ込む悪意に耐えきれず消えるかもしれないが結果には支障がないので安心してくれ」


 そして、マイの視界は再び闇に堕ちた。

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