とんかつの妖精 妖精『とんかつ』登場!

一章『怪獣のいる学級 WONDER』

 ここは紅殻町に一つしかない学校の中等部。間延びした予鈴が響き二年二組では今日も出欠がとられていた。

「浅瀬君」

「はい」

「須田さん」

「おぅ」

「……須田さん。もう一度」

 定年間近の先生が咎めた。仕方なく言い直す須田。

 まだまだ続いていく。

「源君」

「はいっ」

「姫百合さん」

「はい」

 名簿の最後。慌てて追加されたらしい手書きの名を読み上げる。

「……とんかつ君?」

 沈黙。返事がない。

 先生が名簿から顔を上げると教室の後ろで巨大で平たいキツネ色の物体が揺れている。

 隣の席の姫百合塔香がシャーペンで物体をつついた。

「と、ん、か、つ、くぅん?」

 ずぼっと勢いでペンが物体に突き刺さった。居眠りしていた物体が痛みのあまり絶叫する。

「んミャ――――――――――っ!」

 教室が激しく揺れる。窓が波打ち、天井から埃が舞う。

 二年二組の生徒先生全員耳を押さえてうずくまる中、後ろの方で巨大で平たい物体が尻を押さえて跳ねている。

「またですね」

「ああ、是非とも私のモノにしたい」

 それらの狂騒を理科室から眺める人影二人。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 とんかつはトンカツの妖精である。

 最初にそう呼んだのは誰だったか。どこで生まれたのか。なぜ中学校にいるのか。それらは謎である。

 だが見た目はハッキリしている。トンカツに乗っている揚げられた豚肉の切り身を縦にしただけだ。身長は約二メートル。トゲトゲした衣は手足に相当するようでピコピコ動き物を掴んだり歩いたりできる。触ると痛気持ちいい。言葉は喋れないが鳴き声を発する。家はないらしく学校が終わると適当な生徒の家で眠る。

 今日は姫(ひめ)百合塔(ゆりとう)香(か)の家に泊まるつもりらしい。帰り道を付いてくる。

 塔香の隣にはカランコロンと下駄の音を鳴らしながら須田が歩いていた。なにやら喋っているが塔香の目線は隠して持ち込んでいるスマホに向いている。

「……でな、オレが給食の時ヤツの顔を見たら――」

「コーンで金歯なら前もあったよ」

「え、だっけか」

 二人の後ろをとんかつが体を揺らしながら嬉しそうについて行く。

「そういや池波はどうした? 今日一緒に帰らんのか?」

「池波さんは今日塾でしょ」

「はー、よくやるのー」

「あんたが能天気なだけでしょう。もう皆……」

「あ、オレそういえばオヤジに早く帰れと言われとるんだった。ヤッベ急がないかん。じゃなーっ」

 言うが早いか須田は走り去った。ざんばらに伸びきった長髪がばさばさと風に尾を引いている。

 夕暮れの通学路に残されるのは塔香ととんかつの二人だけ。

「私たちも帰ろうか」

「みイ」

 薄暗い中、平屋の鍵を空ける。玄関と廊下の灯りをつけて居間にコンビニの買い物袋を下ろす。

「はい、あんまん。紙は食べちゃダメだよ」

 とんかつは喜んで食べ始める。塔香もTVをつけて弁当を食べ始めた。食べ終わったころに携帯が振動する。

「あ、塔香? ご飯食べた?」

 母親だ。いつも通り仕事が遅くなるらしい。構わない。

「……ねぇ、もうすぐ二年生も終わるでしょ。塾の冬期講習、いつも行ってなかったけど今年は……」

 適当に流して通話を切った。TVを消して自分の部屋へ。窓が開いていた。とんかつが夜空を見ている。

「星が好きなの?」

 田舎特有の満天の星。鮮やかなオリオン座。

 とんかつが窓枠に立った。衣のトゲが体から枝のように伸びて翼になる。上下に揺らし、羽ばたき始めた。

 高速の羽ばたき音。足が少し浮いた。と思ったら尻から落ちた。

「むふゥ――――」

「……まぁいつかは飛べるんじゃない。星までさ」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 体育の時間、この中学は男女ともに人数が少なすぎるので合同だ。今回の種目はサッカーらしい。

「おら、行くぞ行くぞー!」

 ガードを蹴散らしながらボールを運ぶ須田。二枚歯の下駄でサッカーは厳しいはずなのだが男子顔負けの身体能力で無双している。

 本当に女か?

「おっしゃ……シュウートッ!」

 須田の放った力強いボールはキーパーのとんかつの巨体に当たってぽすんと地面に転がった。

 命中した所を掻くとんかつを背景にゴールの大きさととんかつの体格について議論になる。

「五十分で一点も入らんかったぞ! 絶対反則だろ!」

「ハンデでそっちの人数五人増やしたじゃん」

 皆の後ろでとんかつがサッカーボールでリフティングしている。見た目の割に器用だ。

「じゃあオレらはボール四つで……」

「それサッカーじゃないじゃん」

 ふと、とんかつの身体が消えた。

「……あれ? とんかつは?」

「ふわははハハハハハ!」

 子どもたちが気づくと同時に奇怪な笑い声が響く。

「む!」「どこだ!」「誰だ!」

「二年二組の皆様め、妖精だか怪獣だかの謎生物はこの『紅殻学園生物研究会』会長、清浜浩治きよはまこうじが頂いた!」

 見上げるととんかつは木の枝を利用した罠にかかり逆さに吊り下げられていた。

「妖精とんかつは科学史上最も優先すべき分析対象である! そして私は愛故に研究を行う科学の徒!」

 清浜の演説の背後でもがくとんかつ。心配した生徒数人が罠を解きにかかる。

「……さァて前置きはこの位にしてモノをお持ち帰りするぞう! 愛故に! 愛故に! 手伝え真田くん!」

「先生、これ動物虐待じゃ……」

 生物部部長(部員一人、顧問清浜先生)の真田剣次さなだけんじだ。

「それに罠外されてますけど」

「なぬっ! 愛を阻む試練か!」

「すみません先生……あの、あれ」

 塔香が呼びかける。指さす先には怒りの教頭先生。

「ぬ! 撤退だ真田君、愛と科学の名の下に!」

 俺も共犯ですかぁ。と呟きを残して二人は走り去る。

 追いかける教頭先生の頭上で予鈴が鳴った。

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