第3話 魔法勝負
ゼーマンが指定した勝負形式は、各々が持ちうる最大の魔法の威力を競うというものだった。
競うとは言っても、魔法と魔法をぶつけ合うような危険なものではなく、村から遠く離れた平原のど真ん中で魔法を放ち、ゼーマンやその従者たちがその目で魔法の威力を測定するというものだった。
測定する人間が全てアルトー側の人間ではあるが、魔法王国ゆえにメーティスの魔法使いはこと魔法に関する不正に対しては、どの国よりも厳しいという話は有名なので、エヴァがそのことにケチをつけることはなかった。
もっとも魔法を見たことすらないミニィにとっては、初めて聞く〝有名〟だが。
兎にも角にも魔法勝負をやる羽目になったミニィは、村人全員が村をほったらかしにして野次馬に興じる中、相も変わらずの涙目でエヴァに抗議する。
「どうして止めてくれなかったの、おばあちゃん~~~~っ!」
「もちろん、儲けどころだったからさね」
悪びれもせずに言う祖母に、ミニィのクリッとした瞳がますます潤む。
さすがにエヴァも多少なりとも良心が咎めたのか、ミニィの肩を抱くと、誰にも聞こえない小声でこんなことを言った。
「ミニィ。あんたはまだわかっちゃいないが、見ようによってはこの状況、あんたにとってもチャンスかもしれないんだよ」
「チャンス?」
「そうさね。ぶっちゃけあんた、聖女とか賢者とかって肩書き、自分には荷が重くて仕方ないって思ってるだろ?」
その問いに関しては、コクコクと全力で首肯した。
「だったら、ここであのアルトーとかいう坊やに負けちまえば、少なくとも賢者という重荷は下ろすことができるかもしれない。これってまさしく、あんたにとってはチャンスだと思わないかい?」
「それは……そうかもしれないけど……」
「とはいえ、露骨に手を抜いたら、あの坊やに花を持たせたように見えて余計にこじれるから、やるからには全力でやるんだよ。それがあんたのためにもなるんだから」
「おばあちゃん……」
「それでうっかり勝っちまおうものなら、五〇〇〇ゴルをゲットできるしねぇ」
「おばあちゃんっ!?」
そんなやり取りをかわす二人からは少し離れたところで、ゼーマンはアルトーに告げる。
「アルトー。先攻は
「魔法を見たことがない彼女に、せめてものといったところですか?」
「そういうことだ。いくら賢者といえども、魔法を見たこともない者が手本なしに魔法を使うのは困難だろうからな」
「手本さえ見せれば、彼女が魔法を使えると言っているように聞こえるのは気のせいですか?」
「先代と先々代の賢者は、もともと魔法の造詣が深かったからそういった話を耳にすることはなかったが、文献によると、賢者は一目見ただけで知らない魔法も完璧に使いこなすことができるという話だからな」
「なるほど。確かに
「そういうことだ。だから見せてやれ。メーティス随一の魔法使いの力を」
アルトーは首肯を返してからゼーマンの傍を離れ、他の従者や、《神教会》の関係者、野次馬こと村人からも離れて、一人平原に立つ。
「
誰にも聞こえない小さな声で独りごちると、引き続き声を小さくしたまま、呪文の詠唱を開始する。
「我が生み出し
唱え終えると同時に、掌を天に掲げ、掌大の太陽を掌上に具現させる。
村人たちの口から歓声が上がる中、
「そぉらッ!!」
自らが生み出した魔法の太陽を、誰もいない平原に向かって放り投げた。
全てを灼き尽くす熱を内包した球体が地に触れた刹那、轟音とともに爆発を引き起こす。
「ひぃ……っ」
そのあまりの威力に、ミニィは引きつった悲鳴を漏らし、
「おぉ……ッ!」
「すっげぇ……」
「これが魔法かぁ……」
野次馬に来た村人たちが感心の声を漏らし、
「まさか〝ソルブラスト〟を修得していたとは……!」
「さすがはアルトーといったところか」
「また差を付けられてしまったな……」
アルトー同様魔法使いであるゼーマンの従者たちが、メーティス随一の魔法使いの力に感嘆する声を漏らした。
爆発の後に残ったのは、直径一〇メートルはくだらないクレーターと、爆発の余波で焼け焦げた草花。
平原に灯火ほどの火も残っていないのは、それだけ爆発の威力が凄かったせいか、アルトーの魔法使いとしての技量によるものなのか。
いずれにせよ、ミニィに泣き言を言わせるには十二分すぎるほどの威力だった。
(あんなの、わたしには無理ですぅ~~~~~~~~~~っ!!)
さすがにそれを口に出してしまったら色々と終わりだということは理解していたので、どうにかこうにか心の中だけに留めておく。
「あんたに真似されないよう小声で呪文を詠唱するとは、
「狡っ辛い」の言葉に関しては、おばあちゃんだけは他の人に言っちゃいけないと思う――という言葉を呑み込み、小声でエヴァに泣きつく。
「どうしよう、おばあちゃん! あんなの参考にならないよぉ!」
「さっき坊やがやったことをそのままイメージしながら、神秘を使うようなノリでぶっ放せばなんとかなるさね……たぶん」
「たぶんっ!?」
「おやおや、随分とお困りのようで。賢者様」
アルトーが勝ち誇った笑みを浮かべながら、イヤミたっぷりに話しかけてくる。
自分の勝利を信じて疑わない――そんな自信が、言動の端々から透けて見えていた。
(本当に困ってますぅ~~~~~~~~~~っ!!)
と返したいところだが、これだけ大勢の人が集まっている状況で水を差すようなことを言えるミニィではなく、愛想笑いで誤魔化すことしかできなかった。
そんなミニィの健気な努力を踏みにじるように、エヴァはアルトーを挑発する。
「おやおや、そんな余裕ぶっこいでていいのかい? あんたが相手にしてるのは、伝説的存在と言ってもいい賢者だよ? 今の内に吠え面をかく練習をしといた方がいいんじゃないかい?」
「こ、の……!」
こめかみをヒクヒクさせながら、アルトー。
ここでキレたら負けだとでも思っているのか、今にも口から飛び出しそうな罵詈雑言を必死になって
渦中にいるのか蚊帳の外にいるのかよくわからないミニィは、例によって二人の間に割って入る度胸などあるわけもなく、もうほんとにこの場で泣き崩れたい気分をただただ堪えていた。
「……まあいい。だったら見せてもらおうじゃないか。伝説の力とやらを」
そんな捨て台詞だけを残して、アルトーはゼーマンのもとへ戻っていった。
「……おばあちゃん」
「なんだい?」
「帰りたい……」
「別にあたしゃそれでも構わないけど、帰ったところで場所が変わるだけで状況は変わらないと思うけどねぇ」
「ですよね~……」
ガックリと肩を落とすミニィに何かを察したエヴァは、呆れたように訊ねる。
「まさかとは思うけど、みんなの期待には応えてあげたいとか何とか考えてるんじゃないだろうね?」
「だって……ここでわたしが失敗したら、みんなガッカリすると思うし……」
「失敗してガッカリされた方が、あんたにとっては都合が良いかもしれないのにかい?」
コクリと、首肯を返す。
「ったく、難儀な性分と言うべきか、損な性分と言うべきか」
エヴァはボリボリと頭を掻いてから、ミニィの背中を軽く
「だったら好きにおし。失敗した場合は、あたしが骨を拾ってやるから」
少しだけ勇気づけられたミニィは「うんっ」と返し、エヴァの傍から離れた。
それと入れ替わる形で、クヤクトがエヴァのもとにやってくる。
「おやおや、《神教会》の枢機卿さまが、この老いぼれに何のようだい?」
「その枢機卿を坊や扱いしておいて、よくそんなことが言えますね。それより……」
皆から離れるためにオドオドとした足取りで歩いていくミニィを見つめながら、クヤクトは言葉をつぐ。
「聖女に選ばれた者がエヴァさんのお孫さんだったことには、正直驚かされましたよ」
「驚かされたのは、あたしの方さね。文献で見たとおりの奇跡が目の前で起きたんだからね。……ところで、クヤクト坊や」
「なんです?」
「ちょいとね、聖女の御利益満載の聖水を売りだそうと思っててねぇ」
「黙認しろ……そう仰りたいのですか?」
「そういうことさね。なぁに、《神教会》には迷惑かけないよ」
「どうせ、やめろと言っても勝手にやるつもりでしょう? 止めはしませんよ。ですが、ただの井戸水を聖水として売り出すことだけはやめてくださいね」
その言葉に、エヴァは盛大にそっぽを向く。
クヤクトが「エヴァさん!?」と控えめに素っ頓狂な声を上げるのをよそに――。
ゼーマンは、戻ってきたアルトーに窘めるように言った。
「ミニィくんに聞こえないよう、小さな声で呪文を唱えるのは、さすがに公平とは言えないと思うが?」
「確かに公平ではありませんね。賢者様と凡人の僕とでは、才能の差がありすぎますから」
この言葉だけを聞けば己を卑下しているように聞こえるが、そこに込められたニュアンスは己が才能を信じて疑い傲慢さに充ち満ちていた。
「それよりゼーマン様。そろそろみたいですよ」
アルトーに言われて視線を戻すと、こちらから充分に距離を離した位置で立ち止まるミニィの姿があった。
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