旧友と事情
目的地に着いたはいいけど、別にやることを決めていたわけではないんだな。そうだな、それじゃまずはコンビニへ行こうかな。あえてコンビニがいいんだ。銀行もスーパーも近くにあるけどね。え?空かい?言うほどいい天気でもなかったよ。いたって普段通りだったさ。まったく、つまんないね。それじゃあ、金を引き出そうか。数万もあればとりあえずなんだってできるだろう。まずはその引き出した金で水と飴玉をひとつ購入したよ。コスパがいいんだな、こいつは。うん、やっぱりコンビニは良いや。一番は深夜が良いんだけどさ。この、なんていうかな。何故って聞かれると説明はできないけど、「自由」を感じられるんだ。僕の場合はね。ああでも、ここのコンビニの店員は綺麗なお姉さんだった。僕としては、冴えないおじさんの方がしっくりくるんだよな。そっちの方が、「自由」っぽさがある気がするんだ。これも何故って聞かれたら説明はできないんだけどさ。僕の頭の中をぽいっと取り出して、見せることができたらわかってくれると思うんだけどな。そりゃ無理な話だってもんだよね。
コンビニを出たら、また何をすればいいのかわからなくなっちゃってさ。とりあえず適当に歩いていたらベンチがあったから、そこに座って途方に暮れていたんだ。そしたら、珍しいことに僕に声をかけてきた人がいたんだよ。
「ねえ、あなたナル君よね?お久しぶり。私のこと覚えてる?」
ああ、この子は中学の時にクラスメイトだった子だ。名前は…えっと、芹奈さんだったかな。なんだか雰囲気があの頃と少し変わったかな。それも当然か。もうあの頃から随分と時間が経っているわけだし。変わってないのは僕だけさ。まったく。
「やあ、久しぶりだね。もちろん覚えているよ。僕になにか用かな?」
ああ、いけない。きっと芹奈さんはたいした用事もないのに話しかけたに決まってるんだ。久しぶりに会う顔だから懐かしさを感じてね。なのに僕ってやつはすぐに用があるかってことを聞いちゃうんだ。多分だけど、相手はあまりいい気分じゃないんだろうな。返答に困ってしまうからね。こういうところが駄目なんだよ。僕は。
「ええと、今日はどうして外に?私は学校がはやく終わって帰りだけど、ナル君もそうなのかなって気になっちゃったの。」
彼女は随分と気が利くようだ。用がないなんて言わずに、話題を作ってくれるとはね。でも、その話題を出されると今の僕は少し参っちゃうな。
「僕は…学生じゃないよ。働いてる。いいや、正しくは働いていた、かな。昨日まではね。」
そうさ。僕は今日から自由の身なんだ。だから旅に出たのさ。まあ、昨日の夜に仕事は今日で辞めますとメールを送って勝手に辞めたんだけど。ああ、自分勝手だってのはわかってるよ。でもさ、面と向かって話すなんて僕にはできなかったんだ。僕はとんでもなく度胸がないんだからね。
「そう…そうなのね。ねえ、どうして仕事を辞めちゃったの?聞いてもいいかしら。」
彼女は僕が仕事を辞めた理由を聞いてきた。気が利くのか利かないのか、よくわからないな。
「あー。話すと少し長くなるけど、君はいいのかい?」と僕は言った。
「ええ、私は大丈夫よ。」
おっと。長くなるなら聞かないだろうと思ったんだけどな。これ、もう話すしかないよな。はあ、仕方ないや。まあいい、腹を割って話すとするかな。
「わかった。それならまず聞いてほしいのは、仕事をする理由からだ。これは、三つしかないと僕は思っているんだ。まず一つ目。これが一番多いと思うよ。生きるためだ、生きるには金がいるからね。そして二つ目。自分の好きなことをするため。これにも金が必要な場合が多いよね。最後、三つ目。仕事自体が好きだから。自分の好きなことが仕事なら、それだけで理由になるよね。これを踏まえた上で僕は考えてみたんだよ。そしたらさ、僕にはなんにも当てはまっていなかったんだ。生きたいわけでもない、死んだっていいって思ってる。それに好きなこと、趣味、好きな人、どれも僕にはないんだ。そんで、仕事は大嫌いさ。これが一番の理由だよ。あれは僕の人生が始まって以来、一番の苦痛だったね。だから辞めた。それだけだよ。僕はどうしようもない社会不適合者さ。」
さあ、話したぞ。こんな話を聞いたって誰もいい気分にはならないだろうね。でも、彼女は自分から聞いてきたんだ。僕だって話したいわけじゃなかったんだから、後悔したって知らないさ。
「話してくれてありがとう。とても分かりやすかったわ。ええと…あなたが決めたことだし、その選択は間違っていないと思うの。でも、でもね。どうか死んでもいいなんて思ってほしくはないの。あなたがいなくなると、悲しむ人が必ずいるわ。」
こんな話をしたにも関わらず、彼女は僕を気遣ってくれている。こんな人間は本当に稀だよね。でも、死ぬななんてさ、僕には言わないでほしかったんだ。簡単に言ってくれるよ。口ではそう言っても、責任なんてとってくれやしないのにな。悲しむ人だって、いないんだよ。本当に。それにさ、彼女には「死んでもいい」と少しクッションを置いて言ったけど、本当は違うんだ。僕は、死を求めているんだ。だから死ぬななんて、無責任なことを簡単に口にされると腹が立っちゃうんだよ。そしてさらに、気遣ってくれたのにこんな思考に至る自分にも腹が立つんだ。最低の屑さ。ああ、本当に嫌になってきた。これ以上彼女と話しているとどうにかしてしまう気がする。もう行こう。行く当てはないけど、今ここで彼女といるよりはましさ。
「そうだね。君の言う通りだ。ありがとう。僕はもうそろそろ行かなくちゃならないから、ここでお別れだ。またいつか。」
そう言って僕は立ち上がった。思ってもいないことを口に出した自分に吐き気がしたよ。
「ええ、わかったわ。それじゃあまたいつか。」
僕はすぐにその場を去った。そして彼女が見えなくなってから大きくため息をついた。なんだか疲れちゃったよ。ああいう人間は、僕とは違う世界に生きているんだ。ほんとさ、そういうのがこの世界の嫌なところなんだよ。まったく、参っちまうよな。僕もあんな風に考えられる人間だったら良かったのにな。なんだか悲しくなってきちゃったよ。この悲しみはいったいどうしてやればいいんだろうね。僕には考えてもわからなかった。それでまた、悲しくなってしまったんだ。
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