第5話 案の定、剣聖にも選ばれました

 どうしてこんなことになってるの!?――と、心の中で悲鳴を上げながら木剣ぼっけんを構える、ミニィ。

 当然のように涙目になってプルプル震えるその様は、肉食動物を前にした小動物そのものだった。


 そんな小動物ミニィと対峙する肉食動物あいては、木剣を構える姿があまりにも堂に入っている男剣士。


 背丈はミニィの頭二つ以上高く、袖なしの上衣から見える二の腕は一切の無駄なく鍛え抜かれている。

 服の下に隠れている部分に関しても言わずもがなだ。


 双眸は猛禽のように鋭く、目を合わせただけで腰を抜かす自信があったミニィは、今この時も全力で目を合わさないよう努めている。

 顔立ちは精悍の一語に尽きるもので、右頬を斜めに走る切り傷と相まって、強者の風格を醸し出していた。


 男の名は、ワグナ。


 世界屈指と名高い戦士団を擁し、剣聖像の管理を任されている国――アレスの中でも最強と謳われた剣士だった。

 どうしてそんな恐い人と木剣を突き合わせる羽目になったのか……ミニィはここに至るまでの経緯に思いを馳せる。



 ◇ ◇ ◇



 半月前。

 エヴァに払う五〇〇〇ゴルを用立てるために、アルトーがメーティス国王ゼーマンに土下座して金を借りていた最中さなかのことだった。


〝そるぶらすと〟と結界の神秘によってからになったミニィの魔力が回復し、ようやくの思いで立ち上がった瞬間に降りてきたのだ。

 神託の光が。


「この光はまさか!」


「実際にこの目で拝めるとは!」


「これが神託の光か!」


 村人が、《神教会》の聖職者が、魔法王国メーティスの魔法使いが、目の前の奇跡に興奮する中、ミニィは傍にいたエヴァに視線だけで助けを求める。


「クヤクト坊やが言ってたろ。今日は剣聖の神託が降りる日だって。つまりは、そういうことさね」


「わたし、剣なんて握ったこともないんですけどっ!?」


「知ってるさね。ったく、神様はいったい何を考えて、ウチのかわいい孫娘に伝説三種盛りなんて給仕サーブしたんだか」


「神託を酒場のメニューみたいに言わないでください、エヴァさん」


《神教会》枢機卿クヤクトが、呆れた声音で会話に割って入ってくる。


「しかし、まさか本当にミニィくんが剣聖に選ばれるとは……」


(本当ですよぉ……)


 と、返したいところだったが、見習いシスターであるミニィが枢機卿に口を聞く度胸などあるはずもないので、心の中だけに留めておく。

 そんな弱気全開の少女を見て、クヤクトは憐れむように続けた。


「彼女を見ていると、神託に選ばれたことは隠してやりたいところですが……」


「聖女にしろ賢者にしろ剣聖にしろ、誰が選ばれたかは全世界に公表するのが決まりになってるからねぇ。そういうわけにもいかないさね」


(ですよね~……)


 と、相変わらず心の中だけでミニィは呟く。


「とにかくこうなってしまった以上、ミニィくんが、聖女だけではなく賢者と剣聖にも選ばれた件を教皇聖下せいかにご報告し、《神教会》としての対応を協議する必要があります。ですからエヴァさん、私はこの辺で……」


「わかったわかった。教皇にもよろしく伝えといてくれ」


(ほんとおばあちゃん何者なの!?)


 と、心の中で驚いていると、


「なに、総本山で修行していた頃、たまたま今の教皇と同期になっただけさね」


「ふえっ!?」


 その心の内を見事に読まれてしまい、とうとうミニィは声を上げてしまう。


「どうして、わたしの考えてることがわかったの!?」


「どうしても何も、あんたさっきから面白いくらい考えてることが顔に出てるよ」


「!?!!!?」


 思わず両手で顔を押さえてしまう。

 クヤクトが苦笑を浮かべているところを見るに、家族であるエヴァだからこそわかるというレベルではないわかりやすく、顔に出ていたらしい。

 そのことに気づいた瞬間、ミニィの顔は瞬く間に朱に染まった。


「あとはまあ、《神教会》があまりにも経営がガタガタだったものだから、あたしが手ずから立て直してやっただけの話さね」


「教会じゃなくて商会の話に聞こえるんですけどっ!?」


「大勢の人間を抱えている以上、嫌でも金がかかるという点は教会も商会も同じさね。ただ聖女やら聖騎士やら世界を護る力を擁しているのに加えて、教会は怪我人の治癒や子供たちに読み書きを教える場として市井に根付いちまってるから、《神教会》が潰れちまうと困るのはどこの国も同じ。そのおかげで、世界各国から金が借り放題って点は商会とは大きく異なる点だけどね」


 そこまで言ったところで、エヴァは鼻で笑いながらクヤクトを見やる。


「それに胡座をかいた、代々 《神教会》を運営してきた御歴々アホどものおかげで、そこのクヤクト坊やと教皇は死ぬほど苦労させられ、あたしみたいな生臭なまぐさまで頼りにしなきゃならなくなったってわけさね」


「そ、そうなのですか……?」


 初めて聞く祖母の過去に、ミニィはここで初めて枢機卿クヤクトに話しかける。

 言葉尻に近づくにつれて声が小さくなっていくという、わかりやすいほどに緊張を露わにしながら。


 そんな彼女に微笑ましげな視線を送りつつも、クヤクトは答える。


「ええ。エヴァさんがいなかったら、《神教会》は今頃どうなっていたことか」


 わざとらしく肩をすくめたところで、従者である聖職者の一人がこちらに駆け寄り、ミニィたちに小さく一礼してからクヤクトに話しかける。


「枢機卿。そろそろ……」


「ええ、わかってます。エヴァさん。ミニィくん。今度こそ私はこの辺で」


「はいはい」


「ご、ご足労いただき、ありがとうございましたっ!」


 犬でも追い払うように手を振るエヴァと、深々と頭を下げるミニィに見送られながら、クヤクトは、今だアルトーに土下座されているゼーマンのもとへ向かった。


「さて、あたしらも教会いえに帰るよ。剣聖殿」


「その呼び方はやめてぇ……」


 力なく反論した後、自分で空けた巨大クレーターを見やりながら、ミニィは言う。


「おばあちゃん……あれ、どうしよう……」


「どうするも何もそのままでいいさね。クレーターそいつは後で有効活用させてもらうからねぇ」


「?」


 その言葉の意味は、今は脇に置いておくとして。



 半月後――



 避けられない運命というべきか、剣聖像を保管する国――アレスの国王と従者たちが、ミニィとエヴァの住む小さな教会にやってきた。


 国王に従者といっても《神教会》や魔法王国メーティスとは一八〇度おもむきが異なっており、従者たちは無駄に筋肉をひけらかした服装をしているわ、おとこの勲章と言わんばかりに顔や体に傷が残っているわ、顔つきは凶悪だわで、祭壇の前で椅子に座っているミニィはプルプルを通り越してガタガタ震えていた。


 余談だが、時間をかけて治癒の神秘を施してもらえば、余程深いものでない限りは痕一つ残すことなく傷を治すことができる。

 そのため、ここにいる従者もといアレス戦士団の強面こわもてたちは、自らの意志で戦いによって負った傷をそのままにしていた。

 ミニィとしては恐すぎるからもうほんと勘弁してほしいと、心の底から思う。


 小さな像よりも斬首した敵将の首を持っている方が違和感のない強面従者が、剣聖像の載った台座を手に、ミニィの面前を右に左に歩いていく。

 もはや言うまでもない話だが、従者がどの方角に動こうが剣聖像はミニィを指し示し続けていた。


 心ゆくまで確認した従者は、王笏おうしゃくよりも大槌を持っている方が余程似合っている筋骨隆々のアレス国王――バルクのもとへ向かい、頷いてみせる。

 絵面の恐ろしさや暑苦しさを抜きにすれば、半月前にミニィが聖女と賢者の認定を受けた時と全く同じ流れになっていた。


にわかには信じられぬが、剣聖像が指し示している以上、認めぬわけにはいくまい」


 バルクは、国王というよりも覇王という呼び名の方がしっくりきそうな物言いで独りごちると、立ち上がってミニィを見やった。


 眼光が鋭すぎて睨まれているようにしか見えなかったミニィは心の中で(ひ……っ)と引きつった悲鳴を上げる。

 立ち上がったのもこちらを見たのも、剣聖認定の宣誓をするためだということは頭では理解しているが、それでも恐いものは恐いミニィだった。


 そんなミニィの小心を知ってか知らずか、バルクは宣誓の文言を紡ぎ始める。


「アレス国王――バルク・ノウ・キンマンの名のもとに、ミニィ・アストレアを賢者に認――」



「待たれよ。国王」



 突然、アレス戦士団最強の剣士――ワグナが、宣誓に待ったをかける。


「あのような、剣すらろくに握れなさそうな女子おなごが剣聖に選ばれるなど、承服しかねる」


「ワグナ。うぬが剣聖を目指して剣を振るっていたことは我も知っている。その結果、我が戦士団最強の座まで昇り詰めたことは評価に値する。だが、以前にも貴様に説いたが、剣聖とは目指すものではなく選ばれるもの。そこに、人の情念が介在する余地はない」


「ならばそれがしは、剣聖を超える称号をいただきたく存じます」


「ほう」


 ワグナの言わんとしていることを察したのか、バルクの片眉が楽しげに上がる。


「つまりは、剣聖殿との立合いを所望するということか」


 その言葉に、ミニィは思わず「ふえっ?」と声を上げた。


「さすがは我があるじ。話が早くて助かる」


 その言葉に、ミニィは続けて「ふえぇっ!?」と声を上げた。


「いいだろう。我としても、伝説に聞く剣聖の力を見てみたいと思っておったからな」


(そんなところまで、半月前と同じ流れにならなくてもいいと思うんですけど~~~~~~~~~~っ!?)


 と、心の中で叫んでいると、



「お待ちッ!」



 祭壇の後ろでふんぞり返っていたエヴァが、バルクとワグナに待ったをかける。

 あぁ、これも同じ流れだ――そう思ったミニィは、遠い目をするしかなかった。

 そしてある意味では予想どおりの、ある意味では予想外の台詞をエヴァは口走る。


「ウチのかわいい孫娘と立合いたきゃ、先払いで一万ゴル用意しな。でないと、こちらとしても『承服しかねる』ねぇ」


 ワグナの言い回しを真似ながら、エヴァは挑発するように言う。

 アルトーと魔法勝負をした時の倍の額を要求するエヴァに、ミニィはワタワタと小声で話しかける。


「おばあちゃん……! 一万って……!」


「先払いでそれくらい吹っかけたら、相手だって諦めるだろうと思ってねぇ。まあ、用意できるならできるで、あたしとしちゃ嬉しいけど」


「おばあちゃん……!?」


 と、話し合っている間に、ワグナは懐から取り出した金袋を、エヴァに見せつけるように持ち上げた。


「魔法勝負の件は某も耳にしている。此度の立合いが、某のままにすぎぬこともな。ゆえに念のため、魔法勝負の際に提示された額の倍を用意してきたが、どうやら幸いだったようだな」


「おやまあ」


「嬉しそうな顔しないで、おばあちゃん……!」


 これが、ミニィがワグナと立合う羽目になった経緯だった。

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