覚悟
「桜木、そんなとこにいたのか」
女性の向こうから、優一達が大樹に近づいてくるのが見えた。
ゆづるも一緒に近寄ってきたが、二人とも綺麗な謎の女性に気が付きに戸惑っていた。
「えっと、この人は?」
「……神、だってよ」
素っ頓狂な答えに、きょとんと呆ける二人を無視し、大樹はその神に話しかける。
「そんなことより、教えてくれ。水菜が生きてるって、どういうことなんだ」
その大樹の言葉に、二人は「えっ」と声をあげて驚いていた。
そして、神と名乗った女性、エレーナはこくりと頷く。
「ええ、お話ししましょう。私の世界と、その危機について」
# # # #
「私の世界には、大きくわけて三種の生物が生息しております」
美しい女神は、木製のやすっぽいベンチに腰をかけながらそう話し出した。
立って話すのもなんだからという理由で、いま大樹たちはグラウンドの近くの木のテーブルを挟んだベンチを三対一で座っていた。
大樹の両脇に座る優一とゆづるにはなにがあったかをすでに話してある。
水菜が生きているという話にまず驚き、相羽も生きていてまた現れたという話にまた驚き、そして異世界という話に腰を抜かしていた(主にゆづるが)。
「人間、魔人、そして魔物です」
女神は、三つあげた指を丁寧におりながら説明する。
「魔人? 魔物?」
ゆづるが、聞きなれない単語に首をかしげる。
「魔人というのは、人間とは別の身体組織をもつ生き物です。人間に比べ力が、身体能力が高く、また魔法にも長けています」
「エレーナさんの世界には魔法があるんですか?!」
信じられない、といった顔ながらも、目を輝かせているゆづる。もしかしたら、子供心に魔法使いになりたいと思っていた口なのかもしれない。
そんなゆづるに対して「ええ」と微笑むと、エレーナは手の平を上に向けた。
すると、その上に大樹を救った時にも見えた魔法陣が現れ、その上で発火が起こる。
明らかな超常現象に三人とも驚きを隠さずにいた。とくに、ゆづるはさらに目を輝かせている。
「そして、魔人でも人間でもない生き物の総称を魔物と言います」
「本当に、そんな存在が実在するなんて」
エレーナが手を握ると同時に、その魔法陣と炎が消える。
魔法を実際に見たからか、半信半疑で聞いていた優一も、エレーナの話に耳を傾けるようになっていた。
「私の役目は、ラメールに住む魔人と人間、そして魔物のそれぞれの秩序を守ることです」
「人間と魔人はともかく、魔物の秩序も?」
訝しむ大樹のつぶやきに、「はい」と頷くエレーナ。
「ラメールには、私を含め四人の神々がおり、それぞれの領分にいるありとあらゆる生き物の均衡を保つために努めているのです」
悲劇を助けるため、とかではないため、よほどのことがない限りは神が世界に干渉することはないのだとか。
「なるほど。人間だけではなく、本当にその世界自体を守る神なのですね」
「その通りです」
優一が関心したようにつぶやく。
エレーナの話では、四人の神の尽力により、いじこざはあるものの、ここ数百年ラメールでは世界を巻き込むような大きな争いはなかったとのこと。
「しかしいま、私共の世界は危機に瀕しています」
「危機?」
先にもあったとおり、よほどのことがない限り神は世界に干渉しないという。
そしていま神が動いたということは、その〝よほどのこと〟があったということだ。それも、異世界までやってくるほどの。
「数年前、四人いた神の一柱が、とある者によって殺されました」
殺された、という単語に、三人は息をのんだ。
あまりにも平然と放たれたその言葉の重さに、ことの重大さを認識させられる。
「殺されたって、神様が?!」
「ええ。神とは言っても、我々は特別な力を持つだけで他の生き物と変わりありませんから」
そういうエレーナ自身も現実離れした美しさを持つが、人から逸脱した姿をしているわけではない。
たとえ神でも、死ぬときは死ぬということなのか。
「なんで、そんなことを」
「神々がもつ、『特別な力』を狙ってのことでしょう。幸い、その神の抵抗によりその力が奪われることはありませんでした。しかし一柱が崩されたことにより、ラメールの均衡が徐々に崩されてしまったのです」
神の死を人間達が察知することはなかったものの、その影響は間違いなく世界に広がったという。魔物の凶暴性が増し、一部の魔人が人を襲いはじめ、元々魔人への迫害が強かった人間は、その思いを一層強くした。
そしてそれをさらに促しているのが、例の神を殺した者とのことだ。
「その者の名は、ノーエン・ノーデー。世界を破滅へと導こうと企む者です」
世界の破滅。
規模が大きすぎて、大樹達には想像もできなかった。
「世界の破滅なんて、なんでそいつはそんなことしようとしてるんです?」
「わかりません。私にも、すべてがわかるわけではないので」
世界を滅ぼすなんてこと、よほどのことがない限り考えようともしないはずだ。
それこそ、人生を変えるようなことがない限りは。
「彼の計画を阻止するためには、力を持つ者が必要なのです」
「そのために、桜木をその世界へ連れていくと?」
「はい」
それはつまり、大樹に世界を救ってほしいと、そう言っているも同然だった。
「で、でも、なんでわざわざ別世界の人にやらせる必要があるんですか? その世界の人間とか魔人とか、それこそエレーナさんみたいな神様がすればいいじゃないですか」
そのゆづるの疑問は最もだった。
わざわざ地球の人間にやらせる意味がわからないし、そもそもそんなことできるとは思えない。
「……その者の計画を阻止するためには、強力な力が必要なのです。それこそ、神をも打ち破るほどの力が」
それに対し、エレーナが淡々と答える。
「私共の目的は、世界の均衡です。私共の世界の者に力を渡せば、世界の破滅を防げても、均衡が崩れてしまうのです」
世界の破滅を防ぐために、世界の均衡を崩してしまえば、本末転倒だ。それはまた大きな戦いの火種になると、エレーナはいう。
英雄は、また別の戦いの引き金になりうると。
「それに、私たち神々が世界に直接手を出すことは、できないのです」
「なんで、」
「理由は各々あります。私の場合、禁止されている、とまでしか言えませんが……」
曖昧な言い方には、なにか隠されたことがあることをほのめかしていた。
「だから、そっちの世界と無関係の桜木にやらせる、と」
その説明に、優一はまだ納得がいってない様子だった。
エレーナがなにかを隠しているというのが分かったからでもあるが、理由は他にもあった。
「納得していただけませんか?」
「はい。そもそも、なんで桜木なんですか?」
それも、もっともな理由だった。
むしろ、優一にとってはこれこそ聞いておきたいことだった。
綺麗に言っているが、それは彼を死地へと送る行為だ。
ただの高校生の彼を。優一の親友の、大樹を。
「適任者なら、他にもいるはずです。それこそ、軍人や、格闘技をしている人とか」
「……すいません。いまは、まだ……」
「言えない、ってことですか」
つまり、目の前の神は理由は言えないけど最悪死ぬ危険な場所に行ってくれと、そう言っているのだ。
優一としては、とても許容できることではなかった。
「そんなの、」
「そんなことよりも」
しかし、当の大樹は、そんなもの気にしていなかった。
大樹は、そんなものよりも大切なことがあった。
「水菜がそっちの世界で生きているってのは、本当なのか?」
その言葉に、エレーナは「はい」と頷く。
大樹達は、息をのんだ。
「海に落ちた飯田水菜さんは、波にもまれ、私共の世界へと転移し、現地の人間に拾われ、いまはとある町にいます」
それを聞き、大樹は思わず涙がでそうになった。
瞳がうるおい、目の端に水が溜まっていくのがわかる。
とっさに右手で目を覆い、顔を伏せた。
「よかった……くそ、本当に、よかった……」
押し殺したその声からは、喜びと安堵の気持ちが漏れ出ていた。
ゆづるも涙をながして、「なっちゃん……」と親友の生存に安堵し、優一も微笑み「よかった」と呟いた。
「じゃあ、いますぐにでも飯田くんをこっちの世界へ戻してもらって」
その優一の言葉に、しかし、エレーナは悲痛な面持ちで首を振り、「……できません」と呟いた。
「な、どういう、」
「私は、こちらからラメールへと送る方法は知っていますが、あちらからこっちの世界へと送りかえす方法を、知らないのです。ここにいる私も、分身のようなもので、実際にいま私がいるのはラメールの世界なのです…」
その言葉に、ついに優一が声を荒げた。
「ふざけるな! 戻れないってわかってるのに飯田くんどころか桜木まで連れてくって言うんですか!?」
その怒りは、最もだっただろう。
勝手な理由で連れて行き、行ったらもう戻れないなんて、ふざけているにもほどがある。
「落ち着いてください。私は知らない、と、そういっただけです」
しかしエレーナは取り乱すことなく、そういった。
「どういう、」
「相羽愛、という人物をご存じですね」
予想外のその名前に、大樹達は、とくに、優一は目を見開き驚く。
「相羽さんに、なにか関係が?」
「相羽愛は、私共の世界へ来訪しています」
優一の質問の答えに、さらに三人は驚く。
「なんでそんなことを」
「相羽愛は、私共の世界の法、魔法を使用しているんです」
それを聞き、大樹はふと思いだした。
あの細い体から発せられる力もそうだったが、微塵も感じない気配に、さらに言えば先ほど大樹を襲った時、逃げるときにやつはどうやって逃げたか。
消えたのだ。
なんの前兆もなく、唐突に。
それに、やつはあの日、海に落ちたはずだ。
あの、荒れ狂う海に。
それなのに、五体満足で大樹の目の前に姿を現した。
明らかな異常だ。
「でも、待ってください。相羽さんがそっちの世界に行ってるってことは……」
「はい。相羽愛は、私共の世界から帰る方法を知っている、ということになります」
思いがけない事実に、戸惑いを隠せないでいる三人。
たった一時間の間に、あらゆる常識が覆された気分だった。
「桜木大樹さん」
いまだ戸惑いを隠せない大樹に、エレーナは立ち上がり、改めて向き直る。
美しく、その奥に気高さをも秘めたその瞳が、大樹の目を見つめていた。
「お願いです。私共の世界を、私たちを、救ってください」
深々と、頭を下げるエレーナ。
突然いろいろなことを聞かされ、まだわからないことだらけで、しかもエレーナ自身はまだなにかを隠している様子だった。
それでも、その声には、願いがこもっていた。
助けてくれという、思いがこもっていた。
「どっちにしろ、水菜を連れて帰らなきゃならないんだ」
目の前の、女性のために、水菜を、助けるために。
「やってやる。世界を、救ってやる」
大樹は、覚悟を決める。
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