四章『愛よ、愛よ! BURNING BRIGHT』
「お前ら、人の話は最後まで聞けよううううぅゥ……」
なんて先生が半泣きで準備室に来たりしてひと段落付いたその瞬間から作戦は始まった。
「いーか! 私がとんかつを愛で宇宙までは飛ばしてやる。が、その先は自らの愛の翼で飛ばなければならない!」
先生が薬品ビンを机にばらまいた。池波が手に取る。
「ドーピング?」
「ハニーゼリオン、青葉クルミ。つまり巨大化薬だ!」
「……マジですか?」
「食ってみるか? 理論上は身長四十メートルだ!」
「いやいや」
さらに薬品以外のアプローチとしては。
「いいか、薬だけで成長出来ると思うな! 適度な運動と刺激が必要なのだ!」
運動場のマラソンでこけるとんかつ。電極による刺激で静電気を放電するとんかつ。神社の石段をランニングしてこけて転がり落ちるとんかつ。
「怠るな! 努力だ! さすれば愛による救済があァ!」
夕方の教室。疲れのあまりでろんと椅子にもたれる
「な、なんで私まで走らされて……」
「ひゥ~……」
ぼんやりと黒板を眺めていると
「あれ? 先生と
「裏山。
ジュースを買って来たらしく塔香にも一本くれた。
お礼を言って一気に飲み干す。そしてまたぼんやり。
「……ねえ、本当に宇宙行けると思う?」
とんかつをつつきながら池波が問う。
「……わかんないよ」
少し間を置いて、そう返答する。
「でも、とんかつがそう望むなら。みんな、バラバラになる前に」
うっすらと笑って、塔香は云った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
既に日も暮れ、暗闇の理科準備室。作戦の決行は明日の正午。子供たちは先生の「愛と科学の名の下に徹夜で改造手じゅ……最終メンテナンスしてやるから安心して今日は帰れ」という言葉を信用せず学校で一晩過ごすことにした。
簡単な宿泊セットを家から持ち寄る途中、塔香は池波と須田にふと尋ねる。
「みんないいの? 家の人とか塾とか……」
「そんなの後でいいよ」
「オヤジには黙ってりゃいいんだよ」
快く返してくれる仲間たちがとても心強かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そして深夜、皆でストーブを囲んでいた時、コンコンと理科室の扉が鳴った。
「ん?」
眠そうな目をこすりつつ誰かなと首をひねりながら先生が応対する。
「ふわぁ~い、どなたで?」
頭を掻き掻きドアを開ける。そこには、
「こんばんは」
中年の女性。どこかで見覚えが、
「んあ? あんた確か……動物保」
護団体の。と言い終わる前に一斉に銃口が構えられる。
「被虐待動物の保護にあがりました」
悪意など欠片もない笑顔の女性。先生は、
「お前らとんかつに掴まれっ!」
振り返り叫んだ。急いでとんかつの巨体にしがみつく一同。全員が揃ったのを確認して先生がとんかつにタックルした。
勢いのついたとんかつの体は窓ガラスを叩き割りしがみついた一同ごと校庭に落下する。
ぼよんっ、と柔らかいとんかつがクッションになり一同は無事だが次の瞬間、理科室の窓ガラスが一斉に砕け散った。
「奴ら改造エアガンで撃って来るぞ! 裏山まで走れ! 予定変更だ! 今、『打ち上げる』!」
とんかつは足が遅いので須田と真田で抱え、真っ直ぐ裏山目がけて走り出した。
『動物を開放しなさい! 君たちに逃げ場はない!』
女性の拡声器の声とともに校舎の影からわらわらと明らかな武装集団が現れた。本物そっくりのエアガンを構えている。
「そ、そんな無茶苦茶な」
池波がうろたえた。武装集団と一同の距離はみるみるうちに縮まっていく。
「うろたえるなぁ! 愛を強くもてええええぇえいい!」
「先生っ!?」
「裏山の発射台だ! 須田! お前が先導するんだああああああ!」
先生が一同とは逆方向へ、つまり武装集団の中に突撃していった。自分が肉の壁になるつもりだ。
奇怪な動きで意外と立ち回るがすぐにエアガンの斉射にあい吹き飛ばされる。
「クソッ、このままじゃ……」
「次は私が! 先輩たちは速く裏山に!」
「あ、おい姫百合! おまっ」
「塔香っ!」
先輩や須田の制止を振り切って塔香は飛び出した。
自分でも驚くくらい大きな声を出して、制服が破れるのも構わず自分でも信じられないくらい大暴れをした。
女学生だからだろうエアガンは撃たれず武装集団に数人がかりで抑え込まれるまで塔香は暴れ続けた。
『君みたいな女の子がなぜ動物虐待に加担する!? なぜそこまでして抵抗するんだ!?』
手荒く乱暴にもみくちゃにされながら塔香はそんな声を隊員の誰かから聞いた気がした。
なぜ? 彼女にとってそんなことは考えたことがない。
だけど、そう、あえて言葉にするなら。
「――――これが『愛』よっ!」
そこまで言った時、ドッ、と背後の裏山が爆発した。
山肌が吹き飛びその衝撃波が校庭にまで到達。舞い上がる武装集団。さらに吹き飛ぶ先生。宙を舞う塔香。
そして山を吹き飛ばす勢いで砲台から射出されたとんかつが天高く昇っていく。
そんな姿を、姫百合塔香は見た気がした。
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