第拾壱話 堕ちた剣客

 辰峰藩は他藩と同様に藩主を推戴すいたいする大名である。

 だが、その実態は権力が分散する小領主連合であり、利権を巡って内紛が絶えることはなかった。


 そこに目をつけたのが徳川幕府である。

 幕府は影と呼ばれる公儀隠密を差し向けて内紛の実態と証拠をつかみ、改易に追い込もうとした。

 辰峰藩を天領とすることで財政を建て直そうとしたのである。


「ご藩主の常忠公は、潜入してきた影を人知れず始末するよう側近の方々にお命じになられ、わたくしどもがその仲介をするようになったのです」


「つまりは藩御用達の殺し屋を父は営んでいたと……」


 一馬は信じられなかった。いくら活計を得るためとはいえ、矜持を高く保ってきた父が殺し屋に堕するとは……。


「事実です。お父上がいままで手にしてきた金額は総計で五百両をくだりますまい」


「そんなに……!?」


 だが、暮らしぶりは極めて質素で、家はいまにも朽ちかけんばかりの草庵である。そんな大金をどこに費やしてきたのか?


「わたしの言葉が信じられぬのなら、曽根山そねやま通りにある居酒屋『はまゆう』を訪ねにいってごらんなさい」


「はまゆう……」


「そこにすべての答えがあります」


 そういうと徳兵衛は父の陶器を押しやるようにして立ちあがった。


「刺影不首尾ということで五十両の払いもどしといたします。期限は五日。遅滞なきようお願いしますよ」


 徳兵衛は去った。

 戸惑う一馬に冷淡な一瞥を残して……。




   第拾弐話につづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る