二章『よけいなお世話 JUSTICE』
とんかつは昼寝が好きである。遊ぶときは楽しく遊ぶが退屈ならすぐに眠る。学校の屋上、階段の屋根の上で巨大なキツネ色の四角形が寝息を立てている。
「とんかつ君?」
塔香がはしごを登り屋根に上がって来た。
声をかけても目覚めそうにない。気持ちよさそうにトゲトゲの衣を上下させている。
「一度寝たら起きんからなー。もう帰らんか?」
はしごの下で須田がぼやいている。
「だけどさ。あと少し待つことにしない?」
困り顔で、どこか楽しそうに微笑んで塔香は須田をなだめた。その時、ポケットの携帯が振動する。
「もしもし……、いや……わかってる、わかってるから」
打って変わって渋い顔で携帯を閉じた。
「お母さんからだ。塾、ちゃんと行ってるかって」
どうも最近サボり気味なのが発覚したらしい。
「ごめん。もう帰る。とんかつのことは……お願い」
「塔香、お前それでいいんか?」
残される須田の声。なぜか目線が合わせられない。
「私は、付属の受験勉強しないと」
「そうか」
ぶすっとした顔の須田。黙ってとんかつの体をつつく。
「私たちもあと少しで高校だし……しょうがないでしょ」
言い訳がましく小声で呟いて、階段を下りていく塔香。
「みゃァー……?」
階段を下りる音でとんかつが目覚めた。目をしばたかせて階段と須田を見比べている。須田は溜息をついて、
「ほれ、とんかつ。帰んぞ」
「みィ」
塔香が家に帰ると、自宅の平屋の前に自動車が停まっていた。誰かが挨拶している。やがて中に乗り込み走り去っていく。
塔香は不審な顔をして家に入った。
「お帰りなさい」
出迎える母。机の上には湯飲みが三つ。
「誰か来てたの?」
「ちょっとね。さ、塾に行きなさい」
そして夜の十時頃。再び帰宅しTVを見ていると母が、
「……塔香、ちょっといい?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
四限の国語。先生の読む文章をぼんやり聞く。そういえばとんかつの姿がない。何処かで昼寝だろうか。
「おい。あれ見てみろ」
小声で隣の須田。鉛筆の先の窓には中庭があった。
そこにいたのはとんかつと、
「言っているでしょう! この子はこんな所で暮らしていてはいけないんです!」
大声でヒステリックにわめく中年の女性。大弱りの教頭が対応している。
「未知の生物を何のサポートもない環境に置くなんて虐待です! 動物にだって権利があるでしょう!」
「だからコレは環境省の
「お上の言う事なら何をしても正しいと!」
困った様子の教頭と女性の間でとんかつは戸惑ったように二人を交互に見る。女性がとんかつに顔を向けた。
「ねえー、キミだって嫌だよねー?」
体を横に振るとんかつ。
「ほらー、とんかつ君もイヤだってねぇー」
更に激しく横に振るとんかつ。
「……なにあのオバサン」
「あれよホラ、『動物保護団体』ってやつ」
後ろの席の
「私、行ってくる」
席を立つ塔香。
「おや、姫百合さん。どちらへ……」
近所の寺から来てるという坊主の臨時教員が止める間もなく教室を飛び出した。
「とにかく、この実態は正式に抗議させていただきます。メディアにも公表しますので」
「そ、そんな……」
真っ青になって震える教頭。そこへ塔香が駆け寄った。
「とんかつ君っ」
しかし、塔香の肩を女性が押さえ猫撫で声を出す。
「あらァこの子のお友達ィ? 御免なさいね。この子はここでは暮らせないの。この子にとってここの生活は毒なのよ? もっといいトコに連れてってあげるからね~」
「そんな、今まで……」
「そう、今までこの子も辛かったと思うわァ」
「でも一緒に帰ったし、ご飯も食べてたし……!」
「そういった生活環境で小さなストレスが積もるのよォ」
近寄ろうとする塔香を力づくで女性が抑える。
「この子のことを思うならスッパリ諦めようねー?」
突如、中庭に雄たけびが二人分響き渡った。
「塔香ァ――――――っ!」
「みィ――――――ッ!」
とんかつと須田が突っ込んできた。意外と弾力のある体に吹き飛ばされる女性と塔香。
塔香は須田に受け止められて無事。とんかつは女性に馬乗りになってその体の上でぴょんぴょん跳ねた。
「ぐえっ、げえっ」
潰れたガマみたいな声の女性。教頭や体育教師がとんかつに取り付いて引き剥がした。
興奮で体を震わせてムームー唸るとんかつ。
(……怒ってる? 初めて見た)
塔香が唖然とする横で女性は起き上がり泥を落として、
「見なさい! 過剰なストレスで性格まで豹変して、……もうダメよ! すぐにでも連れ出さないと!」
その場の勢いはよくない適切に話し合い対応はその後で……。ヒステリーを起こした女性を教師たちがなだめすかしてなんとかその場は退散させた。
「授業に戻りなさいみんなーっ」
窓から覗く全校生徒に教頭が呼びかける。その横にしょんぼり、とんかつが立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます