最終話 完全なる敗北。

「佐渡送り……!!」


 その言葉を聞いた瞬間、一馬は膝から崩れ落ちた。


 ――佐渡送り。


 文字通りそれは佐渡ヶ島さどがしまの金鉱に人足として労役につく懲罰刑をさす。

 だが、佐渡に送られて無事に帰ってきたものはいない。

 なかでも坑内の地下水を排出する水替人足みずがえにんそくは過酷そのもので、たいていは労役に就いて三年以内に体を壊し死亡する。

 佐渡送り。それはまさに死刑と同義語であった。

 いや、死刑ならばまだいい。苦役の生き地獄の果てに過労死するのだから最も厳しい極刑といえる。


「佐渡の人手不足は深刻でして、あなたさまのような若い働き手を必要としておりますゆえ……」


「……なんとか……なんとかなりませぬか?!」


「わたくしも辰峰を追われる身。そんなわたしに決定を覆す権限も方策もありませぬ」


 にべもない言葉であった。

 一馬は床に膝をついたまま徳兵衛を見あげた。


「……ッ!」


 このうえもない冷酷な表情であった。一瞬、同情らしき陰影を目元に刷いたのも束の間、徳兵衛は冷徹な視線を一馬に注いでいる。


「…………」


 一馬は了解りょうげした。それもこれも父・徹山が日下乱蔵を仕留めそこなったからであろう。そして息子の一馬もむざむざと奸計にはまり虜囚の辱めを受けている。

 徳兵衛はつづける。


「わたしが今日、わざわざこの場にまかり越したのは、あなたに覚悟を定めてもらうためです」


「覚悟……?」


「それがせめてもの慈悲と心得ましたゆえ……」


「しっ、しかし!」


「うろたえなさるなッ!」


 それは牢内の空気を震わす一喝であった。徳兵衛は一馬に向かって初めて感情を露わにしてみせた。


「!…………」


 一馬が視線を床に落とす。絶望が見えない重しとなって一馬の頭上にのしかかる。


「……あなたさま親子は負けたのです。完全に」


 その一言を残して徳兵衛は背中を返した。

 一馬はもう、その姿を追わない。

 外鞘の締まる音だけが耳に響く。


「……完全なる敗北」


 思わず口にだしてつぶやく。

 父に憧れ、最強の剣士を目指して修行した毎日の行く末が佐渡ヶ島とは……。


「ハハハ……フハハ……ハーッハッハッハッハーッ!!」


 一馬はわらった。

 狂ったように独り嗤いつづけた。




     秘剣刺影人 了。

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秘剣刺影人~ひけんしかげにん 八田文蔵 @umanami35

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