第十章『坩堝 DARK FIELD』
次々と入る情報。錯綜する文言。罵声が飛び。唾が散っている。
それらの中心に座す女が困り顔で言った。
「私の想定の範囲内ですから、落ち着いてください。そんな余所の情報よりも私の提案した装置の開発はどうです? 可及的速やかにお願いしますね?」
そう言うと、ほんのわずかにニヤリと笑った。
その後一週間で世界は激変した。
まず二日でシベリアとサハラ砂漠でX獣と思われる怪獣出現。
シベリアの個体は三つの頭を持つ犬型で、サハラ砂漠の個体は地球に潜ったため正体不明。
三日後。
南大西洋でブラジル海軍が少なくとも五匹の怪獣の群れと交戦。文字通り全兵力を投入した激戦の末に二体の処理に成功した。
このことからX獣は二十分間の絶え間ない核攻撃で分子レベルまで破壊すれば死亡することが判明した、
五日後。
中国人民解放軍がチベット上空で風船状の怪獣の群れと遭遇。部隊の七割が食われた。
形態は著しく異なるものの、採取されたサンプルからX獣であると認定。
六日後。
フランス南部に髑髏で構成された柱のようなX獣が出現。仏軍と戦闘。戦闘中にメガトン級の爆発を起こし二個師団ごと消滅。
七日後。
USA宇宙ステーションから約一・二キロ横を謎の真っ黒な物体が通過。地上からの観測によると宇宙空間に対応したX獣で間違いないという。
――――世界に溢れる、彼方からの来訪者が。
そして八日後。
『ついに日本の協力により対巨大不明生物群の兵器が完成しました』
交差点の巨大モニターを見上げる人々。キャスターが速報を読みあげている。
『公開も兼ねた運用実験は本日午前十時から始まる予定です』
早朝の岩魚の寺。
岩魚に頼まれ朝食を持っていく真田剣次。
書斎代わりの和室をノックすると、生返事が帰って来た。
「……入るぞ」
部屋の中には床、壁、棚、あらゆるところにあの紙片がある。隣の部屋にまではみ出していた、アンゲリカはその紙の群れの中で岩魚のPCを使って何か一心不乱に作業している。
「あ、ご飯ですかっ。ええ、ええ大事ですとも。大事ですから後で大事に食べます。そこら辺に置いといてください」
書類の散乱する床には食器にパンが乗ったままのお盆が幾つもある。
「また体壊すぞ文系」
「いや、文系なりに頑張ってるんじゃないですかねっ私は」
数えると四五食分くらい残っている。しかしよくよく見ると齧った後もあるので全く食べていないわけではないようだ。
放置されっぱなしのパンを一つ掴み食った。レーズンの味がする。
先ほどのニュースを告げる。
「兵器運用実験? ですか? 場所はどこです?」
「えー……千葉の、なんちゃら演習場だっけか」
「ええ、行きましょう。今日中に!」
アンゲリカは勢いよく頷くとより一層大きな音をたててキーボードを叩いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
運用実験直前の自衛隊演習場。マスコミ関係者の群れを押しとどめる自衛隊。
その遥か彼方、演習場の中心に物見やぐらのような小屋。
そこへジープがやって来た。降りて来て小屋に入って行ったのは自衛隊幕僚幹部、そして防衛長官。
小屋の中はガラス球の群れで覆い尽くされていた。一見真空管か電球のように見える。中心には制御用と思われるPCと――――平行アンゲリカの背負っていた大きなリュック。無数のコードに繋がっている。
平行アンゲリカがその傍に座り込んで作業する。あたりを見回しながらやって来た幕僚幹部が電球に触れようと手を伸ばすのを制止した。
「あ、やめてくださいね。部分的に通電してますよ。ピカチュウの百倍くらい。つまり一千万ボルト。例えアナタがロケット団でも耐えられないでしょう」
咳払いしてネクタイを治す幕僚幹部。長官は不安そうに問いかけた。
「本当に? 説明通り。これがあの怪獣への決定打となるのかい?」
「モチのロンですわ。長官」
「本当に? 一匹残らず?」
「イエス、ウィー、キャン」
にこっと笑い立ちあがる平行アンゲリカ。背が低いので見上げる形になる。
「これで――――何もかも終わりでございっ」
妙にはしゃいだ調子で平行アンゲリカが下手くそな敬礼までしたところで隊員の一人が駆け寄って来て、使用可能な旨を告げる。
「通電準備、完了いたしました」
「……ちょうど準備ができたようだな。いいのかい、アンゲリカ君?」
「ええはい。結構です。お疲れ様でした」
平行アンゲリカはお辞儀をして幕僚幹部や長官に危ないから退避するように言った。二人は粛々と従い小屋から出て行く。
「うん。ではお許しも得ましたしやりましょうか。運用実験、秒読み開始ぃ」
技術員により秒読みが始まる。
小屋の中、PCのキーに指をかけて秒読みを待つ平行アンゲリカ。
緊張しているのか唇を引き締めてその時を待つ。
残り五秒、四、三、二、一。
「……――――これで終わりです。何もかも」
ゼロ。うっすらと唇が吊り上がると、エンターキーを押し込んだ。
その時、世界に激震走る。
米国五大湖の鼠型のX獣。
シベリア、ツングースのタイガに佇む犬型X獣。
チベットのラマ教寺院上空に浮かぶ風船型X獣。
彼らが全て、皆動きを停めてある方向へ視線を向けた。
「長官……」
モニターを並んで見ている幕僚幹部と長官。
臨界副都心周辺をうろついていたX獣が動きを停めていた。
あらぬ方向に顔を向けて立ち尽くすと。その方向に歩き始めた。
「進行ルートは?」
「はあ、……大体東南東の方角へ」
地球の他の地域でもX獣たちが移動を始めたらしくその方向が通知される。
「おそらく日本。それもこの演習場を目指していますね」
つまり、あの奇怪な機械はX獣の誘導装置なのだろうか。
「根本的な解決ではないが、奴らの行動をある程度制御できるのか……。いや、素晴らしい。これさえあれば」
「これならX獣対策にも時間が稼げますな」
安心して息を吐いた瞬間、強力な閃光が目を焼いた。
一瞬真っ白になった視界。平衡感覚が混乱して倒れこむ。
周りの連中のうめき声が聞こえた。
「なんだ? なにが起きている?」
見えない。目の前も見えない。
「長官、こちらです」
腕を引かれ、ほうほうの体で歩き出す。
「何が起きたんだ? 今の光は?」
「わかりません。何分突然の事でして」
罵声に近い濁声や人が行きかい混乱している仮設指揮所。
ズン。と地鳴りが響く。
「アレは何だ?」
「……どうしました長官?」
「アレは何の音だ!?」
ズン。砲撃音のように腹の底に響く音。
「大丈夫です長官。混乱していますが避難経路は確保しています。其処の扉の向こうにお車がございまして――――」
――――ズン。
まさか。そんな。考えたくもない事が長官の頭をかすめる。
扉が迫る。先ほどから音は扉の向こうから聞こえてくる気がする。
「――――止めろ。その向こうには」
「さあ長官、お早く」
がちゃり、扉が開いたその先には、紙コップのように潰れひしゃげたジープ。
それを踏みつぶしている巨木のような足。
X獣が立っていた。
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