五章『動き出す怪人 PANIC』

「運ちゃん、もっと飛ばしてくださいな!」

「おじいちゃん、そう言われてもこの時間帯だよ?」

 確かに交通量が多い。目の前の空にはあの『鳥』がいる。なぜか酔っぱらったようにふらふらと飛んでいてあまり速度は出ていない。

 追いつけるかと思ったが渋滞にはまってしまった。

「あー……これは無理ですね」

「歩道が空いてますよ! 行ってください!」

「宇津良さん! 無茶言わないで……」

 『鳥』を追っているのは塔香たちだけではない。自衛隊と思われるヘリが一定距離を置きホバリングしている。

 突如そのヘリの横腹に光の鎗が叩き込まれた。

 『鳥』の手から、手の中のライフル状の機械からの光線が自衛隊ヘリを貫いたのだ。

 爆散し炎上するヘリは目前の惨劇に目を剥く人々の前で大型ビル屋上へ墜落した。

 『鳥』が大きく進路を変え、加速する。

「あ、ちょ運ちゃん! あっちあっち!」

「無理だって」

 既に幹線道路の流れに巻き込まれている。

 『鳥』の行く先をタクシーのラジオが無機質に告げた。

『飛行物体は吉祥寺方面に移動中』



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 駅前の大型TV画面が普段通りCMを流している。

 その向かいのビル屋上の細いアンテナ上に、ふわりと影が降り立った。誰も気づいていない。

 画面がコマーシャルに切り替わった途端、光が一閃され大画面の左上が吹き飛んだ。

 それを契機に次々と光が発射され人や建物、あらゆるものを貫き破壊していく。

 サラリーマンが頭上を指さして叫ぶ。その先には赤い夕陽を逆光にして。

 ────────『鳥』が翼を広げていた。

 『鳥』がふっと身を傾けて真っ逆さまに落下した。

 地上一メートル辺りで落下を停止し、地面と平行に飛んだ。人々の悲鳴が響く。

 『鳥』は錯乱したように滅茶苦茶に光線を放つ。飛び散るカバン、小物、衣服、血飛沫、肉体。それらをまき散らしながら駆け抜けた。逃げ惑う人々。ショウウィンドウを這うように飛び回りなおも乱射を続ける。

 やがて大画面の広場は静まり返り、ぶちまけられた血肉溜まりの中で『鳥』は力尽きるように着地した。よろよろと立つが全力疾走後のように肩が上下している。

 自衛隊の隊員たちが遅ればせながら現場にやってきた。うなだれたように立ち尽くす『鳥』の周りで銃を構えて取り囲む。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「だー! トロいんじゃ手前は! よこせ!」

「うひ、ちょっとお客さ」

 痺れを切らした須田がハンドルを奪い取り運転手を後部座席に放り込んだ。

「すみません。倍払いますから」

 宇津良氏は謝るが須田を止めようとはしない。

 塔香の制止も聞かず、須田の操る哀れな個人タクシーは『鳥』目がけて対向車線逆走を開始した。

「自衛隊が攻撃を開始したようですが無理でしょう。彼らには、物理的な攻撃がほぼ通用しませんから」

 ラジオの実況を聞きながら宇津良氏が話す。

 『鳥』たちはあのコイル機構による作用で『多次元移動体』と化しているのだという。

 プラズマの一種だが、次元層を任意に移動できるため物理的に存在を消すことができるという。

「……まるで幽霊ですね」

「その通り、かもしれません」

 そう語る宇津良氏の顔は青かった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 隊員が発砲した。だが『鳥』には効いていない。

「昔あの辺りにカフェーがあってな。皆で足繁く通った」

 撃たれながら『鳥』が呟いた。

「美味い蕎麦屋があったな。昼は何時も其処だったよ」

 『鳥』がうつむいたまま一歩踏み出す。

「小うるさい爺さんがいたな。いつも相手してやった」

 鳥面の奥から嗚咽が漏れる。泣いている。泣きながら近づいてくる。『鳥』の異様な圧に隊員たちが後ずさった。

「あそこの店の娘さん……正直惚れてたなぁ」

 もはや銃撃する隊員はいない。完全に気圧されている。

「おい、此処、何て所だ?」

 隊員を見渡して『鳥』が質問した。誰も答えない。

「俺たちは、俺たちの故郷を守るために旅立って、ようやく使命を果たして舞い戻ったはずだ」

 歩み進む『鳥』。

「何だこりゃ? このおかしな世界は何だ?」

 歩む『鳥』がモーゼの如く隊員の群れを割る。

「……一体全体何の冗談だ?」

 豊かな里山。立ち並ぶ瓦屋根。草生す畦道。夕闇の静寂。開通したての列車の騒音。泡色の月夜。雑木林。

「何故」

 戦前の亡霊は悲し気に呻いた。

「何故俺は、帰ってきた?」


「それが貴様の希望だからだ」

 上から野太い品のある声がした。包囲する隊員たちが上空に武装を向ける。電信柱の頂上。極彩色の電飾の上。アンテナの上。電線の上。

「こうならぬよう厳命したはず。同じ理由から帰還を諦め待機に廻った者たち。忘れてはいないだろう」

 他の『鳥』が現れた。五体もいる。

 彼ら五体の視線は、隊員たちに囲まれた黒い『鳥』に注がれている。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 遠巻きに『鳥』と包囲網を見る塔香。宇津良氏は固まっていた。そしていきなり飛び出しそうとするのを現場整理の警官に抑えられる。

「おい爺さん落ち着けって」

 警官と一緒に須田が宇津良氏を取り押さえた。

 ちょうどその背後に、

「……何だよコレ」

 空から降り立った五人の『鳥』をリクルートスーツ姿の真田剣次が見つめていた。



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