第2話 襲撃(11月28日加筆修正)

その男の名前はライト。いや、男と言うよりは子供だろうか。

オラリオン王国の東端。国境都市ダーグと呼ばれる街から南東に2日の場所にあるタガラ村に住んでいる。

国境都市ダーグの東側にはビザード帝国があり、毎年のようにビザード帝国との小競り合いが繰り返されている。

そんな国境を守護する為に造られた堅固な城塞都市がダーグだ。

その城塞都市の食糧事情の一部を担っているのがタガラ村(その他にも多数の村がある)で、全59戸264人程の村だ。

そして、俺の爺ちゃんはラウムと言ってこの村の村長だ。

家族は、祖母サリー、父ラウガン、母ミレイ、俺、弟ラシムの六人。

嫌だけど、何れ村長を継がされる予定だった。


何故『だったか』と言うと、俺は現在手を縛られ腰に縄を付けられ裸足で歩いているからだ。

幼馴染のメイラ、弟のラシムも一緒だ。

なぜこんなことになったのか。



それは2日前に遡る。



「おーい!そっちいったら危ないよ!」


「こらー!今日は徴税官様が来られるんだから、大人しくしなさいって言ったでしょ!」


村の中でそんな元気な子供達の声が聞こえる。

今は秋。

小麦の収穫も終わり大人達と15歳以上のお兄ちゃんお姉ちゃん達は、刈り取った小麦を袋詰めしたり藁を干したりと忙しく動いている。

子供達はと言うと、12歳以上の子供は大人の手伝いを。11歳以下の子供達は小さな子達の子守だ。


そして今日は徴税官様が村にやって来る日だ。

それに伴いダーグの協会から神父様が同隊し、10歳になった村の子供のスキルを調べてくれる事になっている。

タガラ村で今年10歳になる子供は三人居る。

一人はメイラと言う女の子。もう一人はザックと言う男の子。

そしてもう一人はこの俺だ。


「メイラ!ザック!神父様の準備が出来たから、家に来いだってさ!」


「おう!直ぐに行く!」


「わかった!」


ザックは振り回していた枝を手に持ち、メイラは近くに居た別の子に小さい子の事をを任せると、ライトの元へとやって来て三人連れ立って村長宅(ライトの家)へと向かう。

神父様は家のリビングのテーブルに座って三人を待っていた。


「揃ったかね?じゃ、早速三人のスキルを鑑定しよう。誰からやるかね?」」


面長の上に細目のタレ目でタレ眉毛の神父様。

喋り方もおっとりとしていて優しそうな印象のお爺ちゃんだ。


「はいはーい!私が一番にやりまーす!」


そう言って元気よく手を上げたのは、三人の中で唯一女の子のメイラだ。


「じゃ、メイラちゃん。この水晶に手を触れて中を見てごらん。」


メイラは神父様に言われるがまま水晶に手を触れる。

神父様はメイラが水晶に手を触れたのを確認すると、両手で水晶を挟むように触る。

メイラが恐る恐る水晶の中を覗き込むと、その怯えた表情が一気に破顔し満面の笑みを浮かべた。


「やったー!私、水魔法のキュアウォーターがあったー!」


水晶から手を離し、飛び上がって喜ぶメイラ。


「ほっほっほ。メイラちゃんは水魔法のキュアウォーターを授かったんじゃな。教会としても回復魔法の使える者は有難いからの、15歳になったらダーグの協会へおいで。儂が水魔法のスペルを教えてやろう。で、お次は誰かの?」


「はい!俺やります!」


嬉しそうなメイラがテーブルから離れると、ザックが手を上げながら前へ出て水晶に手を触れる。


「おー!俺は剣術のスキルだ!これで村を出て冒険者になれる!」


ザックは昔から冒険者に憧れてた。理由は村で一生畑を耕すのが嫌なだけらしいが。しかし、与えられたスキルは、その夢が叶いそうなスキルである。

水晶から手を離したザックは、剣術スキルを授かったからか少し離れた場所に移動し枝を両手で持って剣の型らしき動きをし始める。


「剣術か~いいな~。俺もそっち系のスキル授からないかな~。」


ライトはザックの方を向き、そう言いながらも意気揚々と神父様の前へと進む。

残るはライトただ一人だけだ。


「神様!どうか、冒険者になれるスキルを下さい!」


ライトにしても、この村で一生農業をしながら生きるなんて絶対に嫌だ!と思っている。叶うならば、ザックやメイラと一緒に冒険者になりたい。

神様に祈りながらも、ライトは水晶に手を触れ水晶を覗き込む。


名前 : ライト

年齢 : 10歳

レベル: 1

経験値: 18%/100%

体力 : 12

魔力 : 11

筋力 : 8

精神力: 7

瞬発力: 8

スキル:


固有スキル:

▼コピーLV1



「・・・は?」


水晶の中を見て一瞬時が止まる。


「ライト?どうしたの?」


メイラは近付いて来て声を掛ける。

ザックも「こいつどうしたんだ?」と言わんばかりに離れた場所で首を傾げているし、神父様も訝し気な表情でライトを見ている。

ライトは未だ動揺したままで、水晶の中に浮かんだスキルを口ずさむ。


「いや・・・それが・・・俺のスキル名がコピーって・・・えっ?」


その言葉を口にした瞬間、俺の中に何かが入り込んでくる。


「ライト!どうしたの!?」


何が何だか全く分からなかった。単に、水晶に映し出されたスキルの名を言おうとしただけだ。なのに、何か途轍もない力が体の中に入り込んで来た。

茫然とするライト。

微妙な空気が流れる中で、神父様が「ゴホンッ」と咳ばらいをする。


「ま、様々なスキルがあるからの。とりあえず、三人共無事スキルを授かったのじゃから、成人するまでの残り5年で自らが進む道をしっかり考え鍛錬する事じゃな。」


そう言うと神父様は水晶を木の箱へと仕舞う。

そして次の瞬間、水晶が入った箱が突然消えた。


「神父様!?箱が消えました!」


突然目の前から消えた箱に驚き、神父様に詰め寄るメイラ。

神父様はそんなメイラを見て、「ふぉっふぉっふぉ」と優しく笑う。


「儂のスキルは『収納』と言っての。多少の物ならば収納する事が出来るのじゃよ。」


そう説明をしてくれながらも、何も無い空間から先程の水晶の入った箱を取り出す。


「教会が所有する大切な物じゃからな。こうやって『収納』に仕舞っておけば盗まれる事も無いし、忘れる事も無い。有難いスキルじゃよ。」


神父様はそう言うと、再び水晶の入った箱を収納に仕舞い込む。

その光景に目をキラキラと輝かせているメイラとザック。

しかし、ライトの頭の中はそれどころではなかった。

何故なら、剣術や水魔法ならわかるが、ライトの授かったスキルは『コピー』。ライトだって武器や魔法が使いたいのだ。


それよりなにより、「そもそも『コピー』って何ぞや?」と言う疑問だ。


ライトは神父様にスキルの事を聞いてみたかったが、先程の妙な感覚が恐ろしくて聞くに聞けなかった。

そんなライトの表情かおを見たからなのか、神父様は少し考える素振りを見せそして口を開く。


「儂も長年神父として数多くの子供達のスキルを見て来たが・・・『コピー』と言う名のスキルなぞ聞いた事も無いのう。」


ライトはその言葉を聞き溜息を吐き俯く。


「ただのぅ、稀に聞いた事の無いようなスキルを授かる事もあるそうじゃ。しかし、調べる事も出来ず、文献にも載っておらぬ。それ故に珍しいスキルの効果は全く分からぬのじゃがの。ま、後5年もあるし、何れ分かる時も来る。それまで、ゆっくりと確認すればよかろう。」


神父様はそう言うと、席を立ち来客用に割り当てられた部屋へと入って行く。

その場に残ったのはライトとメイラとザックの三人。

そして、ライトは先程水晶に映し出された内容を思い返す。




その夜。

徴税官様や神父様を歓迎する宴が開かれた。

村の中央広場で村人や護衛の兵士達が料理やお酒に舌鼓を打つ。そして料理やお酒が無くなり、お開きとなった深夜。突然の叫び声で目を覚ます。


「敵襲!」


村に入る唯一の門。その門を守る自警団の人の声だ。


ライトは寝床から飛び起きるとリビングへと向かう。

リビングには、祖父母、両親、ラシムに徴税官、神父様が集まっていた。


「父さん、俺は自警団を集めて応戦する。父さんは徴税官様と神父様を。」


父ラウガンは自警団のリーダーであり、剣の腕前も村一番だ。


「うむ。死ぬなよ。」


祖父ラウムがそう言うと、ラウガンは頷き愛剣を持ち家を飛び出して行った。

ラウガンが家を出た後、ラウムがライトの元へと来る。

そしてライトの目線迄腰を屈め両手で肩に手を置くと目を真っすぐに見つめて口を開いた。


「ライト、ラシムと共に奥に隠れてなさい。」


ラウムはそう言うと、ライトとラシムの手を取り納戸へと連れて行く。


それからどれくらいの時間が経ったのだろうか。

窓の無い納戸。一時いっとき前まで微かに外の喧騒が聞こえて来ていたが、今は何も聞こえてこない。


(父さんたちは敵を追っ払ったんだろうか?もしそうなら、爺ちゃんか婆ちゃんか、誰かしらが迎えに来てもいいはずだ。)


そう思うも、誰も迎えに来る感じでは無い。

ライトは、ラシムを抱き締め息を殺したまま納戸に身を潜める。

そして暫くすると、家の入口の扉が開く音がした。いや、扉が開く音では無い。扉を蹴り破る音だ。

そして、聞いた事の無い声が聞こえて来る。


「おう!ここが爺の家みたいだ。金目の物がたんまりあるだろうから、隅々まで探せよ!」


「へいお頭!」


たかだか10歳やそこらの子供でも、会話の内容から村を襲った奴らだと言う事がわかる。そして、そいつらがここに来たと言う事は、ラウムとラウガンはこいつらに殺された可能性が高い。

もしかしたら、祖母や母達も……そう思った瞬間、ライトの目からは涙が溢れ返る。

逃げる場所は何処にも無い。

窓が無い納戸。出入り口は一か所しか無く、そこから出れば今家を荒らしている奴らに見つかり殺されるだろう。

しかし、この場に居た所で状況は変わらない。そして無情にもその時がやってくる。

ライトとラシムが隠れている納戸の扉が開いたのだ。


「お頭~!ガキが二匹居ましたぜ。こいつらどうします?」


短剣を握った男が、ライトとラシムの姿を見てリビングに座っている男に確認をする。


「あ~?縛って外に連れ出せ!他のガキ同様売れば金になんだろ!」


扉の前に立つ男はその返事を聞くや、縄を片手にライトとラシムに迫る。


「おう、大人しくしろよ。少しでも反抗的な態度を見せたら、ブッ刺すからな。」


男は短剣をちらつかせながら二人に向かって縄を投げ付ける。


「おいお前。隣のガキの手を縛れ。」


ライトは男の言うがままにラシムの手首に縄を掛ける。

ラシムの手を縛り終えると、男はライトの脇腹を蹴り飛ばした。


「・・・ガハッ」


蹴られた反動で床に横たわるライトの身体を足で仰向けにさせると、男はライトの手首を縄で縛る。

縄で縛られた二人は、男に連れられて家の外へと出る。

脇腹の痛みに耐えながら言われるがまま村の広場へと向かうと、そこには二人と同じ様に縛られた村の子供と成人したばかりの娘達が集められていた。


「ここで大人しく座ってろ。」


そう言って男はライトの背中を蹴り飛ばす。ライトは蹴られた反動で顔面から地面へと倒れ込み、ラシムも同じく背中を蹴られライトの上へと倒れ込む。

周りを見れば、村の大人達の死体が至る所に横たわっている。

そんな光景をなるべく見ない様にしていると、村を襲った連中が広場へと集まって来る。


「お頭。積み込み完了しやしたぜ。」


「ご苦労。んじゃ、アジトへ帰るぞ。」


お頭と呼ばれた男は徴税官様が乗って来た荷馬車へと乗り込む。


「おう!お前ら立て!」


広場に集められた子供達は力なく立ち上がる。

年齢的には7歳から14歳までの子供と19歳くらいまでの娘達だ。

それ以外の子供も大人も誰一人として居ない。


(俺達どうなるんだろう。)


ライトはそう思いながらも、言われるがままに歩き出した。



村を襲った盗賊達は、意気揚々とアジトへ向かって進む。

捕らえられた子供達は、腰に縄を巻かれ荷馬車の後ろを歩かされる。

初めは何も無い草原を歩いていたが、暫くすると林の中へと入って行く。道すらない獣道なのだが、ここから出入りしているのだろう。以前馬車が通った出来たのであろう轍がある。

村を出て半日以上経っただろうか。日が落ちる前には、盗賊達のアジトへと到着する。そこは、いつ廃れたのか分からない廃村だった。

ボロボロになった建物は雨風は凌げる程には手直しがしてあり、魔物が入り込まない様に村と同じ様な柵がしてある。

ライト達子供は手を縛られたまま建物の一つに纏めて入れられ、15歳以上の娘達は別の建物へと連れて行かれる。



明かりさえない建物内。月明りさえ入り込まないので、この場に居る子供達の顔すら見えない。

真夜中に村が襲われ、家族の生死は不明。いや、多分皆殺しだろう。中には目の前で親を殺された子も居るかもしれない。そして食事と言う食事を与えられないまま半日以上歩かされた子供達は、既に身も心もボロボロだった。

静まり返ったこの建物の中以外には、別の建物に連れていかれた娘達の泣き叫ぶ悲鳴の様な声や男達が騒ぐ声聞こえてくるくらいだ。

そんな中、押し込められた建物の中で力無くボーっとしていたライトの耳に、聞き慣れた声が聞こえる。


「ライト?」


その声の主は幼馴染のメイラだ。丁度、ライトの背中側に居たらしい。


「メイラ。怪我は無い?」


「うん。」


メイラは疲れた顔で頷く。


「そう言えば、ザックは?」


村からここまで歩いて来る中で、ザックの姿を見かけなかった。


「ザックは、あいつらに……。」


目の前で両親を殺されたザックは、父親の持っていた剣を手に立ち向かったそうだ。

剣術のスキルがあるとはいえ、まだ10歳の子供だ。成す統べなく遊ばれる様に切り殺されたらしい。

メイラはザックの最後を語ると、ライトの背中に顔を埋め息を殺して泣き出す。


「お父さんも・・・お母さんも・・・あいつらに・・・」


ライトは身体を捩りながらメイラの方を向くと、縛られた手を上げそっとメイラを抱き締める。


(うちの家族もラシム以外どうなったのか分からないんだよな。)


そう思うが口にはしない。

暫くグシュグシュと泣いていたメイラは、「もう大丈夫」と言うとライトの胸から顔を離す。


「私達どうなるんだろ。」


「多分、奴隷としてどこかに売られるんじゃないかな。俺を捕まえた奴がそう言ってたし。」


「そうだよね。」そう一言呟いたメイラは、何もかも諦めたのかライトから離れ床に横になる。


(どうなるのかは俺だって知りたいよ。)


横になったメイラを見つめ、ライトは思う。


(あいつらと戦う力があれば……。)


そう思うが、村一番の剣の腕前を持つ父親でさえ敵わなかった相手だ。

例えライトが剣術のスキルを授かっていたとしても、訓練すらしてない子供に敵う筈もない。


(俺のスキルって一体何なんだよ・・・)


そもそもこの世界にコピーと言う言葉は無い。

同じ言葉があるとすれば、『複製』若しくは『複写』と言う言葉だろう。

しかし、ライトが住んでいる規模の村で『複製』や『複写』などと言う言葉を使う事は無いに等しい。もし使うとしても、余程特殊な職業に就く者くらいだろう。

それ故、ライトは『複製』や『複写』と言う言葉すら知らず、更には『コピー』と言うスキルの意味が全く分からないのだ。


(スキルの意味さえ分かれば何とか出来るかもしれないのに・・・)


せめて神父様が持っていた水晶があればわかるかもしれないのに。

あの時もう少し詳しく調べさせて貰えば良かった。

悔んでも悔やみきれない現状にどこかモヤモヤとする中、疲れを少しでも取るためにライトはその場に横になる。

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