八章『異常者 SLAUGHTER』

 何かを殴りつける鈍い音がビルの谷間に響く。

「くぎっ」

 その音がする度にさよりの身体が九の字に折れた。

「えいっ、やあっ、とおっ!」

 大男が一息ごとに拳を振り下ろす。

 口内が切れたらしくさよりの口から血が滴る。


「アイツ止めろよ! 無抵抗の女殴りつけて恥ずかしくねえのかテメエっ!」

 槍の切っ先を突きつけられ、壁に追い詰められている剣次が叫ぶ。

「彼にそんな感情はないよ。彼はただ外界の刺激に反応するだけの者。敵とみなせば納得するまで殴り続けるだろうな」

 剣次に槍を向ける初老の男、鎗介が言う。

「罪の意識はあれど恥ずかしいとは思わんよ。かくいう私も君に構わなくていいなら参加したいくらいだ。いや、若い頃の私ならば役目など放り捨てて参加していただろう」

 男は若かりし頃を懐かしむように微笑んだ。

「私に熱い敵意を向けるあの娘の両手両足を縛り上げて前歯から歯を一本ずつ抜いていけばどんな悲鳴を上げてくれるのだろうな。爪切りで一ミリずつ爪を剥がしながら腹の柔らかい皮を剥ぎ、裂いた腹の肉を杭で留めて広げ、胃を揉みしだいて逆流した吐しゃ物で昼飯のメニューを確認したらどんな喘ぎ声を聞かせてくれるだろう。口と鼻の穴から垂れる胃酸を嗅ぎながら窒息して心臓がゆるゆると止まっていく過程を観察できるのなら――――今できるのなら…………」

 かぁん、と言葉を断ち切るように鎗で電柱を打った。

 バチバチと停止していたはずの外灯が点灯し男を照らす。

 どの笑みは好々爺然としていたが、頭上からの光により創り出された陰影は、男の面の皮に隠された性癖を暴き出すかのようであった。

「想像だけでも胸が高鳴るとも」


「そうか、アンタらはそういえばそういう連中だったな……」

 吐き気をこらえるような顔で剣次が呟く。その瞬間、辺りが光に包まれた。

 合わせて聞こえる金切り声のような音。

「ぐっ……」

 全員の視界が塗り潰される。

「なんだね今の光は」

 ようやく目が慣れてきて鎗介が周囲を見回すと、

「む、剣次くん」

 追い詰めていたはずの真田剣次の姿がない。

 振り向くと目を押さえて騒いでいる大男の傍で負傷したさよりを助け起こしている剣次の姿があった。

「『けん』っ、そっちに逃げたぞ! 早く捕まえろ!」

 

「うう? うん!」

 拳と呼ばれた大男はその指示に反応し、まだ視力が回復していないにも関わらずがむしゃらに腕を振り回す。

「うわっ」

 剣次は思わず頭を抱えて座り込んだ。それがいけなかった。

 叫び声に反応して大男の腕が伸びてきて大きな掌が剣次の顔面を握る。

「つかまえた」

 万力のような力が込められ、骨が割れるかと思われるほどの痛みに襲われる。

 バチン、と電気が弾けるような音。

「はなさない、はなさない、はなさない、はなさ、ァっ!?」

 ブツブツと呟き続けていた大男が突然、悲鳴を上げる。

 大男の股間には、下駄が深くめり込んでいた。

 その持ち主は――――、須田さより。

「奇襲は黙ってするもの、だっけか?」

 大男から解放された彼女が真下から股間を蹴り上げたのだ。

「い・た・い・よぅ」

 涙声で悶絶する大男、痛みで指が緩んだ隙をついて剣次は逃げ出した。

 股間を押さえながら大男が膝をつく。その前にさっと影がさした。

「……?」

 大男が影の方を見ると、たった一本の外灯の光を背景に黒髪をたなびかせ、須田さよりが立っていた。

 逆光になって見えないその顔は、なぜか牙だけが人狼ルー・ガルーのように凶悪な光を放っている。

「おんどれオラ。よくもオレに好き勝手してくれたな」

 ゆっくりとその右足が持ち上げられる。

「や・め・て……たす」

 言い逃れを聞くこともせず。大男の顔面を、まるで地面に杭を打ち込むように容赦なく、さよりの下駄が踏み抜く。

「うぶべっ!」

 その一撃で大男はあっさりと昏倒した。




「やれやれ逃げて行きましたねぇ。まあ追う必要はないでしょう。我々の役目は別ですし」

 鎗介は急ぐこともなく悠々とうつ伏せに倒れ伏す大男のもとに近寄った。

 傷の程度を確認して幸い大事にはいたらないと判断する。

「……………」

 剣次とさよりは大男を倒すとアタッシュケースを掴み逃げ去っていった。どこに向かったのかはそこまで気にはしていない。

 それよりも今は。

「いるんでしょう。自衛隊の皆さん」

 鎗介は暗がりに呼びかける。

 すると、ビルの影から、

 柱の裏から、

 看板の裏から、

 モスグリーンの制服を着た人々が現れた。

 恐らく突然反応が消失した仲間たちを追って来たら不審な連中が争っていたので遠巻きに見ていたのだろう。

「で、どうしますか?」

 鎗介は手の中の鎗を握りなおし、視線を巡らせてリーダーを探す。

 どうやら集団の中で最も先頭に立っている者がそうらしい。

「そうだな。とりあえず……動くな」

 隊長らしき人物が言う。鎗を構えつつ鎗介も返した。

「抵抗すれば?」

「手荒な真似はしたくない。我々は暴力を扱うが、君らと違い趣味は健全なようなのでね」

「お優しい。そんなことだから一般人に侮られるのではないか? 我々の他にもいただろう。若い男女やらスマホ片手の野次馬やら。軍隊なら少しはその威光を見せたらどうかね」

「我々は軍隊ではないし、軍隊にもそうする権利はない。すまないがさっさと来てくれないか」

「なるほど、お互いの意思の確認はできたな」

 鎗介は戦闘姿勢を解いて、微笑む。

「もちろん、我々は抵抗しよう」

 隊長が首をかしげる。

「我々? お仲間は既に倒れているようだし貴方の武器はその鎗一本のようだが……銃器にどう抵抗するのだ?」

「拳で」

 言うが早いか鎗介はコンクリートに倒れている大男の背中に鎗を突き刺した。

 鎗というには細く、飾り気のない、針のような棒が差し込まれていく。

 次の瞬間、大男の身体がびくんと跳ねた。

「……う、うおおおおおおおおおおおん!」

 がばり、と起き上がり大声を上げる。

 大男は極度の興奮状態にあるのか全身を掻きむしり、ガスマスクやミノなどの衣服を次々剥ぎ取っていった。

 その上半身があらわになると自衛隊員たちが思わず後ずさった。


「おおおおおおおおおおおおおおおおん!」

 

 肌の至る所に血管が浮き出ていた。その張り巡らされ方が異常。

 まるで布の繊維のように縦横に異様に赤い血管と、不気味な青い血管が絡み合い浮き出ていた。

 それらは火花の弾けるようなバチバチという異音を常に上げている。

「さて、不意打ち以外で我々が勝てるとは思えないが……やろうか」

 咆哮を上げる大男の背中から鎗を引き抜き、構える。

 穂先を下に。

 末端を上に。

 そして名乗りを上げる。

「私は『勢子セコ』、真田鎗介さなだそうすけ

「ボクは『勢子セコ』、真田拳さなだけん


 名乗りの時だけは大男も正気に戻ったらしい。


 そして二組はほぼ同時に、挑みかかった。







《名前》真田鎗介さなだそうすけ

《人物》好きな子ほど虐めたくなる男。年を取って若干丸くなった。基本的には心優しい人格者。

《装備》超振動鎗『ナガサ』。突き刺した肉体に微振動による刺激を送り生体活性化作用を過剰に促進させる。具体的には体の治癒をしたり痺れさせたりできる。さらに石などを叩くことによる音の反響で周囲の状況の把握が可能。とある変身怪人の技術の流用




《名前》真田拳さなだけん

《人物》身長二メートル十センチ。生まれつき脳の一部が委縮しており複数の情報を関連付けて論理を構築できない。外界からの刺激に対して独自の理屈で反応する。一応家族の言う事はある程度理解はしているらしい

《装備》導線『キガワ』。皮の下に埋め込んだ金属の配線は電気を通し、触れた対象を焼いたり痺れさせたりする。電力は本人の感情と呼応している。なお使用者にも若干電流によるダメージが入る。とある宇宙忍者の技術の流用。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「いや、知らないわね」

 四川は正直に答えた。嘘はない。

 誰だソイツは。

 いや、よく考えたらこの姿すら見えぬ相手も誰だ。

「アンタは何者?」

 窓から一瞬の沈黙の後、カカカと笑い声。それに続いて、


『俺様は真田一族七十五代目『頭目シカリ』、真田銃造さなだじゅうぞうだ』


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る