方舟にて
旅の夢と云へば、先ず挙げるべきは汽車の旅であるが、時には船旅や宇宙旅行の如きものも見る。
先日見た船の夢が大変に印象的であったので、忘れぬうちに此処へ書き残す。
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〈某日〉
屋形船の如き船であった。
とは言え船内は存外広く、古い木造の座敷が幾つも並ぶ様は老舗の観光旅館を思はせた。
見知らぬ団体客が、昼間から宴会を催している中に、何故か小生も混じって座っている。
船は何処か遠くへ行かんとしているらしかった。
船底に降りて行くと、握り飯の様な、餅の様な携行食を売る店があり、薄暗がりの中で店仕舞いの気配がする。
小生が客だと分かると、店の者は「これが最後だ」という様な事を言って、その、握り飯の如き餅の如き塊を売って呉れた。
私より後から行った者は買う事が出来なかった様だ。
我々の屋形船はやがて、中継港に入った。
様々な船が、打つかりもせず静かに犇き合っている。
我々の屋形船は、停泊中の巨大な一隻を、ゆっくりと追い越してゆく。
その船が余りに鴻大であるのを見て、我々は恐怖と畏怖の念に泣いた。
これから我々が乗り換える筈の船は、それよりさらに巨大である事を、皆知っているのだ。
「泣いた?やっぱり泣くよねえ!」
興奮気味に話しかけて来た女を見ると、それは小生の愚妹であった。
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その畏れ多き巨船に如何にして乗り換えたのか、よく解らない。残念である。
小生は相変わらず観光旅館の如き空間におり、渡り廊下で旧知の婦女と鉢合わせて驚いた。
彼女は当然の如く、小生を同行者として待っていた。
どこか瀬戸内沿いの村で所帯を持ち、今は夫君と自然農を営んでいると話には聞いていたが、彼女がこんな所に現れるのは如何した訳か。
彼女は昔親しくしていた頃の娘姿のままであったので、小生は当時の彼女に対する感情を思ひ出して、少しく、胸が温かくなるのを感ずる。
しかし心躍ったのも束の間であった。
男湯と女湯の如きsystemであろうか。彼女と小生とは別々の船室に振り分けられた様で、其れ切り、彼女の姿を見る事は無かった。
船室には、無機質な座席が同じ方を向いて何処までも並んでおり、着席した客は、ベルトで身体を固定する事を求められた。
そして、前方に備え付けられた本棚から、それぞれに本を一冊づず宛てがわれる。
小生に与へられたものを見ると、何故か、簡体字で書かれた日本語の教本であった。
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夢の覚め際、その船が滝の如き大河を渡って行くのを見た。
濁流の中で平然と沐浴する異国の人々が、小さく見える。
小生は、あれから何処へ行ったのだろう。
夢路奇譚 ヌイイト @nuiito
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