第6話 仲間への挨拶
カリカリ カリカリ…
聞き慣れた物音がしています。
目をあければ、暗がりの中で天井からぶらさがった電灯が揺れていました。
「これは、あの世で見る夢か」
そうつぶやいたシロは目をしばたきました。
鼻先の皿に盛られたドッグフードをかじるチュウ公が、一、二、三と数えて六匹もいたのです。
「ねえ、こっちを見ているよ」
一匹がじっと見つめるシロに気がつきました。
「とびかかってこないかな」
「安心おし。からだは大きいけれど優しいんだ。ねえ、シロくん」
呼びかけられましたが、シロの頭はこんがらかったままです。
「なんなんだ、おまえら」
シロは一番近くにいたネズミを小突こうと手を伸ばしました。途端にズキリと腹が痛みました。首を曲げれば、白い布がぐるぐると巻いてあります。
「むりしちゃ、だめだよ」
五匹が後ろに下がる一方で、一匹が前に進み出ました。
「ぼくのお嫁さんと子どもたちなんだ」
なんてこと…。ずいぶん見かけないと思っていたら、チュウ公は結婚して子どもまで作っていたのです。
「そんなこと言われたって、みんな、チュウ公に見えらあ」
六匹をひとまとめにして、ゴロゴロと転がしてやりました。
「けどおいら、どうなったんだい。一緒に暮らしていたひとは?」
小屋には、見知らぬ人間の臭いが漂っていました。
「あのひとは、ぐったりした君をかついできたんだよ。それで、話をする箱に助けを呼んだんだ。それから…」
話が途切れました。
小屋の外に人間の足音が聞こえたのです。そのまま、チュウ公は家族そろってタンスの後ろにもぐりこみました。
[やあ、目が覚めたんだね]
嬉しそうに笑いながら男が入ってきました。シロが噛みついた片腕は痛々しく包帯がまかれています。
[今、獣医さんを船まで送ってきたんだ。目が覚めるようなら大丈夫だと言っていたけど、どうだい?]
…仲間が心配してくれている。きちんと答えてやらんと…
胸の奧からケモノの声が聞こえました。
『仲間。そう、このひととは温かさを分かちあえる。たぶんこれから先も、ずっと』
すっくと起きあがったシロは、ノドを開け広げて腹の底から声を突き出しました。
ウォーン オオゥーン!
いきなりのことに、男は驚いたように身をひきましたが、すぐに顔をくしゃくしゃにしてかけより、力強く抱きしめてくれました。
傷の痛みがずんと腹に響きましたが、それは、
…また会おう、向こうの島で…
低い声とともに、からだから力が抜けました。シロの胸の奧のケモノは眠ってしまったようです。
『それでいいさ。あんさんは向こうの島でおいらを待っていてくれる。必要があったら、今度からは、あんさんはきっと駆けつけてくれる』
シロは思いました。
「あのな、にいさん」
伝わらないことはわかっていましたが、シロはニタつきながら男につぶやきました。
「ドッグフードも獣医さんもいい。けど、今度はおいらの嫁さんを連れてきておくれ」
どこか片隅から、クスクスと笑い声がもれました。
おしまい
走れシロ!海の道を @tnozu
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