五章『人類の追撃 ATTACK』
『全体に通達。フェイズ2に移行。ポイントは空』
その声が町に響いた途端、戦闘ヘリ『タペヤラ』が攻撃を止めた。
「…………………?」
レイラニは警戒し隠れ潜むようにビルの根元を漂う。
その二十メートルほど上空では十機の戦闘ヘリがホバリングを続けていた。
戦意の喪失、はしていないらしい。
怪獣と戦闘ヘリはお互いの間合いを探り合う様に、じりじりと近づいては離れるを繰り返す。
――――ガ、コ。
「…………!」
ガトリングの砲身の微かな稼働音。
音波や電波の波動に何よりも敏感なレイラニがそれを見逃すはずもない。
瞬き程の一瞬で今まさに55ミリを吐き出さんとしていた戦闘ヘリの眼前に現れる。その速度はまさに瞬間移動に近い。
「――ガピッ」
ヘリは機械的な奇声とともに振り下ろされた怪獣の右腕を急速バックすることで回避した。回避しながらも徹甲弾をばら撒く。
散布された弾丸はレイラニに次々と命中し体を貫通した。
が、それだけだ。
無数の弾丸はレイラニの肉体を泡立てるようにかき混ぜながら貫いていくが、その傷は次の瞬間にはなくなっていた。
そんな傷など最初からなかったように。
まるで画面に映し出された虚像に攻撃しているようだがそれも違う。
実体はある。
弾丸が直撃した瞬間、反動で移動速度が明らかに減衰しているのだ。
「やはり、再生能力か」
操縦士はひとり呟く。
「だが俺の役割はお前を倒すことではない」
機体を急激に上昇させる。
真上へ、真上へ。
「来いよ。引きこもってると体に悪いぜ」
ビル群を抜けたその先へ。
「…………」
レイラニは一瞬、戸惑ったようにレンズの光を点滅させると、ヘリを追って真上に飛び上がった。
「そうだ! 来い! 来い来い来い来い来い!」
上空に飛び上がりながらも砲塔を真後ろに回し『タペヤラ』は弾丸を撃ち続けた。
レイラニは多少減速するものの意に介さずヘリを追って飛び上がる。
一台のヘリに夢中になっているレイラニが気づくことはなかった。
後に続くヘリが一つもない事に。
気づけば町は遥か下に。
暗闇に包まれた町は気にも留めない。レイラニは視覚を有さない。
ただ周りの遮蔽物がやけに少なくなったことには気がついた。
『ようやく気づいたか。電波獣『
スピーカーで増幅した女の声。追ってきたヘリから聞こえてくる。
ヘリは逃走も銃撃も中止しただ目の前にホバリングしている。
『空気抵抗ゼロ、電波が飛び交う電離層の海でもなく、砂岩と鉄で作り上げた子虫の巣の林でもない。さぞや戸惑っていることでしょうね。周囲にあるのは行く手を阻む大気の流れ、そして身を隠す壁もない。普段のあなたなら通り過ぎるだけの何もない広大な地平。そう、ここは……』
――――ここは地上百四十メートル。
『ようこそ電波獣どの! 大気流の海原へ!』
次の瞬間、レイラニの左腕が吹き飛んだ。
完全なる不意打ちだった。避けられるはずもない。その理由の大部分は避ける必要がないからだが。
『―――ガピッ!』
左腕は吹き飛んだ一瞬後にはすでに再生している。
――――さらにその一秒後には胴体を鎗が串刺しにしていた。
「――――ガピッ!? クルルルRRR」
驚愕の鳴き声を発し、腹を覗き込むレイラニ。
確かに鎗である。
白い、装飾も飾りもない純白の鎗。穂先はただシンプルに鋭い。
その鋭利な鎗が腹を貫き、貫通し、串刺しにしていた。
「…………!?」
混乱しているのだろうか、慌てて体をよじった次の瞬間。
レイラニの身体が急激に膨張した。
――――――ぼ!
という音と共に熟れすぎた果実のように膨れ上がり破裂する。
爆発四散した体の破片は宙に舞い、やがて空気に溶け込むように薄れて消えた。数秒の沈黙の後、周囲に響き渡る不気味な音。
『PLLLLLLLLLL』
その音と共に虚空からぬゥっ、と黄色いレンズが現れる。レンズの周囲に見る見るうちに体がつけたされていく。
最初にレンズを覆うクラゲの笠、内部では無数のレンズが浮かぶ。そして笠から触手が垂れ下がり、側面からはにょきにょきと腕が二本生えた。
そして元通り。その様はまるでビデオの逆再生。
またはカンバスに絵を描いていく様子を早送りしたようだった。
『映像見たわよ、そういうことだったのね』
四川の声。
『ほんの小さな体を振動させ大気に干渉し、空気をかき集めることで仮初の肉体を作り上げる。空気操作を用いて収束させた波動を打ち出す指向性衝撃波攻撃に、電波を受信しエネルギーに変換する能力を活用した電子操作。
《波動》を司りし我々とは別種の生物、《電波獣》。いや、《波動生物》!』
『さて、その本体のみをピンポイントで破壊することは我々にはとても困難、それならば――――全部吹き飛ばしてしまえばいい』
大空に響く四川の言葉。
それは目の前の敵に対する死刑宣告。
――――ゴオウ、ゴオン、ゴオン。
空気をかき混ぜながら、《ソレ》はやって来た。
レイラニから遠く離れた雲の中がぼんやりと光る。
その光は徐々に強くなり、やがて雲の中から《ソレ》は現れた。
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