三章『異邦人 TOUR』
「最っ悪」
道に立ちふさがる自衛隊員の姿を見てさよりは舌打ちをしてビル陰に身をひそめた。
戦闘区域への道はすべて塞がれているのだろうか?
迂回路を考えるが初めての町なこともあり勝手がわからない。
ならば。
「……殴り込みといくかい」
身を大きくかがめ、脚に力をため今こそ影から飛び出そうと――――――、
「やめとけ」
剣次はさよりの腕をつかんで引き留めた。
「止める気か、無駄じゃぞ」
「そうじゃない。その道の正面突破は無謀だと言ってんだよ。捕まるだけだ」
「だからどうしたっつうんじゃ。オレは行くぞ」
剣次は足元のマンホールを軽く足で叩いた。
「こっちがいい。地下を使う。多少回り道でもこの方が確実だ」
そう言い、剣次は慣れた動作でマンホールのふたを開けた。
ニヤリ、と笑みを浮かべる。
マンホールの中は下水道ではなかったらしい。
雨が激しい際に一時的に地下スペースに水をためておくための貯水タンクのような空間だった。
今は濡れてもおらず乾いていてカツカツ足音が反響する。
「テメーがここまでするとは思っとらんかった。オヤジが監視に呼んだんとばかり……」
「監視役だよ。ただし、お前が危険になるような無茶しないように見張るためのお目付け役だ。きっとそういう意図だ」
「オレが言うのもなんじゃが、怖くないんか? 敵は戦闘機軽く落とすようなバケモノじゃぞ」
「そりゃ怖いさ。怪獣だからね」
目の前をスマホのライトで照らしながら進む。
どこかでから響いてくる重低音。
「怪獣とは自然の摂理に反するモノ。常識から外れたモノ。この世の外側に住まうモノ。正体不明、されど危険。だからその名は『怪しい獣』、なんてな。そういう人知を超える存在に近づこうと、ましてお前は倒そうなんて言うんだろう? そんな奴らが『怖い』『恐ろしい』、そう思った程度で歩みを止めるか?」
その問いにさよりは一考もしない。
「止めねえな」
「だろ?」
剣次も淡々と同意した。
「……結局俺も同じなんだな」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ここは池袋某地点。
環境省、自衛隊混成部隊はここにテントを設営し一応の本部を作っていた。
前方にはスクリーン。後方にはモニター。
手元にあるパネルから展開している部隊を思い通りに操作できる。
―――――――はずだった。
最新設備の数々はもうとっくに機能停止している。モニターもパネルも真っ黒に焦げてなにも映していない。液晶の一部は欠けている。
「まったく。対ハッキングの処置を施したとは言えこのザマか」
容赦ないわねぇ。といかにものん気そうな口調の女性が現れた。
「このガラクタをさっさとどけなさい。ここからはアナログの出番よ」
「――……ガラクタ?」
動揺が走る。
ガラクタだと。
多目的国防システム『ひので』だぞ。
それをガラクタだと。
なにを言っているのだこの女は。
何者だ。
「なにを突っ立ってんのよ。動きなさい、早く」
女性がパンパンと手を叩いて隊員たちをせかす。
有無を言わせぬ圧力と瞳からは殺気。
「ッ―――――!」
彼らは一斉に動き出し、テント内を模様替えしていった。
モニターはからみあう有線ケーブルに、スクリーンは大量のマイクに変わっていく。
「ケーブルは全ポイントに展開済み? よろしい」
女性は一つ一つ点検を取りながら、乱立するマイクに向かって進行する。
「あの……あなたは?」
若い自衛隊員が女性に話しかけた。
いきなり現れてキビキビ指示を出したという事はそれなりの地位の人物なのだろうか?
女性は爽やかな笑顔で、
「ああ、自己紹介が遅れたわ。私は環境省特殊災害対策室、室長兼現地職員。そしてこの場においては自衛隊特殊災害対策本部、本部長。さらに警視庁科学捜査研究所特別……」
聞き取りやすいはっきりとした発音で階級を読み上げた後、胸元からそれら全てが書かれた名刺を手渡した。
「
地味だが有名ブランドのスーツで身を固めたその姿は一見オフィス街か社長室が似合いそうな女性だ。だがそれにしては動作の一つ一つに優雅さが欠けている。彼女の無駄を省き合理性を追求したような仕草の一つ一つは人が人ならばこのように感じるだろう。
――――まるで軍人だ。と。
なにげなく上げた手がシパッ、と空気を切り裂く。
「第一次防衛ラインは突破されたわ。作戦は第二段階へ移行」
一介の公務員、四川めぐるは全部隊に命令を下した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
日が落ちるのは早い。
空が明るくなったと思えば数分後には暗くなっている。
戦闘機ファントムらを倒したレイラニは急速に速度を緩め、池袋のビル街を風船のように浮遊していた。
散歩でもしているのか。
そんな中、空気を混ぜ返す轟音がどこからか響く。
複数個所から聞こえている。
六、いや十はあるかもしれない。
レイラニは引き寄せられるように音のする方へ向かった。
「――目標補足」
レイラニがビル角を曲がった瞬間にはすでに囲まれていた。
刀翼を旋回させる黒鉄の戦闘機械の群れ。
「これが対獣戦闘ヘリ『タペヤラ』」
数十機の武装ヘリが四方八方からガトリング砲で狙いを定めている。
全員で一斉発射したとしてもうまくお互いに当たらないようになっている隙の無い布陣だ。
「では、読み上げる……五……四……三……」
ビル街に四川の声が響いた。
司令室から有線ケーブルによって池袋中のポイントに運ばれた声がスピーカーで増幅される。電波妨害を警戒して電波を使用しない伝達手段だ。
「二……一……
タイミングの合った一声斉射が始まった。
レイラニは浮遊体勢を保てずに地面に叩き落とされる。
なおもガトリング砲は止まらない。地面にへばりついたレイラニを押しつぶすように絶え間なく撃ち続ける。
ファントムの時のようにヘリを操ろうとしたのか何度か閃光を放つ。だが、なにも起こらない。
このヘリには精密電子部品が使われていない。
しだいにアスファルトが割れ、体が道路にめりこみだした。
「手も足もでない……か。当然ね。私の『タペヤラ』だもの」
対電脳怪獣戦を見こして、四川が提案し、複数の企業による共同開発させた。
日本では川崎によるライセンス生産。
第二次世界大戦前にいったん立ち返り、電子部品を使わない昔ながらの製法で現代兵器と変わらぬステータスを手に入れるコンセプト。
あらゆる物を吹き飛ばす55ミリ機関砲二門によるタングステン弾頭徹甲弾。
さらにハッキング直前に『ひので』が手に入れたレイラニの戦闘データを搭乗員には連絡してある。それにより敵との適切な間合いを保ちつつ安全圏からひたすら撃つ。
「どうよ。素晴らしいでしょう。そうそう簡単には堕ちないわよ」
ははは、と笑う四川。
その声もしっかりマイクが拾って町中に流しているのだが気にしている様子はない。
「し、四川さん」
慌てた声が手元の有線スピーカーから聞こえてきた。
四川は不機嫌そうに発信ポイントを確認して、
「なによB―5地区。そこはレイラニの処刑真っ最中で……」
「民間人です!」
「は?」
同時に町中を駆ける連絡部隊からSDカードが手渡される。
再生してみると。
徹甲弾が滝のように落ちているB―5地区。
滝の中心ではレイラニがもがいているが、その周りには。
ふりそそぐ鉄火の雨など気にしないかのようにスマートフォン片手に写真や動画を撮っている人々がいた。
十や二十ではきかない人数がいる。
「なによコレ。避難命令は? そもそも地上部隊はなにをしているの?」
「仕事してます! しかし半数以上が誘導に従わず、さらに封鎖を乗り越えて現地に侵入する者も……」
「予備隊も投入なさい。とにかくこれ以上の侵入は許せないわよ」
「やります! やりますが、発砲を止めてください。誘導どころではありません! 民間人に当たります!」
四川は舌打ち一つ。
「野次馬ども、後で殺してやる……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ここは地下空間内。未だに歩いているさよりと剣次。
「なんじゃい。急に上が静かになったの」
「確かに、この発砲音の少なさは異常だな」
早くもケリがついたのだろうか。
剣次はコンクリの天井を見上げる。
外は見えないが、静かすぎてなにか不気味だ。
「なにがあった?」
疑問を口にしても返すのは地下道の反響だけ。
寂しい。
早く外に出たいものだ。
――ざ、ざざ、ざざざ……。
どこかからなにかの音が聞こえた。
さよりに目線で合図してライトを消す。
二人は息の合った動作で人一人分くらいの小道に隠れた。
(これは……足音か)
地下の暗闇の向こう側で、ぼやけた明かりが灯った。
さらにもう一つ。
続いて二つ。
続々と。
(集団……何者だ?)
さらに近づいてきた。
ようやく彼らの姿が見える、
ワラでできたようなミノを羽織り、笠をかぶっている。
足元はゴム長靴。顔にはガスマスク。
そして手には怪しい機械。
古い日本文化と現代文化が合わさってひどく歪な印象を与える。
彼らはこちらに気づくことはなく通り過ぎていったが、彼らのまるで糞尿のような残り香が未だに鼻につく。
彼らの明かりが見えなくなるのを確認してからさよりはほっと息をついた。
「なんじゃいありゃ? 自衛隊の特殊部隊かなんかか?」
ケッタイな奴らじゃったのお、と彼らが向かって行った先を見つめながら剣次に同意を求めた。
「のぅ、そう思わんか。ええ」
反応がない。
おろ、とさよりは首をかしげ、剣次の持つスマホを奪い取って顔を照らした。
剣次は、信じられないといった顔つきで呆然としている。
唇をわなわなと震わせて、
「いや、待て……嘘だ。なんでみんながここにいるんだ」
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