第8話 勇者候補

 一ヶ月後――


 エリシオンが用意してくれた馬車に乗ったミニィは、その背後に続く三台の馬車を呆れ半分に見やりながら、同乗しているエヴァに訊ねる。


「おばあちゃん……三台アレ全部に、聖水を載せてるの?」


「勿論さね。エリシオンは死ぬほど人が多いからねぇ。この商機を逃す手はないよ。それに、運賃はエリシオン向こう持ちだしねぇ」


 商機というか正気を疑うようなことをのたまう祖母に、ミニィはガックリと肩を落とす。

 エリシオンの使者たちも、三台余計に馬車を手配された理由が商品聖水を運ぶためとは夢にも思っていなかったらしく、聖水の瓶がぎっちりと詰まった木箱の山を見た際は揃いも揃って顔を引きつらせていた。


 その様子を見て(やっぱり無理ですよね~……)と思っていたミニィの目の前で、エヴァは口先だけで使者たちを丸め込め、最終的には瓶一つ欠くことなく快く馬車に積み込んでもらえたものだから、感心を通り越して恐怖すら覚える。


(ほんとなんでおばあちゃん、シスターやってるんだろ……)


 とは思ったものの、聞いたら聞いたで世にも恐ろしい答えが返ってきそうな気がしたので、結局聞けないミニィだった。


 それから二週間かけて馬車で移動し、村の外に出ることがあまりなかったミニィはなんやかんやで旅を満喫しながらも、聖剣の儀の三日前にエリシオンの王都アステリオスに到着する。


 そしてそのまま王城に案内されたミニィは、


「ふわぁ……」


 世界最大の国に相応しい、絢爛豪華な城内に圧倒されたり、


「おばあちゃん! このベッドすっごいふかふかだよ!」


 あてがわれた客室のベッドの上で、大はしゃぎしたりしていた。

 ミニィとは別のベッドに腰掛けていたエヴァは、ため息混じりに言う。


「ったく、気乗りしてなかった割には随分楽しんでるじゃないかい」


「だって、気乗りしないのは聖剣の儀だけだもん……」


 ベッドに負けず劣らずふかふかの枕を抱きかかえながら、唇を尖らせる。

 

「ここまで来たら、バックレることもできないしねぇ」


「逆に、ここまで来て聖剣の儀に出ない方が勇気がいると思うんですけど」


「えっひゃっひゃっ。確かに、あんたにそんな真似はできないねぇ」


 仰るとおりだが、面と向かって言われると釈然としたものを覚えてしまい、「むー」とむくれる。が、すぐに気を取り直し、枕を定位置に戻してからベッドを降りて部屋の入口へ向かう。


「おや? どこに行くんだい?」


「……探検。村の子供たちに、お城の中がどうなってるのか見て来てってお願いされてたから」


「だから仕方なくって言いたいのかい?」


「……うん」


「その割には、随分ウキウキしているように見えるのは気のせいかねぇ」


「んぐ……っ。と、とにかく! 行ってくるから!」


 図星を突かれたミニィは、勢いで誤魔化しながらも部屋の外に出て、王城探検を開始する。


 ピカピカに磨き抜かれた、大理石の床。

 壁にかけられた絵画や、廊下に点在する花台の上に飾られた花瓶は、ミニィでも一目見ただけで逸品だとわかるほどに高価な物ばかり。


 知らず目をキラキラさせながら城内を練り歩くミニィの姿は、見た目が子供にしか見えないせいもあってか、すれ違う衛兵や大臣たちの頬を緩ませた。


 そんな調子で王城内を歩いて、歩いて、歩き回って……。


「ここ……どこ……?」


 見事なまでに迷ってしまったミニィは、半べそをかきながら疑問を漏らした。

 ただ今目に映っている景色は絢爛豪華とは程遠く、壁も床も天井も頭から「大理」が抜け落ちた、無骨なまでの石組みで構成されていた。


 人気ひとけは全くないわけではないが、先程すれ違った衛兵が、アレス戦士団に混じっても違和感がないほどの強面だったので、話しかけるどころか目を合わせることすらできなかった。


「これ、このまま進んでいいのかな? それとも戻った方がいいのかな?」


 と迷いながらも、薄暗い通路を進んでいく。


 すると――


 ガション。


 道行く先から不気味な音が聞こえてきて、ミニィはビクリと震えながらも立ち止まる。


 ガション。


 ガション。


 どうやら不気味な音の正体は足音のようだ。

 規則的ながらも、少しずつこちらに近づいてくる様子が聞き取れた。


(も、もしかして……お城に憑いている鎧のお化けとか!?)


 それなら聖女の力で追い払えるかも――と意気込むも、いまだかつて霊的モンスターにお目にかかったことがなかったミニィは、意気込みとは裏腹にガクガクブルブルと震えるばかりだった。


 ガション。ガション。と足音は次第に大きく、近くなっていき……薄暗い通路の向こうから現れた〝それ〟を見た瞬間――ミニィの頬は緩んだ。


 足音の主は、ミニィよりもさらに背丈が小さい、白銀の鎧を身に纏った少女だった。


 抜けるように白い肌とは対照的な、燃えるような紅い髪は頭の後ろで一つにまとめられており、少女がガションガションと歩くたびに馬の尻尾のように揺れていた。


 紫色の瞳はツリ目がちになっているせいかどこか勝ち気で、愛らしい顔立ちもどこか自信に満ちあふれているのが何とも微笑ましい。


 右手に持っている、というか引きずっている槍は、少女の身の丈を優に超えるほどに長く、――槍の刃――を収める鞘は三つ葉の形をしていた。


 地獄に天使を見た思いだったミニィは少女に駆け寄ると、頭半分以上低い相手に目線を合わせ、声音を普段よりも優しくしながら話しかけた。


「どうしてこんなところに一人でいるの? もしかしてまい――」


「迷子になっているのは君の方だろう。ミニィ・アストレア」


 子供子供している声音とは裏腹に、ひどく大人びた物言いで少女は指摘する。

 図星を突かれた上に、自分よりも小さな少女の物言いにあっさりと気圧されたミニィは、冷汗を垂らしながら目を泳がせた。


「それから、一二〇パーセント勘違いしているだろうから言っておくが、私はこう見えても一八。君よりも三つ年上だ」


「じゅ、一八っ!?」


 素っ頓狂な声を上げるミニィに、少女はジットリとした視線を向ける。

 そんな反応をされることには慣れているが、だからといって愉快な気分にはなれない――とでも言いたげな視線だった。


「そ、それよりどうして、わたしのことを知って……るんですか?」


 思わずまた子供に接するような物言いになりかけたところを無理矢理修正するミニィに、少女はため息をつく。


「敬語は不要だ。一応君は、この城の客人ということになっているからな」


「それってつまり……」


「私はエリシオン王家に仕える聖騎士だ。だから、『そろそろ迷子になっている頃だろうから捜しに行っておくれ』というシスターエヴァの要請に従い、君を捜しにここまで来た」


「ぁぅ……」


 迷子になることをしっかりと予見されていた事実に、ミニィの頬が瞬く間に朱に染まる。

 おまけに、自分を捜しに来てくれた年上聖騎士に向かってお姉さんづらで話しかけてしまったものだから、気恥ずかしさは倍増だった。


 余談だが、聖騎士とは《神教会》のもとで修行し、神秘の力を会得した騎士のことを指しており、目の前にいる少女のように自国に尽くすために修行に行く者も入れば、初めから神に尽くすために修行し、そのまま《神教会》お抱えの聖騎士団に入る者もいる。

 また、聖騎士の修行を許される者は得てして結界の神秘に長じた者ばかりで、中には聖女を超える結界術を行使できる者も輩出していた。


 さらに余談だが、聖騎士が使用する防具は白銀の鎧で共通しており、人によっては白銀の盾も装備している。

 武器に関しては、基本的に剣と槍の二択。

 いずれも十字架を模した形をしており、少女が引きずっている槍の穂鞘ほしょうが三つ葉になっているのも、刃身が十字の形をしているからに他ならなかった。


「とにかく来た道を引き返すぞ。この先にあるのは牢屋だけだからな」


「ろ、牢屋……」


 無駄に凶悪な顔をした犯罪者を想像してしまったミニィは、ぶるりと震え上がる。

 そんなミニィに構わず歩き出そうとした少女だったが、何かを思い出したように立ち止まり、半顔だけを振り返らせた。


「そういえば、まだ名乗ってなかったな。私はユナ・パルトス」


 そして、心底気乗りしない物言いで、心底ミニィが驚く言葉をついだ。


「君と同じく、三日後に聖剣の儀に参加する勇者候補だ」

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