最終章『幼少期の終わり COSMO』

 両親に出かける旨を告げるビデオメッセージを送る。

「お母さん、お義父さん。行ってきます」

 二年後、二年前と同じように塔香とうかは学校に向かう。

 ただし制服は上品なブレザー。都内の私立高校のものだ。

 今では塔香も立派な都内在住。花の一人暮らしである。

 結局、発射装置が作動した直後の衝撃で塔香は気を失い。武装集団や先生、同級生たちはそれぞれ重軽傷を負った。死亡者がいないのは幸運だったと思う。

 清浜きよはま先生は警察に逮捕され(山を吹き飛ばしたからかそれとも違法薬物所持か)行方は知れない。同級生はバラバラになった。須田すたは地元に残り(高校へ進学せずニートらしい)、池波いけなみは紅殻の付属高校に進学した。真田さなだ先輩はどこかの大学にいるらしい。

 そして母親は無事再婚した。

 その際に塔香は一つわがままを言った。

「お母さん。名字だけはそのままにしてください」

 住む場所も人間関係も何もかも変わる中、せめて名前だけはそのままでいたかった。

 幸い再婚相手の男性が了承してくれたおかげで塔香は今でも『姫百合ひめゆり』のままである。

 塔香が自分自身について語れるのはこれくらいだ。それからの日々は退屈でありきたりなもの。


 だけど、今でも唯一の気がかり。それはとんかつのこと。


 電車で揺られながら眺めるツイッターのトレンドに奇妙な文字列。

『♯土星の輪っか』

 土星軌道上で探査機が謎の物体を観測したらしい。

 大きさや形は人工衛星ほど。構成物質は不明。数日前から土星の周りをぐるぐる回っている。軌道に何らかの知性を感じられるらしい。斜め読みする記事。最後に撮影された物体の写真。ちらりと眺めた。

「……あ」

 拡大する。

「…………ふ、あははっ」

 思わず吹き出す。そして笑いが止まらない。

「あはははははははははっ!」

 腹筋が吊りそうな位笑っていると周りの乗客がおかしな人を見る目をしながら離れていくので必死で笑いを抑えた。

 やがて深呼吸するともう一度、液晶画面に顔を向ける。

 その物体の画像を改めてじっくり見る。

 トンカツを縦にしたような平たい身体。キツネ色の衣のような皮膚。背中から衣のトゲトゲを枝のように伸ばし形作った一対の羽。

 土星の輪を構成する氷の塊に寝そべっている。

 間違いない。妖精とんかつだ。

「全く――――――……ちゃんと飛べるようになったじゃない」

 窓ガラスを通して差し込む朝の陽光が目に入りその意外なほどの眩しさに目が潤んだ。


 ――それにしてもまだ土星なんだ。

 ――そんなところで昼寝ばかりしてないで、早く行ってきなよ。宇宙の果てまで。


 塔香の視線のさらに遠く、何億キロも離れた場所で、縞模様のリングの上を、羽を広げた妖精が飛んでいく。

 遊泳を楽しむようにゆったりと。

 その体が少しずつ土星を遠ざかる。小さくなっていくリングの惑星。

 向かう先は、遥か彼方の光輝に満ちた未踏の世界。



『おわり』

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