第4話 二人きりの書斎



「お兄様食欲がないの?」


アンが向かいの席から心配そうに見つめている。

彼女は半分ほど朝食を食べ終えているが、僕はまだパンを一口食べただけだ。


「あら、体調が悪いのかしら?」


アンの右隣から母、マイラも心配そうに僕を見る。


「少し頭が痛いだけだよ、心配しないで。」


笑顔で答え、パンをまた一口食べた。

母とアンに心配を掛けたくなかったので、食事を完食したい。

しかし、なかなか進まない。


あの後、父と僕はオリバーに促され身支度を整えた。

食堂に向い、朝食を食べているが頭の中は巻き戻りのことでいっぱいだ。


「エドワード、二人で少し話したいことがある。食後に書斎に来てくれ。」


そう言うと父は勢いよくパンや、卵、サラダを口に運び、牛乳で飲み干した。

フルーツも次々口の中へ放り込むようにして食べていく。


「あなた、マナーが悪いわよ。」


母の小言も無視し、すごいスピードで朝食を完食して席を立つ。

そのまま食堂を出て行った。


残された僕は卵とフルーツを少し食べた。

母がアンに父の態度への愚痴を話し、僕にも同意を求めたが話が入ってこない。

適当に相槌を打ち、僕も席を立った。


「まあ!エドワードまで!!!」


後ろから母の怒りの混じる声が聞こえたが、直後にオリバーの声がしたので多分大丈夫だ。

我が家の有能な執事は母の機嫌の取り方を、夫である父よりも把握しているから。




コン、コン、コン。


父の書斎のドアを3つノックし、父からの返事を待った。


「入れ。」


父の返事を聞いてから少しずつドアを開け、本と書類で溢れる書斎へと入室する。

壁は本棚で埋まり、その全てに本がギッシリと詰まっている。

その中心に大きな机があり、座る時に動かすのが大変そうな大きな椅子がある。

そこへ父が座っていた。

僕は音がしないよう静かにドアを閉めた。


肘をついて手を組み、手で口元を隠して座った父は雰囲気がある。

体格が大きく、もみあげと口元の髭が繋がっている険しい顔。

どんな言葉を発するのか、僕は机の前で何も言わずに待った。


しばらくすると父は組んでいた手を解き、机を バン!!!! と両手で叩いた。


「ねえ!!!どういうこと!!??

婚約発表って昨日だったよね???

なんで今日6月なの!!!

え???12月だったよね???

なんでジョージが居るの!!!!???

帰ってくるって聞いてないよね???」


さっきまでの雰囲気はどうしたのか。

慌てた様子で僕に次々と疑問を投げかける。


「こっちが聞きたいよ!!!!

12月だったのに6月って何!!!!

向日葵だよ!!!冬なのに向日葵!!!

なんでだよーーー!!!」


人前では父に敬語を使うようにしているが、二人きり、この状態なのでもう敬語も何も使ってられない。

叫ぶ僕の口を机から身を乗り出して父が両手で塞ぐ。

そして小声で話し出した。


「落ち着け、エドワード。

どうやら昨日が婚約発表だったと思っているのは我々二人だけのようだ。アンも、マイラも、オリバーも、屋敷のみんな6月なのが当たり前だと思ってる。

我々の頭がおかしいと思われるぞ。」


父の言葉に息を呑んだ。

確かにそうだ。

父と僕以外誰も変わった様子はない。

父の手を話し、僕も小声で話す。


「僕ら二人だけが、半年間時間が巻き戻ったってことだよね?」


再び椅子に座った父が項垂れる。

ブツブツ一人で言っているので耳を澄ました。


「巻き戻る?時間が?俺とエドワードだけ?」


父もこの状況が理解出来ないようだ。


「父さん、巻き戻ったってことはあの未来を繰り返さなくて済むってことだよね?」


父が僕の声に顔を上げ、目を見開いてこちらを見ている。


「そうだ!!!そうじやないか!!!

今からならあの女の嘘を暴けるし、アンを守ることが出来る!!!!」


先程の暗かった表情からどんどん明るくなり、朝から青かった顔が赤らんでいる。



僕は昨日のことを思い出していた。

悪夢のような昨日を。





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