四章『探索 SILENT』
昼の町を歩く塔香と須田。その横をパトカーが赤色灯を回転させながら走り去っていく。
「警察か?」
「鳥が出始めてからいつも走り回ってるわよ」
「なんでまた」
須田さよりは女子にしては背が高い。並んで話すと自然と見下ろされる形になる。
「そら追いかけるでしょ。扱い的にはたぶん不審者なんだし」
「まっさか空飛ぶ鳥を捕まえようとしとんのか?」
空自のスクランブルも増えている。間違いなく『鳥』絡みだろう。様々な事が『鳥』を中心に動いている。
「なんか、規模のデカい話になって来たの」
「さね、なんか大事になって来たけど……ま、あのお爺ちゃんに聞けば何かわかるかもね」
これからあの宇津良老人の自宅に行くのだ。
「じゃああのレポートの言い訳は考えたんか?」
「あ……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夕方、また峠坂の崖の上。剣次と『鳶』の会話。
「『バイト』とやらは楽しいか?」
「楽しむもんじゃねえよ」
「では家は、家族とはどうしてるね?」
「一人暮らし。親とは何年も話してないし姉ちゃんともしばらく会ってねえな」
「なんだ。不愉快なことだらけか。若いのに夢とか希望もないのか?」
「そだよ。夢も希望も持てない世の中だ。高望みも誇大妄想もせずに等身大で生きていく。そういう時代だ」
「そういう……時代、か」
「つーかお前そろそろその気味の悪い鳥の面外せよ。なあそれ……」
剣次は顔を横に向けた。鳶はやけに静かで感慨にふけっている。その姿に首を傾げる剣次。
と、鳶の視線が動いた。
「む、いかんな。……私は行かせてもらうよ」
翼を広げ、街の空へと飛び去って行く。剣次は呆けた顔で空を眺めていたが、やがて峠坂の下にパトカーが停車していたことに気が付いた。さらに普通のパトカーとは違う装甲車のようなものも停まっている。
どうもこちらに登って来そうだ。
剣次はそそくさと荷物をまとめるといつもは使わない目立たない獣道を下って逃げた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ええとですね。今回のお話ですが」
「おおそうだ、お茶請け忘れてましたなぁ」
宇津良氏の自宅。客間に通された塔香は何とか『あの文章は嘘です』と言いだそうとするが、
「美味いんですよこの寅屋の羊羹。どうぞどうぞ」
どうもきっかけが掴めず愛想笑いをする塔香。須田はといえば縁側で宇津良家の犬と遊んでいる。
「さてさて本題に入りましょう。ではこちらを……」
「いやあの話を」
机の上にどさりと置かれた冊子の山。
「これは『鳥』の出現すると思われる場所のリストです」
手にとってめくってみる。場所のリストと言うからには航空写真のようなものだと思っていたが、
「あの、これ……住所録じゃないですか。それも個人の」
「ええ、昭和二十年当時の、ね」
にこやかに宇津良氏は頷いた。
昭和二十年の住所録。もちろん現住所はそのままではないし廃村もある。規模は全国に渡る。
これまでの『鳥』の出現・目撃位置と合わせるとほとんどが住所録と一致していた。
「一度出た場所には二度と出ないと思われます」
と宇津良氏が言い、出現した住所を消していく。そして残った住所が『鳥』の出現位置だと主張する。
「……その理由はなぜです?」
「察しはつくでしょう。旧日本軍武蔵野支部ですよ」
塔香としては全く知らないが。
「其処に所属していた通称『岩魚研究所』の名簿です」
ごくり、と息をのむ。レポートのでっちあげただけでずいぶん遠くまで来てしまった。
それにしても岩魚、と来たか。
まさかとは思うがその名は――――いや、今は関係ない。
頭によぎった予感を無理やり押し込めた。
「私は、正直その研究所というのもよくは知らないのです。教えていただければ」
「おや? そうでしたか? それは……」
拍子抜けした風に首を傾げる宇津良氏。
「ま、よろしいでしょう。では少し出かけましょうか」
宇津良氏は地図の一点を指し示すと立ち上がった。
発進する地下鉄。煌々とした広告が過ぎてゆく。
「戦時中の話ですがね。スパイ養成の中野学校とかはご存じで?」
『岩魚研究所』というのはそれと同じ特殊施設。兵器等の軍事物資の開発が主目的。その中心にいたのが岩魚と呼ばれる男。
研究所は正式には陸軍所有の倉庫だった。
「半ば岩魚が私物化していまして、人を殺さずに無力化できるような兵器ばかり作っていました」
望郷の念を起こさせる音楽兵器やら鬼軍曹も泣いて逃げ出す超汚臭兵器などであるという。
地下鉄が止まった。降りて地上に向かう一行。
「あそこは研究施設というより秘密基地みたでしたね。面白かった。それに楽しかった」
そんなある日、岩魚所長が突然ふさぎ込んだと思うと奇妙な研究プランを陸軍に申請した。
『レーダーを無効化した長距離航空機』そんなコンセプトだったらしい。
商店街の裏道へ。やがて住宅街になる。
その兵器は順調に開発が進んでいた。
人体そのものを一機の航空機とする異様なアイデア。内部に搭載されたレーダー消失コイル機構。彼以外にシステムを理解できていた人物はいなかった。
素材である人体は所員から選抜。元より過剰気味だった所員数が抜けてちょうどいい感じだった。
しかし完成間近になって、所長はある告白をする。
『この航空機は米国と戦うモノではない』
騒然となる所員たちを前に所長は隠し持っていたマイクロフィルムで説明した。
米国にいる諜報員によると、米国で今行っているのと同様の実験が戦艦で試みられたという。
結果は失敗。そして、
『副作用で次元の歪みが発生した。このままでは亀裂が広がり続けこの世界は異次元に飲み込まれる』
見せられたスライドには太平洋の空に悪魔の顔をした積乱雲が渦巻いていた。
住宅街の先に公園が見えた。フェンスで囲われている。
「当然非難轟々だ。なんで米帝の尻拭いを、という訳だ」
それを岩魚所長は一喝。
これは宇宙規模の問題だ。本当にお国のためを思うなら頼む。行ってくれ。と土下座をした。
そうして所員たちを納得させ、航空機たちは滞りなく完成した。そうして軍を欺いて三十八名であり三十八機の航空機。『鳥人隊』は帰りの保証のない旅へ船出した。
「ここがその研究所跡です」
夕方の公園。子供たちが走り回っている。
ここは確か、最初に『鳥』が目撃された場所だ。
では、『鳥』の正体とは。
「そう、お察しの通り。旧日本陸軍小隊『鳥人隊』隊長以下三十八名。彼らは日本人ですよ」
その時、子供たちが騒ぎ出した。宙を指さしている。
見上げると遥か上空に鳥の姿。鳥にしては大きい。宇津良氏が双眼鏡を覗いて叫んだ。
「『鳥』だ!」
「あ、ちょっ空飛んでんですよ。追いつけませんって!」
駆け出す宇津良氏。止める塔香。公園の入り口で大騒ぎをしていると個人タクシーが停まった。
いつの間にか消えていた須田が出て来る。
「乗れよ。拾って来てやったぞ」
からん。と須田の下駄が子気味よく鳴った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夕闇が迫る空を見つめながら、崖の上で佇む『鳶』。
つい、と顔をあげた。
「見つけたぞ。『鴉』」
翼を広げ、空中に飛び立つ。夕日に染まる空と雲。
少し遅れて獣道から剣次が顔を出した。
「……珍しいな。今日は来てないのか」
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