最終章『真相考察 LONG GOODBYE』

 さて、

 あの海域の海流、上空気流はきわめて閉鎖的であり溜まった有害物質が出て行かないという。つまり蓄積される。

 そして溜まった有害物質は光化学スモッグを形成し『黒い霧』として周辺地域に滞留を続ける。

 その『黒い霧』によって海中の植物プランクトンが急速に絶滅したのだ。

 植物プランクトンは生態系の基礎、底辺をなし、主に単細胞であり光合成により超スピードで繁殖していく。

 そのエネルギー源たる日光が黒い霧で遮られたのだ。

 当然一日を待たずして死滅する。

 ただでさえ外洋には植物プランクトンが少ない。周辺海域からの流入も海流に遮られている。

 陸で言えば植物が全滅した状態。ほかの生物はどうなる?

 すなわち――――飢餓。

 遊泳力の高いものは外部に逃げただろう。だが他の者は深海層まで達した閉鎖海流という巨大な牢獄で、喰らいあい、慢性的で半端な飢餓の中で急激に進化していく。

 互いに武装し、喰らいあえない者同士が生き残り、均衡状態が生まれたところで、

 彼らは上を見た。

 彼らは気づいた。

 島がひとつ、あることに。

 人がいた。

 無力な生命がいた。食料があった。

 かくして彼らは、進撃を開始した。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「無理がありすぎますね。自分で言っていてわかってるだろうからいちいち指摘しませんが。去年の時点では汚染されただけの普通の島でした。生物も普通です。わずか一代であのような進化が起きると思いますか?」

 アノールトカゲじゃあるまいし。とアンゲリカは剣次の推理をばっさりと切り捨てた。取り付く島もない。

「そんなことわかってるさ」

 剣次もさほどこだわらずにその指摘を受け入れた。

 わかっている。わかっているのだ。

 無理があることは。理屈に合わないことは。

「ただ怖かったんだよ」

 あの悪夢がせめて理屈の通じるモノであったと信じたかった。



 あの島は既に地図から消えていた。

 グーグルアースの衛星写真でもその緯度経度にはなにもなかった。さらに重大なミスがあったとかで出版社による地図回収まで行われている。

 すべてを消すつもりだ。

 アンゲリカ曰くあの島は領海関係で外交的に微妙な立ち位置だったという。自動化すればいいはずの灯台に人が配置されていたのも、そのためだろう。

 事件後、日本と周辺国の間に何らかの裏取引があったのだと剣次は推測している。

 島そのものも、もうないのだろう。

 悪夢のような怪しい海に飲み食われてしまったのだろう。

「……アンゲリカ」

「ハイ?」

「もう帰ろうぜ。なんか疲れた」

「憑かれた?」

「ああ、疲れた」

「それはいけませんね……。そうだ! 帰り道に高野山に寄り道しましょう。日本のエクソシストは優秀です。剣次サンもきっとよくなります」

 わけのわからないことを言いながらアンゲリカは足早に病院の廊下を歩いていく。

 剣次もついていくが、その時ふと外を見た。

 だいぶ時が過ぎたようで太平洋は夕焼けで輝いている。

 その輝く海原に嫌なモノを見てしまいそうで、慌てて目をそらした。



『怪しい海 END』

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