第七章『完全適応生物 DUNAMIST』
翌日、自室でTVを眺める剣次。
アンゲリカは施設から結局出て行った。
今は代わりに平行アンゲリカが施設にいる。服を交換して入れ替わったのだ。
アンゲリカは自宅に戻って風邪の療養中だという。
TVからはX獣についての続報が流れている。木々の間に覗く、不気味な巨体。呼吸により上下している。
現在は進撃を停止して紅殻町の山の中で休眠しているらしい。岩魚先生の寺があるあたりだが先生は大丈夫なのだろうか。
ニュース内容からあの論文を思い出していた。
あの奇妙な細胞小器官のスケッチ。3D立体イメージ。
そして憔悴したアンゲリカの顔が浮かんできて――――ハッと正気になった。
その二日後、剣次は都内の大学の講堂前に来ていた。記者会見に人が群れる。
その片隅に小さな人影。体を丸めて時折咳き込んでいる。
「……あ、お前」
剣次が走り寄る。
「大丈夫じゃねえじゃねえか」
「平気ですよぉ」
隈のできた目を潤ませてアンゲリカは剣次を見上げた。
「平気って言うけどよ」
その、蚊の鳴くような細い声。
外見も声色も普段のアンゲリカからは程遠かった。
「そんなことよりぃー、アナザー私の記者会見見ないと」
「ああ……替え玉記者会見は大事だけどさ」
納得しかけたがアンゲリカの異常に赤い顔とゼイゼイとした呼吸に首を横に振ってアンゲリカの腕を取った。
「やっぱダメだ。ヤバすぎる。病院行くぞ」
「いーやーでーすー。はーなーしーてーくだーさーいー」
腕を引きずり強制的に連行するが相手の抵抗は驚くほどに弱々しかった。
騒いでうるさいので妥協として大学の保健室に運んだ。熱を測ると四十度に近い。言い訳も無視してベッドに放り込んだ。
スマホをTVに繋いで見せてやった。画面には記者会見の様子が写っている。
布団の中から凝視するアンゲリカ。
「記事にするわけでもあるまいし何をそんなに執着するんだ」
「気になりますよぅ。――――ある意味、自分の事ですから」
頭に冷えピタを貼ったまま待つこと数分。記者会見が始まった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
記者会見特有のフラッシュの嵐。
何人かの防衛庁関係者と白衣の研究者。そして遅れて現れる平行アンゲリカ。
まず初めに防衛庁関係者がHPクラックについて謝罪。記者たちの質問のやり取りが十分ほど続いてから平行アンゲリカが壇上に上がる。
「え――……ではお集りの皆さんと視聴者様に分かり易いよう、おさらいを」
「そんなのはいいですよそんなのはっ! 結論から始めますよっ!」
いきなり壇上の政府職員からマイクを奪い取った。
ノートPCをいじってスライドを映し出す。
「コレがX獣『たち』に特有の『X小体』て細胞小器官ですね」
横にグラフや数値表が表示される。
「内部の螺旋状空間に絶えず強い磁場が発生、内部ではマイクロブラックホールが発生消滅を繰り返していますねっ」
思わぬ単語の登場に呆気にとられる聴衆。
「つまりは極小ミクロサイズの粒子加速器ですっ。コレが細胞核、特にセントラルドグマに直結してて――――」
さらにグラフが現れる。やたら長い上にあっという間にスクロールされた。
「ブラックホールを通じて重力井戸の向こう側と何らかの情報の発信・受信が行われていますっ
「そしてその情報にそってX小体にて新たな遺伝情報がDNAに焼き付けられますっ
「常時このプロセスが繰り返されていることが、X獣の適応力の秘密ですっ」
静まり返った記者会見。早口で述べられた内容が理解できていないのだろう。
「あ、あの……」
若い記者がおずおずと手を上げた。
「質問? ハイどうぞ言ってみてなんでもどうぞ」
「その、重力井戸の向こう側とは――――」
「あーそれです? そりゃ即ち『平行宇宙』のことです」
どよめきが広がる。
「わからないですかねーっ。要するにX獣は平行宇宙も含めた全宇宙にいる同族との遺伝情報交換によって進化する生物ってことですよっ!」
さらにどよめきが広がり次々と手が上がった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
保健室の剣次たち。
「……お前、わかったか? 何言ってるか」
文系の剣次の頭には疑問符の嵐。アンゲリカはと言うと、
「……今ちょっと、噛み砕いてます」
目はTV画面に向けたまま、体と歯の根を震わせていた。
噛み砕いているのは空気だろうか。
「……X小体は通信機、なのですかね?」
通常、生物の進化は時間をかけて行われる。
長い時間の中で遺伝情報の差異が多様性となり、進化の原動力となる。
しかし、X獣はその遺伝情報の多様性を平行世界にいる全てのX獣と共有することによって獲得している。
全世界、文字通り三全世界の全ての同胞たちと経験値を共有して進化する異形の生物群。それがX獣。
よって通常なら長い時間を要する適応進化をX獣は『瞬時』に行っている。
「しかし、X獣がそんな生物であるからこそ……」
壇上の平行アンゲリカが演説する。
「そんな平行宇宙を貫通するようなブラックホールを恒常的に発動し続けているならば
「小さな体の異常一つでブラックホールは制御を失い無制限に肥大化し、太陽系も銀河も飲み込んで―――宇宙の最大拡大領域まで辿り着く
「そうなれば最後、宇宙の拡大は停止、急速に縮小して――――――」
二人のアンゲリカが同時に一息入れた。ベッドの上では弱々しく、TVの向こうでは高らかに
「最終的にあのX獣を中心に、現宇宙は消滅する」
記者たちが最高潮にざわめいた。フラッシュと罵声のような質問が飛ぶ。
その様子を最後にアンゲリカは目を閉じた。
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