第拾弐話 すべての答え
夕闇が濃い。
一馬は仙石屋をでたその足で曽根山通りにあるという居酒屋『はまゆう』に向かった。
――そこにすべての答えがあります。
……と、仙石屋徳兵衛はいった。
ならば確かめねばならない。自然と早足となった。
赤提灯が見える。
『はまゆう』と墨痕鮮やかに書いてある。その字は父の筆跡に似ている。
格子戸を開け、一馬は小体な居酒屋の暖簾をくぐった。
「いらっしゃい!」
女将らしき女性が仕切台の向こうから顔をのぞかせた。
客はいない。まだ仕込みの最中のようだ。
「ちょうどいま、店を開けようと思ってたところなんですよ」
「仕込み中」という札を見忘れて入ってしまったようだ。慌てて外しに出ようとする女将を一馬は制した。
「いや客じゃないんだ。あなたに用があってきた」
女将が小首を傾げる。歳は三十路を過ぎたばかりか、どことなく仕草や表情に艶がある。
「わたしの名は寒河江一馬。寒河江徹山はわたしの父だ」
「ッ!!」
艶っぽい笑顔がみるみる驚愕の表情に変わってゆく。
「あなたが……一馬さん」
「わたしを知っているようだな」
「徹山先生から聞いておりました。わたしには道統を継がせたい息子がひとりいると……」
「父上は亡くなられた。だれかに斬り殺されたのだ」
「!…………」
刹那、衝かれたような表情を女将は浮かべたが、それも一瞬のこと、たちまち諦念とも思えるような曇りが目の縁にあらわれたのを一馬は見逃さない。
(この女将は……まさか?!)
一馬も子供ではない。どういう関係かはあらためて問うまでもないだろう。
父・徹山は刺影で得た金子を女将とこの店に注ぎこんでいたのだ。
第拾参話につづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます