二章『化獣 MONSTER』
「UMA賞金サイト、賞金額第二位。電波獣『レイラニ』」
さよりが空に浮遊する『レイラニ』をにらみつけて言う。
「第二位! なんてもん狙ってやがるお前!」
仰天する剣次。
『レイラニ』は地上の人々にまるで興味を示さずに空中を滑るように遊泳しながら都心の方に移動していった。
「放送でバレたのこりゃ。戦いやすい場へ逃げる気じゃな」
どよめき騒ぎだす群衆の中で冷静に呟くさより。
一周まわって頭の冷えた剣次も落ち着いて怪獣を見上げる。
「電波獣、ねぇ」
はるかな昔、剣次がまだ祖父の家で暮らしていた時、棚に無造作に並んでいたビデオテープの一本に収録されていた気がする。
あれは昭和四十六年くらいの記録だったろうか。
『レイラニ』、ふだんは電離層で宇宙を飛び交う太陽風などの電磁波からエネルギーを取り出し活動する浮遊生物だという。が、TVの普及などで発達を見せていた都市部の電磁波に引き寄せられ東京に出現。
電波でコミュニケーションをとる生物だったのか、電子機器を操る力をもち大規模な電波障害を引き起こしたと記録にはある。
だが、退治されたそうだ。
ビデオの最後は何かの光線で『レイラニ』が爆発四散する場面だった。
「つまり倒せない敵じゃないってことだ」
「お、やる気になったか?」
「バカいえ。それでも俺たち一般人じゃ無理だろ」
既に『レイラニ』はTVの電波を受け取って自分が狙われていることに気づいたはずだ。だからこそ遮蔽物が多く、兵器が使いづらくなる人の多い都市部に向かったのだろう。
「自衛隊としたらビジネス街なんかにたどり着く前に始末したいところではあるだろうな」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
池袋某地点。
オフィスビルの一室でも貸し切っているのか整然とした場である。
その広めの教室並みの空間にはモスグリーンの制服を着た一団が並んでいた。
前部スクリーン。後方にはモニター。まさに司令室だ。
「ファントム、目標地点に展開開始」
アナウンスが無機質な声で告げた。
指示を出しているのは人間ではなく機械。目前のモニターだ。
その名は『ひので』という。
有事の際を想定して開発されたスパコン網であり、今回の対怪獣の処理を任せている。
『目標現出』の文字が出た。
スクリーンに映し出されるのは怪獣『レイラニ』
戦闘機F4、通称ファントムに搭載されたカメラからスクリーンに送られてくる映像だ。ファントムは三機なので画面を三分割する形になる。
ファントムA、ファントムB、そしてファントムCで三分割だ。
「第一波、攻撃開始」
ファントムBが素早く接近し、レイラニとのすれ違いざまに対艦ミサイルを発射した。
ミサイルは空気を切り裂き真っすぐレイラニに着弾する。
「―――――――ッ!」
かに思われた。
レイラニは宙に浮かぶ体を軽く歪ませてミサイルを避ける。
軌道が完全に読まれているのだ。
続けて第二、三と次々にミサイルは発射されていく。
それらを舞い散る木の葉じみたゆらゆらした動作でレイラニはそれらを全て躱していく。
「第一波、効果見られず。第二波、スタンネットを使用せよ」
ファントムAが下部の銃口でレイラニを狙う。
――バシュッ!
ファントムAから投網じみたものが発射された。
網は空中で広がり、レイラニに覆いかぶさる。
瞬間――――火花。
網にスパークが走るとレイラニがびくんと痙攣し急激に失速していく。
そして墜落。
体から蒸気じみた煙と焦げた臭いを噴き上げて動かなくなった。
「クジラでもフライにできる高圧電力だ。いくら早く動けようと神経系を焼かれれば終わりさ」
ファントムAの乗員が言った。
「殺るぞ」
ファントム三機は編隊を組みレイラニの頭上を旋回した後、攻撃をかける。
ミサイルの砲口がレイラニを向いたその時、
「――――んあっ!?」
ずるり、とレイラニがネットをすり抜けた。
そのままふわりと宙に浮きあがる。その右腕には抜けたネットが掴まれている。
「カーボン繊維混入のネットだぞ! どうしてそんな簡単に――――」
……というより網目の間から抜けなかったか今?
その疑問を言葉にすることは出来なかった。
レイラニがネットを空中に、ファントムたちに向けて投げたからだ。
二機は回避できた、しかしファントムAが引っかかってしまう。
みるみる翼やエンジンにネットが絡まり、制御不能となりキリもみ回転を繰り返しながら斜めに墜落していった。
爆散、炎上。
民家を二軒、派手に吹き飛ばす。
モニターの三分の一が砂嵐に変わる。
「ありゃー、無理だわな」
ファントムBは全壊したファントムAを横目で追いつつつぶやく。
彼も、他人を気にする余裕などない。
レイラニが彼を狙っている。
浮遊したまま、黄色いレンズがまるで目のように狙いを定め、
「……ちょ、待――」
ぬるり、とそのままウナギじみた動作で突進した。
急加速。空中に火花が走ったのかと見まがうほどに速い、そして。
――――一撃。
避ける間もなくファントムBは体当たりを受けると空中で粉々になり破片を地上にばら撒くことになった。
モニターの三分の二が砂嵐に変わる。
「そんなんアリかよ」
ファントムCが戦線から離脱しかける。
だが電信音と共に『ひので』から送られてきたデータにはレイラニの肉体強度はミサイルの一発にも耐えられないと出ていた。
「一かバチか……か」
戦闘機ファントムの鎌首をレイラニに合わせ、突撃した。
ミサイルの照準をレイラニに合わせる。
「……なんだ?」
照準が上手く定まらない。まるでファントムそのものがこの怪獣と戦うことを拒否するように照準の十字線が激しくぶれる。
レイラニの半透明な笠に浮かぶレンズがストロボのように瞬くのが見えた。
「……ッチ」
舌打ち一つ。
コックピット内のディスプレイがすべて消えた。電気系統が一瞬でショートし機内に火花を散らす。
次の瞬間には地面。赤い色。
爆発。
モニターは完全に砂嵐と化した。
「ファントム、壊滅を確認」
『ひので』が無機質な声で告げるとフロアにいる隊員たちは落胆した。
言葉にも顔にも出さないが雰囲気が雄弁に物語る。
「おい、なにか映ってるぞ」
誰かが気づいた。
モニターには町の風景が映っていた。
画面の端の地面には炎上中のファントムが二機が映っている。
どこのカメラからの映像だ?
『ひので』が新たに放った端末か?
しかし、肝心の『ひので』は沈黙している。
画面はゆっくりと都市に視点を移した。ガラス張りのビル群が見える。
ガラス。鏡。
「これはカメラじゃない……」
誰もが気づいた。
目の前のビル壁に真っ正面から映っているのはレイラニだった。
「これは、レイラニが見てる映像だ……。ファントムのCPU経由で『ひので』をハッキングしたんだ……」
モニターから黒い煙をあげだした。
次の瞬間、発火した。
隊員たちが呆然と見守る中、多目的国防システム『ひので』は炎上していく。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
とある高校の校庭から十五機の武装ヘリが一斉に飛び立った。
ガトリング砲が二門装備されており、ロケットランチャーは付いていない。モスグリーンのヘリ集団はどこか災害救助の時とは違う異質な気配をまとっ
ている。
『
ヘリ内に聞こえてくるのは女の声。
『電子装備ガン積みで戦える相手じゃない。じきにこの通信も使えなくなるでしょう。だからこそ、一から部品を組んで作り上げた諸君らの『タペヤラ』が必要とされてくる』
まるで状況の全てを知っているかのように落ち着いた声である。
『ケリをつけなさい』
勝利は揺るがない。とでもいうように。
『地上捜索班より周辺半径五十メートルの無人を確認。各機、捕獲及び威嚇に類する行動の要無し。火急的速やかに排除。殲滅せよ』
『――対獣機動師団、作戦開始』
「「「――――了解」」」
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