第八話 不敗の終焉

 それから三日後――


 思いも寄らぬ報告を一馬は受けた。

 番所の役人がやってきて死体を検分せよ、という。


 嫌な予感を覚えつつも一馬は役人に同道して尾根を伝い、殺害現場である沢へ降りた。

 むしろがかけられていた。

 手先の番太ばんたが筵をめくる。


「ッ!!」


 声にならない悲鳴が漏れた。

 それは父・徹山の遺骸であった。

 袈裟懸けに斬られている。

 右手は愛用の鎧通しを握り締めたままだ。


「そんな……そんな莫迦なッ!」


 思わず叫んでいた。

 父は無双の剣客である。無双不敗の剣客が、だれかに斬られて果てるなんてことがありうるだろうか?


「そなたの父御ててごか?」


 役人が確認の意味を込めて訊いた。

 一馬はうなずくことしかできない。

 父の遺骸の傍らに力なくくずおれた。


「懐中のものがなかった。おそらく物盗りの仕業だろう」


 役人が断じた。

 ただの物盗りごときに父上が斬られるはずがない!

 一馬は怒鳴りつけたかったが、かろうじて堪えた。役人に怒りや悲憤をぶつけたところで詮なきことだ。


「形見としてもらいうける」


 一馬はそういうと、父の手に握られた鎧通しに触れた。

 役人が黙認する。見たところ、ありふれた短刀である。事件解明の手がかりにはなるまいと見当をつけているようだ。いや、そもそも探索に乗り出すかどうかもあやしい。


 死してなお、きつく握り締めた指をひとつひとつ丹念にほどいて、一馬は父の形見を手にした。

 帯に差し込まれたままの鞘を引き抜いて刃を納める。

 その刹那、一馬の両の眼からみるみる涙がこぼれた。

 肩がわななき、背中が震えた。

 父の無念が乗り移ったかのように一馬は嗚咽を漏らした。




   第九話につづく

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