六章『詰みの一手 FINAL ANSWER』
「おい、なんだありゃ」
自衛隊に町の外に護送されていく野次馬たちの一人が空を指さし言った。
「……デカい。この距離からでもあんなに大きく」
「なんだありゃ、UFOみたいな。翼もないのに宙に浮いて……」
群衆たちがざわめく。誰も彼もが《ソレ》に釘付けになる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あの大きくて立派なモノはなんですか、
「――――なあに、予算の無駄とさんざん揶揄された自衛隊の新兵器さ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「これぞ、
スピーカー越しの怪獣に向け、四川は高らかに咆える。
その言葉とほぼ同時に、レイラニに鎗が突き刺さる。
人間程度の動体視力ではそれがいきなり怪獣から生えたように映った。
「ガッ!」
再びレイラニが呻く。それはただの空気の振動。微妙な均衡でもって構築されている空気の肉体に挿入された異物に対しての空気の乱れ。
一瞬後にはカンカンと硬いものを打つような音と共に内側から空気を吹き込まれた紙風船のように膨らみ、破裂する。
だが、レイラニは再生する。周囲の空気をかき集め、凝縮させて肉体を再構築する。
その様子を観察していた地上班は即座に四川に報告する。
「初撃、命中、目標は爆散後再生。即座に反撃する気配なし。こちらを警戒しているように見え……」
『止めるな!』
これまでにないくらい荒々しく四川が叫ぶ。
『攻撃続行! 砲と発電機の限界まで攻撃を叩きこみなさい! ヤツが死ぬまで!』
レイラニが動く。実体というモノを持たないが故の超高速飛行により『イーロアス』に迫る。それは同じく超高速で飛来する光の鎗によって阻まれた。
『タペヤラ』の五十五ミリ徹甲弾ならば貫通してそれで終わりだったのでそれほど問題ではなかった。しかし、『イーロアス』の鎗は突き刺さる。
それにより機動が乱され、破裂し、近づくことができない。
破壊と再生を繰り返しながらも苦し紛れの衝撃波を放ち、鎗の軌道をわずかに逸らす。
「減衰した衝撃波です! 弾丸がわずかに逸れました!」
『出力増加してさらに射撃! 攻撃の手を緩めるな! 再生しなくなるまで殺し尽くせ!』
結局のところ、あの巨大な体のどこかにある本体を潰さなければ意味はない。
『そのための――――冷凍窒素弾『
冷凍窒素弾とは。
凄まじいほどのエネルギーと電力で冷却し固体化させた窒素の鎗を弾丸として打ち込む兵器である。極めて沸点の低い窒素は常温下では急激に気体に昇華する。その際は高熱を発しながら気化していくのだ。
『……怪獣を深く貫き、発生する熱で体内から焼尽する。あとに残るのは炭化し、爆散した怪獣の死体と元より大量に空気中に存在する窒素のみ。環境に一切影響を与えない地球に優しい殺戮兵器』
レールガンシップ《イーロアス》の砲身が青い光を放ち、カメラのストロボのように大きく弾ける。その刹那ほどの後に鎗が放たれる。
空間ごと焼き尽くさんとばかりの熱と、カメラのレンズですら焼き潰れそうな閃光。巻き上がる風。
百獣を屠ったとされるヒドラの毒矢にも例えられたその一矢がレイラニの身体に再度突き刺さる。
さらにそれは一本だけでは終わらない。
次々と打ち込まれる光の矢がレイラニを貫き、レイラニの全身は釘を立てられ続けた藁人形のようにボロボロになった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「レイラニがいたのは……この辺りかな?」
「おお、よくやった真田。褒めてやるぞ」
マンホールのフタをずらしてしばらくぶりに地上に上がった。
そこは既に異界と化している。
暗く、誰もいない。墓標のようにビル群が並ぶ世紀末的な光景。
「おー、おー、絶景かな絶景かな」
さよりが鼻歌を歌いながら走って行く。
「おいそんなはしゃぐんじゃない。人がいないってことは既に自衛隊が……」
――――カチャリ。
あまり聞きなれたくはない。銃の安全装置が外れる音。
すでに囲まれていた。
「民間人、二名を発見」
迷彩柄の制服を着た自衛隊員が六人程度。サブマシンガンの銃口をこちらに向けている。
「悪いが避難時間はとうに過ぎていてな。誘導ではなく拘束させていただく」
剣次に二人。さよりに二人。隊員が取り付き抑え込む。
「あっ! 手前らやめろコラ!」
「暴れるなやめとけ」
さよりはアタッシュケースを取り上げられた。猛烈に抵抗しているが多少ケンカ慣れしていようが高校生の力では隊員二人には勝てないだろう。
遠くで班長と思われる人物が発煙筒を掲げている。
――――するり、するり。
発煙筒は赤色の煙を空高くあげ、池袋全体にその存在を主張する。
無線にするとレイラニが乗っ取って来るのでこのような手法を取っているのだろう。
縛られることはなかったが二人は壁に両手をつけて立たされる。
隊員二人がさよりと剣次をそれぞれ見張り、後の隊員はアタッシュケースを取り囲んでいる。
「なんだこりゃ……矢か? にしては妙に太いな」
「それにボウガンも」
「なんだこいつら。これで怪獣と戦うつもりだったのか」
ケースを開けて中身を見聞しているらしい。剣次も静かに後ろを見る。
真っ黒な鉄パイプのようなものと大きな弓のようなものが見えた。あれが矢とボウガンだろうか。
(本当に何をするつもりだったんだこのガキ)
さよりの方をちらりと見る。彼女は憮然として壁に張り付いていた。
上空へは発煙筒の赤色の煙が上り続けている。
――するり、するり。
ああ、じきに自衛隊のジープか何かで強制送還だろう。
予想より少し早いが悪くない結末だ。
剣次がそこまで考えた時である。
「うぉっ、なんだお前っ!」
隊員の叫び声。
続いてバチンッという火花の炸裂音のような音。
そして人が倒れる音。
「何だっ?」
銃を向けられていることも忘れて後ろを振り向いた。そこには、
ミノを羽織り、笠をかぶった大男。
足にはゴム長靴。顔はガスマスクで隠れている。
「やあ!」
子供じみた陽気な声で大男は剣次に向かって話しかけてきた。
しかし、その太い腕の先、掌は、五本の指は
――――隊員の顔面に深く食い込んでいる。
「ひっ!」
剣次は腰を抜かしその場に崩れ落ちた。
震えが止まらない。覚悟はしていたつもりだった。
だがこのように突然出会うとは。予想などしておらず。
「なるほど、C4だね」
もう一つ。聞きなれた。しかし聞きたくはなかった声。
ケースを覗き込むようにうずくまる人影があった。
ミノを羽織りゴム長靴を履いている。ガスマスクではなく素顔をさらしており口髭を生やした紳士然とした男だった。
その手には槍が握られている。
それは鎗と言うより針と言ってもいいほど細く長く、鋭い。
足元にはさっきまで剣次とさよりを取り囲んでいた隊員たちが転がされている。全員、やられたのだ。この一瞬のうちに。
彼らの身体はスタンガンでも当てられたようにビクビクと痙攣していた。
「うんうん」
紳士は何度もうなずいて矢とボウガンをケースに詰めなおした。
「C4爆薬を金属筒に詰めこみ、先端には工業用接着剤を封入し『矢』としてボウガンで飛ばす。そして怪獣体表に吸着させ時間差で起爆しモンロー効果による破壊を考えた。とそんなところかな」
剣次くん。
紳士は好々爺のような笑顔で剣次の方を見た。
「なかなかいい考えだね。確かに装甲を持つ怪獣には有効な手だ。しかしね剣次くん。あの怪獣は最新兵器による斉射を意にも介さず再生してみせた。……これでは力不足、そう思わないかい?」
剣次はゆっくりと立ちあがる。
「それを持ち込んだのは俺じゃないよ。鎗介おじさん」
じり、と後ずさる。
「じゃあ俺は帰っていいかな」
「そういうわけにはいかないよ。君は我が家に連れ帰らなけば」
一歩、剣次が下がるのに合わせて紳士、鎗介と呼ばれた男も踏み込んでくる。
「うおおおおおおおおおおっ!」
突如、雄たけびを上げてさよりが鎗介目がけて突進する。
「なんだね君は」
だが鎗の一振りで軽く一蹴された。
「奇襲なら黙ってやりたまえ」
鎗介がさよりを蹴り飛ばす。その先にはあの大男がいて――――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
蒸気じみた煙を噴出しながら
「レールガン砲身限界温度。冷却に入ります。次回攻撃まで約四百秒」
自動運転の『英雄号』を見上げ、地上班が通信を送る。
「パルス発電機も劣化が激しいようで、あと数回で交換の可能性大です」
四川からの返信。
『わかったわ。手配しておく、目標の状態は?』
「再生能力が格段に落ちています。が、本体の破壊には至らず」
レイラニの焼け焦げた体はかろうじて形を保っているものの今にも崩れ去りそうなほど不安定に見えた。
ただし欠損した部位は結局のところ空気の塊でしかないので、また周囲から空気を集めて再生させればいいだけで実際今も傷は治り続けていた。
だがビデオの逆再生にも見えた当初よりも再生速度は遅くなっている。
繰り返し熱波に晒されたせいで本体にダメージが入っているのだ。
『よい。冷却完了までは念のため距離をとっていなさい。『タペヤラ』で時間を稼ぐわ』
レイラニが憎々し気に『英雄号』にレンズの眼を向けると同時にローター音がし次々と上空へ『タペヤラ』が現れ総勢十機でレイラニを取り囲む。
――ガ、ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!
ガトリング砲が斉射されレイラニの身体を切り刻む。
この攻撃はレイラニの足止め程度の役割しかないがそれでいい。『英雄号』の冷却完了まで保てばいいのだ。
「BLLLLLLLルルルルッ」
レイラニは体を丸めるように縮めて鉄火の嵐をひたすら耐える。
その肉体が発光し始めた。
「目標の形態に変化! さらに振動数が過去最大級!」
地上班が叫ぶ。
――――ヒイイイイイイイイイイン!
球体になるほど丸めた体から高周波に似た音が発せられる。
すると、体表に一筋の亀裂が入った。
亀裂はそのまま左右にスライドして開き、中から――――、
『ここから把握は……無理か。しかし、なにかしてくるわ! 砲撃準備! 冷却完了と同時に再度射撃! やられる前に殺れ!』
報告を聞きナニカを察知した四川が吠える。
空いた隙間からは体液に濡れ、てらてら光る。
大きく円い、レンズがあった。
今までも見えていた黄色い目のようなレンズである。だが色は落ち無色透明に変わっている。
カメラのレンズをそのまま拡大したような水晶体の外周部には太い血管が走りどくどくと脈打つ。
「冷却完了まで三十秒。三十、二十九、二十八」
やらせるな! 四川の怒声が響き渡り『タペヤラ』の徹甲弾の雨がレンズに集中する。
レイラニは空気操作で体の周りの空気を固め灰色のバリアを張る。
弾幕に対する一時的な障壁だ。
「十四、十三、十二、十一」
障壁の強度そのものはそれほど高くないらしく。徹甲弾の多くは弾かれたがごく一部は突破して内部のレンズに直撃しているらしい。
金属音がする。
空気が圧縮され密度が濃くなっているのでドーム内は灰色で中の様子はうかがい知れない。
「十、九、八、七」
――――キイィイイイイィ―――――ン!
レイラニの発する高周波はますます大きくなる。
「六、五、四、三」
そしてレイラニの身体を守っていた灰色のドームが唐突に晴れた。
「二、一。発射しま……」
地上班がそう言いかけた時。
――――――カッ!
レンズより巨大な火柱のような光が一条発せられた。
その直後に起こったことを目撃した者は誰もいない。宇宙よりこの戦闘を撮影していた人工衛星ですら捉えることは敵わなかった。
その攻撃は光の速度で行われたのである。光を捕えられるものなどいない。
目撃した人間は多くが数秒間視力を失った。あまりの光量故に。
ようやく目が慣れた人々が目にしたものは信じられない光景であった。
レイラニの正面にあったものは全てが溶けていた。
巻き込まれた『タペヤラ』三機は機体が液体になり、ぐずりと崩れて地上に滴り落ちていく。『イーロアス』は真っ正面から光の直撃を受け跡形もなく、影も形も残さず蒸発していた。
光の威力はそれだけに留まらす『イーロアス』を消失させた後も地上に向かって真っすぐ突き進み地上を融解させて、数棟のビルがあったはずの地帯を溶岩の湖に変えていた。
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