第20話 キノコ再び(12月1日加筆修正)
ヴァーノスの町に入った所で無駄な時間を過ごしたライト達は、門兵に教えて貰った宿へと入った。
その宿は、見た目が綺麗な宿にも関わらず、金額的には他と変わらない。受付窓口が大将から女将さんに変わったくらいだ。
ちなみに、宿の女将も門前が騒がしかったのを知っていた。そこで「シスト伯爵家」について聞いてみたのだが、シスト伯爵家は実際に存在するが、この町では無く東隣のシスト領ブロームの町の貴族らしい。
そして問題の長男ナル・シストだが、伯爵家直系ではあるが現領主の弟の長男らしい。しかも、いつもどこかの町で問題を起こす超有名な問題児なのだそうだ。
全く以て迷惑な男である。
そしてライト達がこの宿に来るまでの間に、後を付けて来ている気配も知っている。
これはあれだ、後から何かしらを仕掛けて来る系だ。
部屋に入りそんな事を思って暫くのんびりしていたが、三時間くらいした時だろうか。ドカドカ、ガチャガチャと廊下を歩く音がする。
そして、足音がライトの部屋の前で止まると、勢いよく扉が蹴り飛ばされる。
「ランクG冒険者、ライトとはお前か!」
「そうですけど、扉壊したの俺じゃないんでちゃんと弁償して下さいね?」
ライトはベッドに横になり、腕を頭の下に置いて寝そべった格好でそう返す。
後から「お前が直せ!」と言われても困るからだ。
「そんな事はどうでもいい!シスト家の者に手を出したと言う訴えが来ている!おとなしく付いて来い!」
思っていた通りの展開だった。
「だから貴族って嫌いだ。」とポツリと呟く。
「お断りします。先に、俺の連れを無理矢理連れて行こうとしたのは、あっちです。それに、騎士八人が子供相手に剣を抜き襲って来たんですよ?ちゃんとキノコ頭には確認しましたし、キノコ頭もそれを鼻で笑って勝てたら許してやるって言ったのに、何で今更行かないといけないんですか?」
ライトは納得出来ないとばかりに、強気でそう言い放った。
すると、「俺に付いて来い!」と言った騎士は、とても困った顔をして態度を豹変させる。
「だからこそ困ってるんじゃないか!お願いだから素直に来てくれないか?悪い様にはせんから。」
「来いと言っても、何処に連れて行く気ですか?それに名前も名乗らない人について行きたくもないんですけど?」
正しく、正論だ。名を名乗らない者に付いて行く筋合いはない。
「……確かにその通りだ。すまなかった。俺はボーイェン伯爵領ヴァーノスの町の騎士隊長をしているトシュテンと言う。君を連れて行くのは伯爵邸だ。その問題児が伯爵様へと直談判してな。君と連れのお嬢さん達を連れて来いと喚いているのだよ。だから、来てはくれないだろうか?伯爵様もお困りなんだよ。」
面倒臭い。が、仕方がない。
「はぁ、わかりました。仲間呼んできます。」
ライトは溜息を吐くとアン達を呼びに行き、トシュテンと共に宿を出た。
宿を出ると、馬車が待機しており、四人は馬車に乗せられる。馬車に乗り込む事数分で、伯爵邸へと到着する。
玄関を通され、連れて行かれたのは大きなテーブルが置かれた部屋だった。
立派なテーブルクロスが掛けられており、燭台が置いてあるので多分ダイニングだろう。まあ、人数が人数なのでこう言う場なのは、仕方が無い。
トシュテンに促され、扉を入った目の前の席に座らされる。アン、ヴェル、ティーナはライトの後ろの椅子だ。そして、ライトの真正面には五十代くらいの男性が頭を抱えて俯いている。そしてライトの右手側にはキノコ頭が座り、その後ろに先程ボコボコにした騎士が勢揃いしている。
チラリと騎士達の方を見ると、騎士達はライトの顔見て震えていた。
「ボーイェン伯爵様、該当の子供を連れて来ました。お嬢様方も一緒です。」
トシュテンがそう言うと、ボーイェン伯爵は頭を上げる。
そして、ライトの顔を見るや驚きの表情となる。
「本当に子供だったのか?」
「えっ?マジでこの子供にやられたの?」と言わんばかりにキノコ頭とその後ろに控える騎士達を睨み付ける。
「ええ、ボーイェン伯。この小僧が私が連れていた後ろの娘三人を奪って逃げたのです。その際、何をどうしたのかは知りませんが、我が騎士達が突然地面へと倒れたのです。この小僧は危険です!即捕縛して処刑するべきです!」
そう言い切るキノコ頭。ライトは「おいおい……。」と項垂れる。
キノコ頭の言葉を聞いたボーイェン伯爵は、ライトの方を向くと口を開く。
「シスト君はこう言ってるが、間違いは無いかね?」
「いえ、全然違いますね。説明が必要ですか?」
「頼む。」
「農民の出なので、多少言葉遣いが無礼になるかもしれませんが、そこはお許し頂けますか?」
「構わん。」
「では。俺達四人は今日、カーマンの街からこの町に着きました。門を潜り、門兵さんに教えて貰った宿へと行こうと思った所でそこのキノコ頭に止められました。」
ライトが「キノコ頭」と言った瞬間、部屋の中にいたボーイェン伯爵家の人達は「プッ」っと噴き出す。
無論、当の
「髪の毛を片手で掻き上げ、自らを伯爵家長男のナル・シストだと名乗り、後ろの三人を可愛がってやるから銀貨一枚で手を切れと言われ、銀貨を指で弾いてこちらに寄こしてきました。」
それを聞いた伯爵家の人達は「うわぁ~」と言う顔をしキノコの方を凝視する。
「俺が、結構ですと言ってその場を立ち去ろうとしたら、つま先立ちで無駄にくるくると回転しながら道を塞がれ変なポーズをし髪を掻き上げた後、キノコ頭の後ろに控える騎士の方々に俺を殺して彼女らを捕らえろと命令しました。」
少しだけ話を盛ったライト。「殺せ」とも「可愛がってやる」とも言われてはいない。だが、それに反発する者がいた。
「僕は、君を殺せとは言って無い!どうなっても構わんと言っただけだ!それに可愛がってやるつもりだったが、可愛がってやるとも口にはしてない筈だ!嘘を言っているのはこの小僧だ!」
そう、キノコ頭こと、ナル・シストだ。まんまと誘導尋問に嵌ったと言う訳だ。
「シスト君、黙っていたまえ。続きを。」
「はい。騎士の方々が剣を抜いたので、俺は「剣を抜いたと言う事は、何をされても文句は無いと言う事でいいのですか?」と、そこのキノコに聞きました。キノコは言葉は違いますが、やれるもんならやってみろ的な事を言われ、勝てたら無礼は許してやるとも言われました。このやり取りは、門兵の人達も聞いてますし、町の方達も聞いてるはずです。」
ボーイェン伯爵家の人達が、その話を聞きクスクスと笑っている。
「で、騎士の方達は命令なので、渋々ながらも俺に斬り掛かろうとされました。なので、俺はスキルを使って鳩尾に一撃を入れただけです。あちらは俺を殺そうとしてましたが、俺は殺さず気絶させただけだったんですが……何か問題がありますか?殺した方が良かったのですか?」
ライトは首を傾げながら、ボーイェン伯爵やキノコの後ろの騎士達を見回す。
騎士達は目が合うとスッと目を逸らし、キノコはライトが嘘を言っていると喚き散らし、ボーイェン伯爵家の人達やトシュテン達騎士団の人達は隠す事もせず大笑いをしているし、ボーイェン伯爵に至っては頭を抱えている。
状況的にカオスだ。
そして、誰も何も言わない。
「えっと……問題ありましたか?」
再度ライトがそう問うと、ボーイェン伯爵はコメカミを押さえながら顔を上げ、トシュテンに確認する。
「トシュテン、聞き込みの結果はどうであった?」
「はい。この坊主の言う通りでした。門兵や当該場所の近くの住人達もしっかりと事のやり取りを聞いておりましたので、間違いはありません。」
「であるか。そう言う事らしいが?シスト君。そもそも、君は伯爵家の分家であり、準子爵家だ。伯爵を名乗る事は出来ない。それを名乗ったと言う事は貴族法に抵触するが、分かっているのかね?それに、いくら準貴族だからと言っても町中で護衛に剣を抜かせ、このような年端も行かぬ子供に斬り掛からせるとは……。同じ貴族として、シスト伯爵家並びにシスト準子爵家に抗議文を送らないといけないな。」
ボーイェン伯爵はキノコの方を睨みながらもそう告げる。ボーイェン伯爵としても、こんな茶番は早く終わらせたいのだろう。
何故なら、ナル・シストは全く人の話を聞いてない上に、煩い訳で。
「僕は、この小僧に騙されたんだ!ボーイェン伯爵もこの小僧に騙されてるんだ!そもそも、この小僧が僕の
と喚いた、その瞬間。ライトはブチ切れる。
「発言をお許し下さい。」
「うむ。」
「彼女達は俺の仲間であって、貴族の玩具じゃありません。そもそも女の子の事を玩具とか言ってる、そのキノコの教育って誰がしてるんですか?この国では、女の子は全て貴族の玩具なんですか?そんな国なら、俺達で滅ぼしますよ?多分アンとヴェルだけでも、今直ぐに滅ぼせますけど?なあ、アン、ヴェル?」
俺は顔を後ろに向けると、アンとヴェルに振る。
「うむ。どれだけ街の数があるかは知らぬが、ライトが許可するならこの町くらいメテオインパクトで一発じゃな。」
「アン様の言う通りですね。私もご主人様のご命令があればフレアやインフェルノで町の一つや二つ直ぐに滅ぼせますよ?」
ライトの振りに、二人は真面目にそう答える。が、ライト達以外の人は、目を見開き青褪めている。
「ライト……ライト?はっ!もしや、君は例のライト君かね?」
ボーイェン伯爵は何かに気が付いたのか、表情を変えるとそう問うて来た。
「どのライトの事を言っているのかは知りませんが、ギルド経由でお聞きになったのであれば多分そのライトであってますよ?」
その言葉で、ボーイェン伯爵の意向が決まったらしい。
スッと席を立つと全員に聞こえる用に、しかし、大声ではなく細やかな声で口を開く。
「いいか!ここでの話は外で話してはならん!他言無用だ!話した者は、処罰の対象とする!そして、ナル・シスト並びに騎士の諸君、君達の身柄は拘束させて貰う。トシュテン!縛り上げて牢へ入れておけ!家令の者や騎士も同じく縛り牢へと入れろ!」
トシュテン達が暴れるキノコと観念した家令と騎士を縄で縛り部屋から出て行く。
そして静かになった所で、ボーイェン伯爵が口を開く。
「色々とすまなかったな。予定日数が過ぎていたので、もう通り過ぎたのだと思いすっかり忘れていた。それと、この国では君が言ったような事は断じてない。それだけは信じてくれ。」
ボーイェン伯爵がそう言ってる間に、アン達はライトの横の席に移され家令がお茶を入れてくれていた。
「それにしても、先程後ろの二人が言った事は本当かね?」
「ええ。少し頭に来たので言っちゃいましたが、アンはヴァンパイアで、ヴェルはハイ・デーモンですね。これは内密にお願いします。」
内密にといった所で、怒りに任せて言ってしまったライトが悪い訳だが。
だが、ボーイェン伯爵自体がいい人そうではあるし、「絶対に言わないだろう」と思っているので問題無い。
「そ、そうか・・・。無論、誰にも喋らないと約束しよう。もう一人の娘も他種族なのだろ?」
ボーイェン伯爵は、端に座るティーナに目線を動かし聞いて来る。
「ええ、その通りです。ま、見た目で分かると思いますが、彼女の事は申し訳ないのですが話せません。」
アードルフにティーナの事を頼まれてる故に、おいそれと話す事は出来ない。
「そうか。では、聞くまい。ところで、この後どうするつもりなのだ?」
「この後ですか?宿に戻り、一泊したらイガル渓谷を通りルゾルトへと行く予定ですが?」
「ルゾルトか。それは多少行くのが遅くなっても良いのかな?」
その言葉に、一瞬「ん?」と首を傾げるライト。どう言う意味なのかが、全く分かっていない。
「えっと・・・言ってる事の意味がわかりません。」
「ああ、すまんな。明日、今日の事に対する抗議と賠償、あの者たちの処遇の件に関してシスト伯爵家へ抗議文を出そうと思う。君達も巻き込まれたのだから、その賠償を受け取る権利がある。それが終わるまで、この町に滞在出来るのか?と言いたかったのだよ。」
その言葉で合点がいったライト。ただ、そんなものは要らない。
「あ~、辞退させて下さい。賠償とか必要ありませんので。」
「しかし、君達もあの者達に襲われたんだ。受け取る権利はあるんだぞ?それに、彼らの処遇に関しても君達は聞く権利がある。」
「そんな権利、逆に迷惑だ!」そう内心思うも、言葉には出せない。
「いえ、キノコの処遇に関しては伯爵様にお任せします。騎士の方達は、キノコの命令に背けないのでしょうから寛大な処置で。ただ、俺達の事だけは喋らない様にして貰えればそれでいいです。賠償は……まあ、別に怪我もしてないし、何か取られた訳でもないので必要ありません。」
「そうかね。それで良いのなら無理には引き留めない。ただ、もし何か困った事があればいつでも私を訪ねてきなさい。君の力になろう。」
ボーイェン伯爵の言葉に「ありがとうございます」と一言お礼を伝えたライトは、その後伯爵家を辞した。
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