第十一章『参陣 COMPRESSION』
「でぇきたぁっしゃあっ!」
寺どころか山中に響きそうなアンゲリカの絶叫。和室を覗くと、
「ちょっと剣次サン、私の家からセダン持ってきてくださいなっ! その間に焼いてますからっ!」
吠えながら溜まってた飯を食うアンゲリカにどやされて、彼女の自宅まで自転車を転がした。帰りはアンゲリカの私物である黒塗りのゴツイ車である。
名前なんて知らん。
紅殻町の田舎道を走り抜けていると上空をオウムガイに蝶の羽を生やしたような生物が羽ばたいていた。頭上を通り抜けていく。
「あれもX獣か?」
しかも無数の群れとなって群れを形成している。
「……いよいよ大事だな」
寺の入り口ではアンゲリカが待っていた。何故かサングラスをつけている。
「これから使いますからねっ。剣次サンも」
サングラスを手渡される。岩魚は見送りのみで着いては来ないらしい。
「私がついて行っても邪魔にしかならなそうですしね。それに……」
演習場にX獣が三体出現したと、岩魚は警告した。
とりあえず千葉方面に車を走らせる。高速に乗ろうとしたのだが、
「千葉から東京間の有料高速道路は巨大生物の通過により寸断されており、各区間で通行禁止に……」
「嘘ぅ!?」
高速に乗った瞬間に、勢いよくハンドルを切ることになった。突如目の前に白い数匹のダンゴムシがころころ現れた。普通車ほどのサイズがある。
「現れたなっ! X獣。個体名『バクバ』!」
「あーもうやっぱりか!」
身体を丸め転がりながら追いすがって来る。と高速道路のサイドの壁が引き裂かれるように剥がされた。四足歩行のトカゲ型X獣が手を引っかけている。
「X獣。個体名『リザリアード』ですねっ」
アンゲリカの解説を聞きながらハンドルを思いっきり横に切る。X獣が開けた壁の穴から一般道へ飛び出す。もう高速は無理だ。
さらに曲がり住宅地に入っていく。開きっぱなしの踏切を発見した。
「お、やったぜ」
アクセルを踏みこむ。アンゲリカの黒塗りの車は赤銅色の敷石を跳ね上げながら線路上を爆進していく。
「ぎゃ――っ、剣次サンやめて止めてお願いっ! パンクする! 絶対パンクするっ! 水風船みたいに! 悟飯に追い詰められたセルみたいに!」
「はははは! 焦れ恐れよ震えろバーカ! いつものお返しだ!」
「剣次サン突然狂わないで嫌――――――っ!」
ぎゃーはははは! と剣次はより一層速度を上げる。アンゲリカの悲鳴。
このあたりは既に電車が停まったらしく線路上では特に邪魔をされることはなかった。線路を利用して一気に千葉県へと向かう。
ある程度進んだところで海岸線の県道に移った。既に千葉県に入っている。
東京湾をちらりと横目で見ると、暗く立ち込めた雲が異様な速さで空を進んでいる。いや、あれは雲というより。
巨大なイナゴの大群。
「……アレもX獣か?」
「はい。X獣。個体名『ビルドロワ』です」
半泣きのアンゲリカが目を赤く潤ませながら答えた。
流しっぱなしのカーラジオでは次々と次元を断ち割ってX獣が出現していることを報じている。
「でもよ。どーせお前、わかってんだろ」
「えっ?」
「なんでX獣がわんさか湧いてるのかってことだよ」
「いや、まあ……」
「煮え切らねえな。アイツのせいだろ? 平行世界のお前の」
沈黙。いつも饒舌なアンゲリカが黙った。言葉を選ぶように出した声を慌てて引っ込めることを数回して、
「そうです。彼女が他の平行宇宙から次々とX獣を召喚しています。しかし……」
「嘘ついてたんだな。X獣退治するなんて言っておいて」
「……いや、それは、その……退治はするんです」
「は? なんで?」
たどたどしいアンゲリカの解説。
平行宇宙を貫通する極小ブラックホールを内在するX獣。
放置すればブラックホールが拡大し、その宇宙を収縮させてしまうがそのスパンは本来数千~数万単位。
「ただし、宇宙の至近空間、時間軸にX獣が集中すれば……」
ブラックホールの肥大化が急激に増大する。つまり宇宙消滅。
いかにX獣といえどブラックホール化と宇宙消滅には耐えられずそのまま巻き添えとなる。爆心地となった宇宙と共に、周辺の平行宇宙を道ずれにしながら。
召喚されなかったX獣ごと。
「つまりですね。アナザー私は、平行宇宙のX獣ごとこの宇宙を消滅させる。心中するつもりなんでしょう」
スケールが大きすぎて言葉が出ない。いつしか車は内陸部へと入っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
赤みがかった土煙の中、息も絶え絶えに駆けて行く人影が二つ。
その背後からまるでムカデのような長い影が追いかける。背中には蛇腹状の黒い甲殻が並び、頭は大きく裂けたアゴと一本角。
「く……」
後ろを走る筋肉質な影が振り向き立ち止まった。迫る怪物。
「私が足止めします! 地下避難通路にお速く!」
怪物が大アゴを開き一息に飲み込もうとした。その時、突如暴風と轟音。
同時に巨大な機影が舞い降りる。
閃光弾が三発着弾し、怪物の目を眩ませた。
輸送ヘリらしい機影から拡声器で拡大した声が響く。
「長官! お早く!」
収容されたヘリ内で衣服を整えた長官。他にも幕僚数名がいた。
「一体何が起こって?」
「いや全く、この混乱と怪物たちでまるでわかりません」
「――いや、一つだけ。とりあえずあれは全てX獣です」
「ああ、やっぱり……」
頭を抱える長官。どこかで甲高い奇声が響いた。
輸送ヘリから演習場を見下ろすと、あちらこちらで閃光が瞬いては怪獣が出現している。
「……演習場外部も同じような状態らしいですね」
何処からか、ラジオを持ち出している隊員が言う。
よく見ると怪獣たちの動きに法則がある。渦を巻くように動いている。
その渦の中心には――――、
「やはり、あの女か」
薄く光を放っている実験用の小屋。その時、異物に気が付いた。
小屋に向かう一筋の土煙を発見した。怪獣の群れの間を縫っていく。
「……何だ、あのセダン」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おっ! まっ! たっ! せぇぇぇっ!? ィアあああっ!? 剣次サンやめてストップっ! 壁っ、壁壁壁壁っ!」
アンゲリカの得意げな声が途中から悲鳴に変わった。剣次操る黒塗りの車は爆進したままのスピードを一切緩めることなく小屋に激突する。
フロントガラスはクモの巣状に割れて車体には鉄条網が引っかかっている。演習場の柵を体当たりで突破してきたものだ。
「あああっ!」
ひしゃげたドアを蹴り開けて慌てふためきながら出て来たアンゲリカの肩が車の惨状を確認するにつれてしおれていく。
「ああ……………あああ、………ああ…………」
やがて賭博で全財産を刷った人のようにがっくりと地面にうなだれたアンゲリカは恨めし気に小さな声で(それでも常人よりは大きな声だが)呟いた。
「……まだローンが二十二回も残ってたのに」
(うわあ、かわいそうに)
思わず剣次も憐憫の情を催す。悪いのは剣次だが。
どんよりと打ちひしがれていたアンゲリカはきっと顔を上げ跳ね上がると赤色に輝く小屋の入り口に廻って、
「お前のせいですっ!」
思いっきり蹴りつけた。
「えっ、何? どうしたんです今の音?」
小屋から頭を掻きながら平行アンゲリカが登場し、半泣きのアンゲリカの姿を見てぽかんと口を開けた。
「ねえっ!」
「えっと……なんです?」
「月々一万四千八百円っ、ボーナス月二万九千六百円っ! 私がどれだけ苦労したと思ってるんですっ! スマホの料金プランを二つ下げっ、朝の目玉焼きからベーコンを抜きっ、お昼のラーメンセットを半ラーメンにしてっ! ……ううう、そこんとこどう思います剣次サンっ!」
「え、俺……そうだな。煙草も止めたら? 一日二箱のショートホープ」
「あっ、あーっ。禁煙の勧めは自動的に聞こえませんっ、き、こ、え、ま、せ、ん! とにかく! お前のせいですっ!」
心の赴くままに暴れるとアンゲリカは少し落ち着いたらしく、背後の剣次を振り返って頼もし気に口角を上げると、
「剣次サン、よくやってくれましたっ。おかげで間に合ったっ。これからは私に任せてくださいっ!」
「はっ? ここまで来て」
「そしてもう一つ、頼みがありますっ。車に戻って、そこから私の携帯番号をコールし続けてくださいっ! いいですねっ?」
「……まあ、別にいいさ。なんか意味があるんだろ? やってやるよ」
肩を竦めると剣次はボロボロの車に再び乗り込んだ。
小屋の前にはアンゲリカと平行アンゲリカが向かい合う。
周囲をX獣たちが渦巻いている。
「間に合うですって? 間に合うとは何が?」
短髪の平行アンゲリカが尋ねた。
「それはおいおいですねっ」
長髪のアンゲリカがはぐらかす。
「X獣たちの召喚は彼ら自身のX小体も連動しています。止まりませんよ?」
「そうですねっ。それにしても見事なものですっ。確かに一つの世界でX獣を一体退治できても他の宇宙では生き残っている」
平行アンゲリカは小屋の中に入って行った。アンゲリカも続く。
「ならばX獣を存在する平行宇宙群ごと消し去る。あたかも毛虫のたかる枝を切り取り燃やすように」
「ま、嫌な例えですがその通りです」
「よいっ。ですがここでクエスチョン。――――何故あなたはX獣を退治するのです?」
確かにX獣は適応進化能力も平行宇宙移動能力も共に厄介な怪獣だ。倒せるなら倒したい。
しかし、わざわざ別の平行宇宙に来てまですることだろうか?
別世界のことなら放置すればいい。
「あなたの宇宙に――――何があったのです?」
平行アンゲリカは困ったような顔をする。外を怪獣の闊歩する音が響く。
「私の世界―――――平行宇宙座標1919810界で、私は大学で非常勤講師をしていました」
「剣次サンもいて、四川めぐるやあのネクストも」
「だけどX獣が現れて――――」
「私の宇宙は、消失した」
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