第六話『空間ジャックするアート MYSTERY』
スマホに向かって嬉しそうに話していたアッシュの笑顔が固まった。
「どうした?」
剣次は彼からスマホを取り上げスピーカーモードに切り替える。
聞こえてきたのは『マイ』なる少女の声—――――ではない。
雑音と、怪物の叫び。
「なんだこれ?」
昨日の奴らか?
この通話先にいる『マイ』は彼らに襲われているということなのか。
「真田さん。紅殻中央公園ってどこ?」
「そこなのか?」
アッシュは外に出ようと立ち上がっていた。
窓の外に目を向けるとパトカーが何台かサイレンを鳴らしながら通り過ぎていくのが見えた。
あの方向はたしかに紅殻中央公園である。
「マイって誰なんだ?」
とっくに助けに行くつもりになっているらしいアッシュに問うと「仲間」と短く返事が返ってきた。
「そうか」
剣次は就活カバンを部屋の隅に放り投げる。ついでに動くのに邪魔な上着を脱ぎ捨てた。
「言っとくけど車はないから徒歩で向かうぞ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
紅い光線が駆け抜ける。
猪は遠距離戦が強いらしい。まるで移動砲台のようにのし歩きながらマイを牽制する。
その光線の中を六脚トカゲがうねるように駆け抜け、人一人呑み込めそうなほどに口を開けて噛みつく。
角の巨人はテレポートを繰り返しながら様子を見ていた。
「ああ、もう!」
マイは今のところ敵の攻撃は一発も食らっていない。兎のように跳ね回り華麗にかわしている。
ただ、〈
結果的にマイは押されていた。
「なんなの……」
姫百合塔香はただ突っ立っていることしかできなかった。
怪物たちがいくらビームを撃っても、体を木にぶつけても、どこにも傷はつかないし木々が揺れることすらない。
ホログラムなのだ。虚像なのだ。
ゲームなのだ。
実際にはいないのだ。
だがマイはそんな虚像と必死に戦っている。
「どうして」
目の前で繰り広げられる戦闘を楽しめばいいのか、逃げればいいのか。
果たして何をすればいいのかわからなかった。
「塔香っ! 後ろっ!」
マイの叫びではっと背後を振り返る。
光の柱がもう一本降臨していた。
その光から胴体に巨大な口がついたピンク色の怪物が現れて、大口を広げた。
「えっ、私?」
反応が遅れた。
次の瞬間、ドンッ! と背中から突き飛ばされる。意外に強いその力によって塔香の体は近くに茂みに頭から突っ込む。
突き飛ばしたのはマイだった。
塔香がさっきまでいた。今はマイがいる場所に怪物の大口が迫る。
「あ」
ばくん、と喰われた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「いるなー怪獣」
「マイっ!」
「あ、おい!」
公園についた途端アッシュは怪獣目がけて一直線だった。剣次の制止も聞かずに飛び出していく。
背びれの猪、六脚トカゲ、角の巨人。
彼らがじろりと品定めするようにアッシュを見る。
「ん?」
ふと空に目が行く剣次。どこかに飛んでいくピンク色の影が見えた気がした。
いや、今はそんなことより。
「どうすんだこれ! まさか戦おうってんじゃないよな!?」
「いや、マイを見つけてひとまず逃げる!」
大声で「マイ!」と叫びながら公園を走るアッシュ。怪物たちは初め興味なさげにしていたが。
最初に動いたのは背びれ猪だった。背びれが発光したかと思うと紅色のビームを発射してくる。
「うおっ。死ぬ!」
剣次はそれをまともに食らった。
「真田さんっ!?」
だが、太いビームが通過した後、
「あれ? 何ともない?」
そこに立っていたのは五体満足の剣次だった。無地の白ワイシャツには焦げ跡すらない。
剣次はしばし自分の体をためす眺めつして
「こいつら、もしかして……」
近くの石を拾うと角の巨人に投げた。
投げた石は巨人の体をするりと通過して、近くの地面に落ちる。
まるで煙に攻撃したようだった。
想像が確信に変わる。
「あは、ははは」
笑ってしまった。
昨日まで本気で恐れていた自分がバカみたいに思えてくる。
「おい、アッシュ。これあれだぞ。プロジェクションマッピングとかホログラムとかそういうやつだ。全部立体映像だよ」
「え? そうなの?」
「ああ、どうりでデザインがゲームっぽいと思った」
思えばこれだけ激しく暴れているのに砂煙すら上がらないのはそういうわけだろう。
なぜこんな所で暴れているのかは知らないが。
「ゲームか広告会社のイベントか? ま、あれだろ。マイって子は突然これ見てびっくりしてスマホ放り捨てて逃げたとかそういう」
「そう、かな?」
アッシュは半信半疑といった調子だ。
ともかく、事件はこれで終わり。何も不思議はない。
「でもスマホ捨てられちまうともうわかんねえな。マイってやつの居場所も……これもう警察かねえ」
「また逆戻りってことですか?」
残念そうなアッシュ。
「まあそう気を落とすなよ。じゃ、俺も面接あるから今日はこの辺に―――」
帰ろうとした時、巨人の拳がゆっくりと迫ってきた。
「おお、よくできるな造形」
感心する剣次の横をすり抜けて、
アッシュを殴り、公園の端まで吹き飛ばした。
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