第五章『列車がきた! TRAIN IS HERE!』
「剣次くん。どうやらいま乗ってたのが終電らしいですよ」
しまった。
つい降りてしまって気が付かなかった。
この分だとタクシーを使うしかないか。
二人で出口の階段を上りかけてほどなく、ホームから音がした。
なにげなく振り返る。
電気の消えた薄暗いホームには見えたのは。
地下鉄の車両。
(………………?)
電車はもうないはずだ。
五、六両の長さの車両だが、中が見えない。
窓がやけに曇っている。
目を凝らしていると、なにかが引き裂けるような音とともに扉が開いた。
なんともいえない違和感がある。
中は明るく、誰も乗っていなかった。
「剣次くん、あの電車、継ぎ目がないですね」
岩魚に言われて気が付いた。
両ごとの連結部分も見当たらない。
これでは電車というより。
「……逃げましょう。さあ」
腕をつかまれ岩魚に階段の上へと引き上げられる。
そのとき、振動が走り二人で転んだその背中の上を。
木の幹のようなものが走り抜けていった。
階段の天井に巨大な幹がはりついた。
半透明でガラスのような質感の幹は蛍のように明滅を繰り返し、血管の脈動のようにゆらゆら幻想的に揺れている。
「――なに呆けているのですか、行きますよ」
岩魚の声がやけに遠くから聞こえる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
剣次の様子がおかしいことに岩魚は気が付いた。
呼びかけても反応がない。光に見とれていると言えばそうなのだがそれだけではない不気味な感覚があった。
「しっかりしてください!」
幹の光りかたが変わった。
地下鉄ホームの奥、電車内に流れるように光っている。
それに誘われるがごとく、剣次が幽鬼のような足取りで階段を降り始めた。
「戻りなさい!」
剣次の目は奇妙な光を追っていてこちらには声すら聞こえていないようだ。
いつのまにか階段の上から何人もの人が降りてきた。
老若男女入り混じっているが、みな虚ろな瞳で明滅する光に導かれている。
岩魚はついに剣次に飛びついて抑え込んだ。
それでも剣次は光る幹の一部にしがみついてはいずってでも行こうとしている。岩魚はそれを満身の力を込めて押さえつける。
その上を幾人もの群衆がふみつけて電車の中に入って行く。
やがて最後の一人が乗り込むと、重厚な肉塊どうしを打ち合わせたような音とともに扉が閉まり。
幹の発光も止まり、急速にしぼんで電車の壁に張り付いた。
最後にその奇妙な列車は、ぶるんと一度『身震い』してそのまま中に多数の人影を乗せて縦にうねりながら走り去っていった。
「なんです……あれは?」
岩魚は気絶しているらしい剣次の体に目立った傷がない事を確認して、その手に握られている物に気が付いた。
それは、半透明の幹の枝分かれした一部分だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
彼女はねぐらに帰り考え込んだ。
昨日見つけた相手とせっかく話せると思ったのに、邪魔されてしまった。
――会いたい。
その好奇心のままに彼女は痕跡を探し始めた。
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