17時と鐘の音

積星針

旅の始まり

 話っていうのは、入りが本当に難しいものなんだよ。「あのさあ、昨日のテレビ見た?」なんて共通の話題なんて、全く知りもしない人に通じないじゃないか。そうだろう。だからといっていきなり景色の説明や、天気の話なんかしたってなんにも楽しくないじゃないか。ああ、でもいきなりこんな軽い愚痴のような入り方をするのは一番愚かだろうね。でもわかってくれるんじゃないかな。人は、理解していても敢えて愚かなことをやってみたくなるものじゃないか?ああ嫌だ。そんな人間みたいなことしたくないよ。人間が嫌いだからさ。でも、僕だって人間なんだし、ある程度は仕方のないことなのかもしれない。嫌ではあるんだけどさ。


 そうだ。それならまさに今、僕が何をしたかを話そう。目を覚ました。それだけさ。そしたら窓越しに空が見えたんだ。でも、窓の内側には蜘蛛がいてね、蜘蛛と雲が重なってたんだよ。ああ、くだらない。こういったくだらないことが集まってこの世界は成り立ってるんだ。くだらない世界だよな。おっと、そんなことはどうだっていいや。そろそろ支度を初めて行かなくちゃな。一体どこに行くのかって?行く当てなんかない旅さ。最後の旅だよ。


 そんなこんなで、少し大きめのリュックと、一般的に普通とされるサイズの肩掛けカバンを引っ提げて僕は旅に出発した。こんな重い荷物なんて普段持たないせいで、階段で転びかけたよ。いやあ、幸先の悪いことこの上なしだね。僕らしいといえば僕らしいけど。


 家を出て三分も経たないうちに、いつもお世話になっている最寄りのバス停に到着した。家から近い。ベンチが置いてある。雨や日差しを避ける屋根がついている。三拍子揃った最高のバス停さ。強いて悪い部分を挙げるとしたら、このバス停には年寄りか静寂しかいないことだ。どんな日のどんな時間だってそうなんだ。ここは。ん?おいおいちょっと待ってくれよ。ここは始発だから必ず席に座ることができる。それも長所じゃないか!四拍子になっちまうよ。なんてキリが悪いんだ。そんなことを考えていたらすぐにバスが来たんだ。もちろん僕はいつもの席に座る。後ろから三番目の右側だ。なんとなく落ち着くんだよな。座るならここ以外ありえないよ。


 当たり前だけど、バス停に停まる度に人が入ってくる。みんな違うバス停から乗車するけど、だいたいみんな降りるところは同じなんだ。田舎から都会に、って感じでね。それで、うんざりするほど何度も考えていることなんだけど、座席が空いているのに座らない人だ。これは…僕には理解できないな。潔癖症が過ぎて、知らない人の隣に座りたくないのかな?この後に年寄りや妊婦、怪我人が来ると確信があって、その時にわざわざ自分から座席を離れ、「どうぞ」のひとことを言うことに抵抗があるのかな?でもさ、理由はどうあれ、彼らは一人で二人分以上のスペースを使っているんだよ。座席の前に立つもんだから、あとから乗車してきた人は、その塞がれた座席に座ることはできないし、通路に立っているわけだから、降車する人の邪魔にもなる。だけど彼らは何も知らないような顔をして、さも当然のように立っているんだ。こうして考えてみると、僕が理解できないと言ったことにも納得できるだろう?でもさ、こんなことが四六時中いたるところで起きているんだよ。そう、「当たり前」のようになっているんだ。少し考えればわかることなんだけどな。意外と考えないものだよね、人間はさ。別にそういった人たちを否定しているわけじゃないよ。ただ僕はそんな行動を理解できないってだけ。それだけさ。


 ほら、そんなくだらないことばかり考えていたらなんだか嫌になってきた。僕はいつもこうなんだ。だけど少し幸運だったのが、もう二、三秒もすれば目的地に着くところだってことだ。危ない危ない。思考の渦から抜け出せないところだったよ。さあはやくここを抜け出して、綺麗な空でも拝むとしようか。

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