第九話 陶器の裏底

 無人と化した庵のなかで一馬は沈んでいた。

 狭い侘び住まいだった寓居がいまはやけに広く感じる。

 あれ以来――

 一馬は剣の稽古を行っていない。

 庵のなかに引きこもったままだ。


 父は斬られた。

 何者かに。

 だれに斬られたかを探るよりも、負けたこと自体が悔しい。

 父が創始した空心流も極めること、それが即ち最強無敵の道だと信じていた。


 だが、それは違っていた。無双でも不敗でもなかったのだ。

 その事実が彼に鬱屈をもたらし気力を萎えさせた。

 つと立ちあがると、一馬は陶器が並んだ壁の棚に足を向けた。

 いまは形見の品となった鎧通しもそこに飾ってある。


 一馬は父の作品のひとつを手にとった。

 ざらざらとした質感と厚みが素朴な風合いを醸しだしている。


「ん?」


 陶器をひっくり返してよく見ると、底部の裏になにやら薄墨うすずみで描いたような文様が刻まれている。


「これは……」


 一馬は気になって他の陶器の裏底も調べてみた。

 やはりなにか描かれている。

 目を凝らして見つめなければわからないほど淡く、いまにも消え入りそうな図柄だ。


(これになにか意味があるのか……?)


 気になってさらに調べようとした、そのとき――


 訪いの声もなく、いきなり庵の戸が開いた。

 はじかれたように振り向く。

 番頭の嘉平が立っていた。


「主人、徳兵衛がお呼びです」


 命令だといわんばかりに嘉平が告げた。




   第拾話につづく

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