第十三章『最終決戦場 META FIELDS』

 平行アンゲリカが不思議そうに首を傾げた。

「知っての通り、この細胞内小器官はミトコンドリアに似ています。つまり」

「細胞外起源、すなわち共生体ってことで? まあ、知ってますとも」

「それなら、DNAもミトコンドリアの様に独自に持ってるってことですね?」

 小屋の中心のPCに歩み寄るアンゲリカ。マウスを弄る。

「X獣の細胞を観察すると、細胞核とX小体は癒着が激しいことがわかりますっ。で、す、が――――」

 X獣の論文を開いた。スクロールしていく。

「完全融合したかと思えば、しばらくして丸ごと細胞核から弾かれたりしています。完全には同化していません。恐らく生物のあらゆる可能性を持ち合わせるが故に分離の可能性を持っているのでしょう」

「それで?」


「細胞内からX小体を排除できるってことですよっ」


「……え、排除DNAでも埋め込もうというのですか? 無理ですよ。平行宇宙間で変化が多すぎて」

 いくらX小体を排除する遺伝情報を製作しても、彼らは無限に連なる平行宇宙で変異を繰り返している。

 どこかに排除情報を無効化する変異を起こしたX獣がいれば、それでもう終わりだ。

「――――そんな平和的方法があるのなら、とっくに私がやっています」

 安心しろ、とドンと胸を叩くアンゲリカ。

「出来ますともっ! 今の『私たち』ならねっ!」

 アンゲリカがPCに何かのディスクを挿入した。アプリを起動する。

「なるほど、X小体に介入して情報を流すっ。そういう装置でしたねコレは。いやー、よくできてますホント。私文系だからわかりませんねっ」

「ちょ、ねえ何する気で!?」

「X小体排除情報を、この石から全X獣へと流し込むっ」

「無駄です! 全平行宇宙のX小体のDNA地図と変異パターンの分析なんて、地球のスパコン総動員したってできるわけが――――――」

 PC画面のウィンドウ。アンゲリカが操るマウスが右クリックをした。


 ――――――ヴィッ、キぃイイィィイイイぃイン。


 一瞬、耳鳴りのような音がした。

 振動が小屋を駆け抜ける。中心の紅い石が震えていた。そのうち停止する。

 不安げに周囲を見回す平行アンゲリカ。

「さて……」

 アンゲリカが目を泳がせる。目に留まったパイプ椅子を持ち上げた。

「え、なにその反則レスラーみたいなポーズ!? 何を……」

「――私のセダンの恨みっ! ちぇすとぉっ!」

 振りかぶって、石に向かって振り下ろした。

 バカン、砕け飛び散る石の破片。

 禍々しい邪神のようにリュックでできた祭壇に据えられていた紅い石が、あっさり砕け吹き飛んだ。何かの赤い液体も飛び散る。

 血にしか見えない赤い液体に、ビクビクと動く内臓のようなもの。

 ビシャリ、それを水風船のようにアンゲリカが踏みつぶした。

 アンゲリカが呆気にとられる平行アンゲリカのポケットからマイクを奪い取る。スイッチを入れた。

「あーあー、聞こえますかーっ、元気ですかーっ!」

 ブツブツザーザーと音がする。どこかで誰かが聴いているらしい。

「たった今X獣の即進化適応能力を無効化しましたイエイっ! 思う存分うっぷん晴らしお礼参りしてくださいなーっ!」

 大音量でまくしたてた後に、付け加えるように一言、

「――――お願いしますよ。四川しせんめぐる」




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「当然よ」

 高台から演習場を見下ろしながらその女は呟いた。

 地味だが堅実なブランド物で固めたダークスーツ。持ち運び可能な簡易椅子に肘をつき退屈そうに足を組んでいる。

 その無気力な瞳、だが視界に映る物を冷静に観察する瞳。

 左手に持っていた無線機を放り捨てて、懐からもう一台。全く別の通信機を取り出す。大きなトランシーバーのようなもの。

 それは携帯電話の黎明期に製作されたものである。過剰なまでの対電磁波対策により宇宙でも使用可能と銘打たれた逸品だ。最も使い勝手の悪さからすぐに廃れたのだが、

「――どうも、環境省特殊災害対策室現地職員。そしてこの場においてはアナタの名付け親にして宿敵の……四川めぐるです」

 四川が一息に言い切ると、すぐに携帯が震え返事が来た。

『――……二千三百二万ドル二十三セント』

 返信元は怪しげな機械音声。言葉さえ意味不明だ。

「アンゲリカから。攻撃準備ができたそうよ」

 四川はぶっきらぼうに言ってすぐにスイッチを切る。

 そして、口角を吊り上げ悪魔の如き凶悪な笑みを浮かべた。



 次の瞬間、大地が鳴動した。

 ギャーギャーと騒ぎながら小型の虫型X獣が飛び立っていく。

 なおも地鳴りが続く地面。破砕音が連続して、

 ――――地面が噴火した。

 二キロ先からでも視認可能なほどの溶岩や岩石が間欠泉のように噴き上がる。

 もうもうと立ち込める土煙を警戒し、後ずさっていくX獣たち。

 その時、ぬっ、と土煙の中から一本の巨大な腕が伸び、一体のX獣の長首を掴んだ。

 赤黒い岩石のような皮膚に覆われたその腕の先には鋭利なカギ爪のついた指が五本。それらは逃げようともがくX獣の首元にしっかりと食いこんでいた。腕の主が力を込めると鈍い音と共に首の骨が折れ、X獣は動かなくなる。


「ぐ、ぐぅぅろろろろろろろろおおををををおおお――――――ッ!」


 死亡したX獣を投げ捨て土煙を真っ二つに断ち割り、その怪獣は現れた。

 暴君龍のような頭部。顎には鍾乳石のような牙。

 羆のような直立姿勢。一歩進むごとに筋肉が躍動する。

 連なる山脈を思わせる背びれは、太く長大な尾に沿って続いている。

 胸の蒼い結晶体を輝かせ、天高く咆哮を轟かせながら、

 ――――ネクストが現れた。

「ZHEEEEEEEE――――!」

 大空から奇声を響かせて悪魔が降り立った。

 細く筋肉質な体躯。ノコギリのような細かい歯をあざ笑うようにガチガチと噛みあわせており、鞭のようにしなる尾は絶えず地面を叩いている。カッターのように薄く鋭い刀翼。体には呪術めいた青い紋様が刻まれている。

 かつて、港でネクストと対決した始まりのX獣ザ・ファースト

 両者が、再び相対した。

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