第7話 エリシオンからの招待状

 ミニィが剣聖に認定されてから半月の時が過ぎた頃。

 名もなき小さな村に、今になって名前がないことが不便になるほどに大勢の人が押しかけていた。


 一月前、魔法勝負でミニィがつくったクレーターは――


「おお……これが聖女で剣聖な賢者様が初めて魔法を放ったという……」


「さすが聖女で賢者な剣聖様だ。これほどの威力の魔法、見たことも聞いたこともないぞ」


「これでもまだ威力を抑えていたという話らしいぞ。末恐ろしい賢者で剣聖な聖女様だ」


 今やすっかり村の名所になっており、大勢の人間が伝言ゲームのなれの果てのような呼び名でミニィを褒め称えながら、木柵によって囲われた巨大クレーターを覗き込んでいた。


 なおエヴァの発案により、巨大クレーターには落下防止用の他にももう一重ひとえ、高さ三メートルを超える木柵を巨大クレーターを遠巻きにする形で設けられている。

 その木柵に一箇所だけ隙間をつくり、そこを唯一の出入り口にして受付を設けることで、ミニィの噂を聞きつけてやってきた人々から見物料をせしめていた。


 数百メートルに及ぶ巨大クレーターを囲う二重の木柵を用意するのは相当に骨が折れたが、その苦労を吹き飛ばして余りあるほどの儲けはすでに出ているため、村としては笑いが止まらなかった。

 なおエヴァは発案者ということで、他の村人の倍の取り分をもらう手筈になっているため、誰よりも笑いが止まらなかった。


 そして、肝心のミニィはというと――


「きゃ~~~~っ! ちっちゃくてかわいい~~~~っ!」


 如何にもみやこから来ましたという出で立ちをした町娘が、ミニィと握手をしながら黄色い声を上げる。

 緊張でカチンコチンになっているミニィは、引きつった笑みを返しながらも手を握り返した。


 現在、ミニィとエヴァの家でもある教会は、聖女で賢者な剣聖様の握手会場になっていた。


 クレーター見学とは違って握手会は無料で行なわれているせいもあって、ミニィとの握手を求める人の数は凄まじく、祭壇にいるミニィを始点に身廊を抜け、教会の入口を抜けてなお待機列は長蛇を為していた。

 

「ね~ね~! なんでもいいからさ、何か力を見せてよ!」


 無邪気にお願いしてくる町娘に応えて、ミニィは無詠唱で魔法を発動し、彼女の目の前で氷の結晶を舞い散らしてみせる。


 ミニィを利用した観光事業を始めてからすでに二週間が経ち、連日の握手会によりすっかりこの手の要望を受け慣れてしまったため、今のような大道芸じみた力の使い方はそれこそ息を吸うようにこなせるようになってしまっていた。


「じゃ~ね~、賢者様。じゃなくて聖女様? 剣聖様?」


 首を傾げながら教会の出口へ向かう町娘を待っていたのが、この握手会を発案したエヴァだった。


「安いよ~安いよ~。聖女で賢者で剣聖なウチの孫娘の御利益がた~っぷり込められた聖水が、今ならなんとたったの三〇ゴル! 記念品として置いといても良し。飲んで直接御利益を得ても良し。お買い得だよ~」


 出入り口の脇に設けたスペースで、一応はミニィが聖女として「何かしら御利益がありますように」という力を込めた聖水を販売する。

 普通なら、こんな胡散臭い物を買う人間などそうそういないと言いたいところだが、


「折角ここまで来たことだし~……記念に買っちゃおうかな」


 握手会のお祭りじみた熱に浮かされたのか、町娘はたいして迷うことなく聖水を購入した。

 まさしくそれこそが、エヴァがミニィに握手会をやらせている最大の狙いだった。

 そして、握手会そのものは無料にして聖水にお金を使うことへの障害ハードルを低くすることで、クレーター見学と同様に凄まじい儲けを叩き出していた。


 とはいえ小さな村ゆえに、大勢の人間が宿泊できる施設などあるわけもなく、必然的に撤収する時刻も早い。

 太陽が頂点から少し西に傾いた頃にはもう、クレーター見学に来ていた人たちも握手会に来ていた人たちも、そのほとんどが馬や徒歩で最寄りの町――とっても遠い――への撤収を開始していた。


 自分とエヴァ以外の人間がいなくなったところで、ミニィは祭壇にする。


「今日もお疲れさん」


 エヴァは満面の笑みを浮かべながら、売り物の聖水を祭壇に置く。

 喉が渇いていたミニィは、のろのろと頭を上げ、御利益を込めた本人からしたら微塵の有り難みもない聖水をコクコクと飲み干した。

 瓶を洗って井戸水を入れて御利益を込めれば完成する、極めて安上がりな聖水なので、ただの飲み水として使うことに何の躊躇もなかった。


 だというのにエヴァは、ミニィが聖水を飲み干した瓶をかつてないほどに真剣な眼差しで見つめる。


「お、おばあちゃん? どうかしたの?」


「……いや、ちょっとねぇ、この瓶を洗わずに、聖女で賢者な剣聖様が口を付けたという触れ込みで売れば、一部の人間に物凄く売れるんじゃないかと思ってねぇ」


「何言ってるの、おばあちゃん!?」


「いやいや待てよ……聖水(意味深)って名前で売り出せば、一部の人間にもっと物凄く売れるかもしれないねぇ」


「ほんとに何言ってるの、おばあちゃんっ!?」


 目を白黒させるミニィを見て、エヴァは楽しげに「えっひゃっひゃっ」と笑った。


「冗談さね。そんなことして、ウチのかわいい孫娘に変な虫が付いたら大変だからねぇ」


「かわいい孫娘としましては、もうそろそろ握手会がしんどくなってきたんですけど……」


「こんな馬鹿騒ぎなんて、所詮は一過性のものさね。心配しなくても、もうぼちぼち落ち着くだろうから、握手会もそのあたりでお開きにするさ。まあ、、話が変わってくるかもしれないけどねぇ」


「ないない。さすがにそれはない」


 自分に言い聞かせるように否定しながらも、ミニィは先日教会に届いた手紙を懐から取り出す。

 勇者のみが抜くことができる、聖剣を封印している地に王都を築いた世界最大の国力を誇る王国――エリシオンの封緘印ふうかんいんが押された手紙を。


 神託によって聖女、賢者、剣聖が選ばれるその年に、封印の台座に突き刺さっている聖剣は自らに施した戒めを解き、己を引き抜いてくれる勇者が現れるのを待つと言い伝えられている。

 事実、過去の勇者は全て、神託の光が降りた年と同じ年に現れたと文献に記されていた。


 ゆえにエリシオンは一〇〇年に一度、世界各国から選りすぐった強者たちを、聖剣を引き抜く儀式――聖剣の儀に挑戦してもらう勇者候補として自国に招待していた。


 昨日ミニィのもとに届いた手紙は、まさしく勇者候補として聖剣の儀に参加してほしいという、エリシオンからの招待状。


 過去に、聖女、賢者、剣聖の中から勇者に選ばれた者は一人もいないという話らしいが、それでもなおその三つの称号を有した者たちは、代々勇者候補の筆頭に数えられている。

 聖女で賢者で剣聖のミニィを、招待しない理由はなかった。


 いくらなんでも勇者にまで選ばれることはないだろうが、それでも、万が一聖剣を引き抜けてしまったら……考えるだけで気が重くなってしまう。


 数百年前か数千年前かに人類の領域に侵攻し、滅びるまで戦い続けたという伝承が残っている、魔族などという物騒な存在のいない平和なご時世では、勇者などただの象徴シンボルにすぎないことはわかっている。

 だがそれでも、ミニィとっては絶対に背負いたくないと思えるほどに重すぎる称号だった。

 聖女に賢者に剣聖という重荷を背負っている時点で、大幅に重量オーバーしているからなおさらに。


 おまけに、聖剣の儀は言うなれば一〇〇年に一度のお祭りみたいなものなので、勇者が選ばれる瞬間に立ち合おうと全世界から大勢の人がエリシオンに詰めかけてくる。

 そんな中で聖剣の儀に挑戦しなければならないなんて……考えただけでも、緊張のあまり吐き気が込み上げてくる思いだった。


「気乗りしないなら断るってのもアリだよ。一応は自由参加ってことになってるからねぇ」


「あまり考えたくないけど、たぶん聖剣の儀の最大の目玉はわたしだと思うから……行く」


「あんたの登場を期待しているであろう人たちを、ガッカリさせたくないってか? 相変わらず損な性分だねぇ。まあけど、聖剣の儀に出ること自体は、損どころか得の方が大きいだろうけど」


 その言葉に、ミニィはピクリとだけ反応してしまう。


 なんだかんだでミニィは招待される身なので、エリシオンまで旅費は身内エヴァの分も含めて全て向こう持ち。

 おまけに宿泊場所として、エリシオンの王城の客室を提供してくれるという話らしいから、惹かれるものがないと言えば嘘になる。


 きらびやかさとは対極の日々を送っているため、みやこやお城への憧れは相応に強い。

 気が重すぎて吐きそうな反面、楽しみで仕方がない部分も確かにある話だった。


「……おばあちゃん」


「なんだい?」


王都あっちに着いたら、好きなお洋服買ってもいい?」


「勿論いいさね」


 実は気の重さよりも、楽しみと思う気持ちの方が大きいのではないかと思える孫の要求に、エヴァは苦笑混じりに了承した。

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