展覧会の女の絵
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〈某日〉
小生は若い会社員風の男で、背広姿のまま、美術館巡りの如きtourに参加している。
tourの参加者の中に、露出度の高い派手な格好をした若作りの女がおり、小生は何やら苦々しい心持ちになる。
彼女はこのtourが不満のようで、参加者の中で、明らかに一人だけ浮いていた。こんな美術品には興味が無いし、正直よく分からないの。そう言っておるかのようであった。
そのケバケバしい女は、自分も作品を創っているのだと言って、何枚かの絵を小生に見せた。
自分の胸元から膝あたりを写真機で撮ったようなangleの絵で、前衛的なのか、卑猥なのか、小生にはよく分からなかった。
ただ、最後の一枚だけ、女の絵は全く作風が違った。
それはセピア色のペン画で、ロンドンかどこかの街角に座り込む、老人の絵であった。
その瞬間、舞台はそのセピア色の絵の中に変わる。
駅であった。
ここを通る汽車を止めなければ、何か大変な事が起こる。
そういう緊迫した場面であった。
画面はいつの間にか劇画調に変わっており、鉄橋の天辺に立った黒髪の女を映し出している。
女は赤ん坊を抱き、傍らには夫らしき男がいる。
女は今から、己の持つ強大な力を使って、正面から走って来る汽車を、時空間ごと止めようとしているのだ。
時空間が千切れて、すさまじい衝撃が三人を襲う。
左腕と絶叫だけを残して消滅する父親。
後頭部から背中にかけて大怪我を負う母親。
右目を負傷しながら、風の中を落ちて行く赤ん坊。
ああ、この赤ん坊が私だったのだ…
小生は奇妙なloopに気付きながら、風の中を落ちて行く。
そういえば、あのtourの途中で、後頭部から背中にかけて大きな傷痕のある黒髪の女を見た。
嗚呼。
いけすかないと思ったあの若作りの女は…この世界を絵に描いたあの女は、本当に卑猥なだけの、嫌な人物だったのか?
そんな疑問が頭を過ぎる。
この出来事の真相が知りたいか?
ならば、「それは、ケルト………という事か?」と問い続ける可し。
遠くで誰かがそう教えて呉れた。
しかし、「ケルト………」が何なのか確認するより前に、現実世界の小生の隣で寝ているヌイ子が目を覚まして泣き出したので、オロオロと泣き止ませている間に、その言葉はそれっきり思い出せなくなってしまった。
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