四章『反撃開始 REVENGE』
四川は苛立っていた。
戦闘ヘリは全機をビル群から一時離脱させている。
「あー、気に入らないわ」
野次馬たちのことである。
「地上班、一般人の様子は?」
『流入はなんとか。しかしビル群内にまだ相当数いる模様』
「この数、避難誘導前からこの地域周辺に待機していたとしか思えないわね」
怪獣退治が遅れてしまう。
早くどうにかしたい。
その時、
『四川さん、今ネットできます?』
意外な言葉がスピーカーから流れて来た。
『例のUMA賞金サイトです』
いきなりなんだ、と思いつつも真剣な口調で言われるので一応開いてみる。
レイラニの妨害電波があるのではとも考えたが、あっさりページは開いた。
「……なによこれ」
思わず頭を抱えてしまった。
目に飛び込んできた文字は、『突発限定企画! 賞金ランキング
レイラニ関連の動画を投稿してそのコメント数に応じてウェブマーケットのポイントがもらえる仕組みになっているらしい。
他の動画サイトやSNSからも参加できるようになっており投稿数は画像も含めて約七百件。
昨晩からレイラニの出現予告地域が流出しておりすでにアクセスは万単位。
ネットの掲示板はお祭り騒ぎである。
「自衛隊の行動を見越していたの……昨晩の時点で?」
一瞬気が遠くなりかけた、が一瞬で立ち直る。
「関係各所に連絡は?」
『運営側は応答なし。動画サイトやウェブマーケットには防衛省からクレームを入れています……しかし、即対応は難しいと』
四川は舌打ちして、
「どこでもいいわ。一社番号教えて。急ぎで」
そしてその番号を素早く手元の端末に打ちこんだ。
数秒のコール音ののち、
『はい、こちら株式会社○○の……』
「防衛省から連絡が来ていると思いますが」
『あー、またですかぁ? 申し訳ないですけどぉ担当は朝まで不在でしてぇ―ご用件は承りますがぁ?』
「この件は緊急です。すぐにでも対応を」
『そう言われましてもぉ――、私の一存ではぁ――』
ブチッ、と四川の頭の中でなにかが切れる音がした。
「いいか、よく聞け貴様」
『……へ』
地獄の底から響いてくるような冷たい声。
「社長、役員以下社員全員、即刻呼び出して問題を対応させろ。猶予は一時間。できなければこの私の全権力もって貴様の人生を潰す!」
さっきまで饒舌だった電話口の相手が沈黙した。
「聞いてた? 他社も同じよ。後、電力会社と通信会社に連絡して全インフラを遮断させなさい」
突如、手元の端末が異音を発する。
――――BBBBBBBBPPPP!
バチンッ、というなにかの切断される音とともに画面がブラックアウトした。
「レイラニね。気づかれたか」
しかし目標は達成した。返事は聞いていないが要求は完全に伝わっただろう。
なに、伝わっていなければあの電話口の相手を潰すだけだ。
「なに私にかかれば指先一つで……」
しかし、それにしても。
兵器のハッキングのみならず、動画サイトやウェブマーケットのシステムまで理解したうえで応用してくるのは予想外だ。
ウェブマーケットのポイントをエサに人を集め自衛隊に対する生きた壁として利用するつもりだったのだろう。人がいれば発砲できないことを知っていたという事になる。
UMA賞金サイトはコメント管理がずさんなため自作自演が可能であり、多くの人々が柳の下の泥鰌をねらって池袋に集まり動画を投稿する。
よって壁はさらに増え、自衛隊が手間取る。
「まったく、小賢しい」
それからニ十分後。池袋の町はネオンも街灯も停止し完全な闇に包まれた。
あの電話口の相手はちゃんと仕事をしたようだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
突如として電源が落ちたように闇に包まれた町。
『今より、自衛隊による怪獣殲滅のための無差別攻撃が行われます。区内の皆様におかれましてはお近くの隊員の指示に従い……』
アナウンスが響いている。
うねりどよめく群衆たちの中心に自衛隊のジープが半ば無理やりに乗り込んできた。隊員がボンネットに立ちあがり拡声器を使い叫ぶ。
『じゃ、我々はこれで』
その隊員の言葉と同時に周辺の地上班が一斉に逃げた。
それこそ蜘蛛の子を散らすように。
『無差別』攻撃が行われるこの土地から逃げるために。
怪獣を撮影していた人々を取り残して、
有象無象の人々は数秒呆けたのち
「……え?」「逃げたの自衛隊?」「――無差別攻撃って……」「俺らは差別されんのそれ?」「―――巻き込まれないために逃げたってこと?」「それウチらはどうなんの? 置いてかれたってこと?」「置いて……かれた?」「えっと……」
「俺たちは巻き込まれるってことか」「なーんだそういうことか」「あははは」
「…………………………――――――――――………………………」
「う、わああああ―――――ああああああああ――――――――っ!」
「釣れました四川さん。超入れ食いです。追いかけてきます」
池袋中に張り巡らされた有線ケーブル。
その各地にあるポイントの一つ、B―5地区の担当者はマイクを手に報告している。
『よーし、よくやったわ。そのままできるだけ多くの民間人を拘束しなさい。あとそいつらの住所、氏名、電話番号を聞き出しておくこと』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
野次馬たちがすっかりいなくなった無人の町で怪獣と自衛隊による戦いが開始された。
口火を切ったのはヘリ群の方である。ガトリング砲を乱射してレイラニをつるべ打ちにする。
レイラニも負けてはいない。巨大な図体からは考えられないほどの機敏な動きでビルの影に隠れ、影から影へ飛び出してはヘリに迫る。
ヘリ群は予め指定された距離内にレイラニが接近すると散開し距離をとった。
その繰り返しに業を煮やしたのかレイラニは、
――――PPピルルルルルルルルルル。
異音を奏で始めた。それに合わせて全身が発光し――――。
不可視の弾丸が放たれる。
――――ド!
次の瞬間、直線上にあったビルのガラス窓に大穴が開いた。
『やはり、記録通り撃ってくるわよ衝撃波! 直線に並ぶな。真上から狙い打ちなさい』
「「「了解!」」」
ヘリ群は絶えず動き回り四方八方から55ミリを打ちこみ続けた。
レイラニの体がズタズタに引き裂かれていく。
それでも動きは止まらず、もがく様に浮遊し飛び回る。
『目標の足を止めさせるな。撃ち続けなさい』
増幅されて町に響き渡る四川の声。
『ヤツの衝撃波攻撃はチャージの予備動作がどうしても存在するわ。
――――ガガガガガガガガガガガガガガッ!
先頭の余波と流れ弾でコンクリの地面と鉄筋のビルが見る見るうちにズタボロになっていく。
今や池袋全域が戦場である。
自衛隊と怪獣はまるでカーチェイスのように激しく競り合いながら追いつ追われつ空中を駆けまわった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
四川の仕事は現場の指揮だけではない。
『池袋北側、オフィスビル街にてガラス片の落下おびただし』
『消火栓破裂による噴水、三か所目です』
町中に配置した地上連絡部隊から有線で連絡が飛んでくる。
それら一つ一つに耳を傾け、適切な指示を飛ばさなければならないのだ。
有線マイクを手に取る。
まずは池袋の端、A―3地区。
「周辺地域からの異常報告は?」
『現在四件、いずれも騒音と異常振動についてです』
「住民の心理状態に注意、ひどいようなら避難させなさい」
次に戦場の中心、B―7地区。
「目標の状態は?」
『『タペヤラ』十機と交戦中。逃げるように町中を飛び回っています。振動波による反撃は今の所なし』
「隙を見せるな。長引けば逃走される可能性がある。短期決戦ということを忘れないように」
次は、兵器について、
「各機の燃料状態は?」
『『イーロアス』は空中給油済み。『タペヤラ』五機と他の戦闘ヘリは再編成のため後退させています。現状は『タペヤラ』十機で目標には十分かと』
「よし、そっちは任せた。その調子でやって頂戴」
ここまでで一区切り。マイクを置く。
(……おかしい)
野次馬共を掃除してから既に三十分以上経過している。
(なぜ、レイラニは倒れていない……?)
たしか人工知能『ひので』による分析によればレイラニはヘルファイアミサイル一発にも耐えられないほど脆弱な体であったはずだ。
不可思議な動きによりミサイルを回避する程の動体予測をする。それはわかる。だが囲んでガトリングで圧倒すれば避けきれない程度のものだ。
しかし、いくら撃ってもレイラニは死なない。
今頃はボロ雑巾になって地面に倒れ伏しているべきなのに。
(ここまで撃って、直撃して――――殺せんだと……?)
さらに思考を進めて行こうとした時、予想通りの報告がきた。
『四川さん! ヤツの、……目標の体表に、いくら攻撃を加えても傷一つついていません!』
「でしょうね。すぐにこちらに映像を回しなさい、すぐに原因を……」
話している途中で反対方面のC―4地区から連絡、
『こちら地上第二班、第四班と突然連絡が取れなくなった。原因を知りたい』
全くの別方向からの異常事態。
第四班と連絡が取れない。
(一人も連絡がつかないの? なんでこんな時に……)
いや、そちらばかりに構ってもいられない。
(指揮系統の分散をやっとくべきだったかしら。負担が大きすぎるわ)
『四川さん、今すぐに『イーロアス』は使用可能ですか?』
(ええい、今度はこっちか! 第四班は後回しにするしか……)
そして現場地域に繋がるマイクを握りしめる。
「無理よ。遮蔽物が多すぎるわ」
戦闘ヘリと怪獣の戦闘は空中戦とはいえコンクリートジャングルの中で行われている。そんな中で『イーロアス』のような特大火力の兵器を使えば障害物で威力が減衰するうえにイタズラに被害が広がる。
スタジアムなどの開けた場所におびき寄せたい。だが付近にそのような施設はない。だが、
「空か……」
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