第4話

それからわたしとルビーはいつも一緒に本を読むようになりました。二人別々の本を読む事がほとんどで、けれどそれが全く苦ではありませんでしたし、寂しいとも思いませんでした。だって別々の本を読んでいたって、ルビーはきちんと隣にいて、わたしたちは本を読み終われば感想を言い合って、その本を互いに薦め合うのです。とても楽しい毎日はあっという間に過ぎて、わたしはそういえばママにルビーの事は大丈夫だと言うのをすっかり忘れていた事を、随分経ってようやく思い出しました。

慌ててママの元へ行って、ルビーは大丈夫よ、とても素敵な少女なのよ、そんな事を伝えると、ママは穏やかに微笑んでくれました。

「あなたに任せて良かったわ、アイリス。あなたはクレイドルに来るのが早かったからか、みんなのお姉さんだったものね」

「ええ、だから大丈夫よママ。ルビーとはわたしが仲良くするから」

「わたしに恋をしてくれそう?」

「どうかしら。だってルビーは特別だもの」

ほんとうはそんな事にはならないわ、と言い切れるだけの自信があったのですが、わたしはママにそれを隠しました。だってルビーはママなんて見ないから。ルビーの目は、いつだって本を、そしてたまに、わたしを見ています。わたしはそれがとても誇らしくて、ルビーの目が他に向く事が無い事にだって自信がありました。だけどみんなのママであるママにそれを教えるのはいじわるだと、わたしはそう思ったのです。

「ルビーはとっても素敵よ。色んな事を知っているし、それを教えるのがとても上手いの。それに笑った顔がとても可愛くて」

「アイリス」

ママのガラス玉のような瞳がわたしを映します。わたしは、それで、違う、自分の気持ちを知りました。

本当はママにルビーを好きになってほしくなかった。ルビーはわたしだけの少女であってほしかった。だからママにルビーを見て欲しくなかったし、だけどルビーの事を自慢したかった、わたしはそれだけでした。

「何?ママ」

「……大きくなったわね、アイリス」

ママの手がこわばるわたしの頬を撫でました。その手がひんやりしていて、ああママは少女ではないのだと――人間では無いのだと、そういう事を、思い出しました。

そして、ああ、そうか、わたしは思い出しました。ここはクレイドル。神さまの管理する少女の揺り籠。ここでの夢はここだけのもの。わたしたちは少女で無くなれば、ここでの事を綺麗に忘れてしまうのです。

そんなのは嫌。わたしはクレイドルに来てはじめてそう思いました。ルビーとお別れなんてしたくない。怖い、もしかしたら生まれて初めて、そう思いました。

「ママ、わたし、ルビーの事忘れたくないわ」

「そう……」

ママの手が頬から目に動きます。私の瞼を撫でたママは、小さな声で言いました。残念だわ。

「あなたもう、少女じゃないのね」

ママが――神さまが、わたしを少女でなくしてしまう。わたしは急いで神さまを突き飛ばしました。そしてそのまま走り出しました。ここにいたらわたしは夢から醒めてしまう。それだけは絶対に嫌でした。わたしはルビーの側にいたかった。ルビーともっと一緒にいたくて、ずっとずっと一緒にいたくて、少女のままでいたかったのです。

「待ちなさい!」

神さまの声が聞こえて、少女たちがわたしを追いかけました。わたしは逃げるようにして走り、ただただ心の中でルビーを呼び続けていました。

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