第二章『電車を見た I SAW A TRAIN』

「……てなことがあったわけっすよ先生」

「夢ではないでしょうか」

 ここはとある寺の一室。

 床には大小さまざまな岩石が転がっている。

 よく見るとそれは、岩から取り出す最中の化石であることがわかる。もしくは展示するほどの価値のない化石などがあちらこちらにぞろぞろと。

 その一室に二人の男が向かい合って座っていた。

 一人は冴えないスーツ姿の青年。

 寝起きのようで寝癖がついている。

 もう一人は藍色がかった黒色の僧衣をまとった老人。

 老人は掘りだしたばかりのアンモナイトを布でていねいにこすっている。そ

 んな空間で青年は老人に話しかける。

 いや、名前を明示しておくと。

 青年、真田剣次さなだけんじは老人、岩魚悪棲いわなあくるに昨晩のことを打ち明けた。

 岩魚はすこし考えるようなしぐさをして、申し訳なさそうに。

「まず、可能性の話をしましょう。昨晩の君は酔って駅のホームで寝ていた。そして駅員に捕まり、たまたま持っていた私の名刺の住所をたよりに、私の寺まで運ばれた。これは間違いないですね?」

「まぁ、あってるっすよ」

「では君が『電車』を見たのは、酔って駅のホームで寝ていた時であるわけですね?」

「そっすね」

「ではここに二つの可能性があります。終電後に『電車』が走っていた可能性。もしくは酔っ払いの夢である可能性。どっちが高いと思いますか?」

「……信じてくれないんすか?」

「信じないとは言っていません。可能性の話です」

 ふむ、と剣次は唸った。

 これは先生信じてないな。

「だけど、ここで引き下がる真田剣次じゃないんすよ先生」

「と言うと?」

「これ知ってます?」

 そう言って剣次はパソコンを取り出し、あるサイトを開いた。

 興味深そうに老人ものぞきこむ。

「よく見てるサイトなんすけど……」

 最近の怪談や都市伝説をまとめているブログである。

「目撃証言とかもあるんすよ。……一番新しいの……っと」


 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 私昨日見てしまいました。

 彼氏の家から帰る途中に地下鉄があがってくるところがあるんですが、そこの横を歩いてるとき地下鉄が通り過ぎました。

 はじめは普通に見てたんですけど、とちゅうで今電車が終わっている時間だって気づいて、それでよく見たら、生き物みたいにたてにうねって走ってたし、中に見える人たちが助けを求めてるように見えたんです。

 地下鉄はそのままトンネルの中に消えました。

 彼氏に相談したら「それ『夜の終電車』じゃ」って。大学でもはやってるそうです。

 この噂は私の中学でもはやってます。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「書き言葉としてはツッコミどころのある文章ですね」

「でも俺だけじゃないってことがわかったでしょ先生」

「そのようですね」

 似たような投稿が昨日だけで七、八はある。

「『夜の終電車』ですか」

「名前はたくさんあるんすよ。俺も今日知りました」

 死神特急、夜光電車、マヨナカ電車、異次元列車。

 なんでも深夜に地下鉄を走り抜ける、奇妙な電車の話だ。

 ありえない時と場所で助けを求める人々を乗せて走る地下鉄車両だという。

「ん、これ画像付きっす」

 投稿の一件に写メがついていた。

 走る電車の上に、発光するクリスマスツリーか海で揺れる海草のようなものが立っていた。

「いや……これは『柳』……ですか」

 岩魚が眉をひそめる。

 ようやく信じる気になったらしく真剣にパソコン画面をにらんでいる。

 岩魚は昔とある博物館の生物専門の職員であったことがあるので謎の地下鉄よりも光る植物の方に気合が入るのだろう。

 その岩魚がなぜ寺で暮らしているのかは永遠の謎だが。

 パソコンは岩魚に渡して、剣次はスマホで情報収集を開始した。

 そろそろ暗くなってきた頃、目を引く情報を発見した。

 投稿時間を見るとたった今。

 場所もかなり近い。

「そこの地下鉄でなんかあったそっす。行きましょう」

 よし、と岩魚は立ち上がりかけたから怪訝な顔をする。

「そういえば剣次くん。君は今日、面接じゃなかったのですか?」

「…………」

 そうであった。

 剣次剣次は就職難民であった。

 大学を出てからもう二年、職についていない。

「……もう過ぎてるっす。……時間」

 かすれ声がでた。

 岩魚はあきれ顔で、

「まあ、終わったものはしょうがありません。それよりも剣次くん」

「れ? まだなんかありました?」

 岩魚は真顔で剣次を見つめて、

「剣次くん。君は出かける前に風呂に入った方がいい。非常に酒臭いですから」

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